静かに、ふわりと舞って行きました。

他でもない、私の目の前でふわりと飛んで行きました。

真っ赤な羽根を広げて、それでも強い眼差しのまま、私を見つめて…

最後の最後まで、私に強く何かを訴えるかの如く去って行きました。

あまりにも鮮やかな去り際は…私を硬直させるだけでした。




人魚姫の、代償




弁解の言葉も、謝罪の言葉も届かないと気付いたその日から、

言葉の無力さを痛感し、受け止める言葉はあっても、放つ言葉は失いました。

耳ばかりが発達し、口は発達を止め、首を振る生活を強いられています。

これは、貴方が望んでのことなんですか?

答えてはくれないと知りながら、言葉を失った私は手紙を書くばかりです。

届かぬと知りながら、毎日毎日貴方へ…手紙を書いています。


「……冗談でしょ、景吾」

「いや、本気」

「だって、その子は…」



私は裏切るつもりじゃありませんでした。

だけど、私に与えられた選択肢は少なく、どちらも裏切りたくはありませんでした。

大事な人たちを天秤にかける程、私は少なくとも器用な子でない自信があります。

どちらも大事で、大事であったはずなのに…私は卑怯でした。


「……ごめんなさい」

「謝らないで!」

「でも、私は――…」



貴方に叫ばれた一言は痛くて痛くて、張り裂けんばかりでした。

そう、言われても仕方のないことをしたのに、私は…その瞬間は勝ち誇っていました。

大事な人の…大事な貴方より私が上に登った瞬間――…

そして、そのまま奈落へと…二人で突き落とされてしまいました。


―― 不潔よ!




「……ゆい」

呼ばれても、もう私の声は出てきません。何も告げられません。

お医者様は大きなショックを受けたせいだろう、と話してくれました。

家族も皆、心配してくれているけど…それでも声は出てくれません。


―― 貴方がそうしたんですか?


もし、そうだとしても責めることは出来ないとわかっています。

私のせいで、貴方はもっと辛い選択を強いられてしまったのだから…

「調子はどうだ?」

もしも、私が…私たちがその選択をしなければ、認識すらしなければ良かったのですが、

私たちは貴方が思っている以上に、想いが深くて深くて…貴方の存在がきっかけになりました。

「そんな顔すんな。そのうち声は…」

貴方から見れば、不潔極まりなかったかもしれませんね。

だけど、これだけは言い切れる自信があります。これは貴方に勝る唯一のものです。


―― 誰よりも、兄を愛しています。


だから、許して。だから、私の声だけは返して。

貴方は私の声までも持って去って逝ってしまったの?

そんなに、許せなかったの?



―― 兄を、景吾を寝取った妹が……


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