君を見ていた

逃げる場所なんか何処にも無くて、ただ狂ってくものを見たくなくて走り出した。
誰か、壊れてない人を捜すために走り出したに過ぎなかったと思う。自分以外、自分と同じような人。
そんな人が少なくともこんな小さな島に一人でも居れば…そう思って走って。気付けば学校に来ていた。
沢山の思い出が詰まった、笑顔の溢れていた校舎は何も、無かった。人も、笑い声も。ただ、建物があるだけ、だった。



君を見ていた



泣きながら走った所為で頬はパリパリになってて、慌てて近くにあった水場で顔を洗った。
学校だから…と、こんな時であっても思うのだから不思議なもので、校門をくぐればきちんとしてたい。そう思って乱れも直す。
制服は着てきた。だけど鞄は忘れた。授業は…もうコレが分かった日からずっと閉校状態で課題も何もない。
最初は誰かは居たはずの校舎。どんどん人は減って、今日にはどうもゼロになったらしい。

……友達は死んだ。幼馴染みは狂った。親は「一緒に…」と言ったから私は、振り切った。
私はまだ壊れてないから。壊れたくなかったから、だから此処へ走り込んだけどもう誰も壊れてしまったみたい。


「おはよう…ございます」

自分の教室、恐る恐る入ったけど誰も居ない。
窓ガラスが割られちゃったらしくカーテンが風でなびいてる。机も椅子も、バラバラになって座ることも出来ない。
完全なる荒地。誰かが荒らしちゃったんだと思わなくても分かる。こんなだもの、仕方ないこと。
それでも…やっぱり哀しくて、どうにかしたくて。バラバラになったものを隅に寄せることから始めようとした時、

「……志月さん?」

背後から呼ばれて体がビクッと揺れた。

「ああ…やはり君でしたね」
「木手…くん?」
「おはようございます。今日は随分と早いですね」

これだけ荒らされた場所の中で平然とした様子で挨拶をしたのは…木手くんだった。
私と同じように制服を着て、彼は鞄まできちんと持ってて、そしていつものようにセットされた髪型で立ってた。
でも、その姿には違和感があった。ずっと同じ学校に居たはずなのに、初めて見たかもしれない。

「木手くん、眼鏡…は?」
「登校途中に割られましてね。お陰でよく見えなくて困っていたところです」
「スペアは無かったの?」
「生憎。今日で最後の一つがやられましたよ」

涼しい顔して結構物騒なことを言ってるとは思ったけど…これが現実、だった。
私が運良くそういうのに遭遇しないだけで、友達は、そういうのでつい先日、短い生涯を終えた。
相手は誰なのかは未だに分かってない。だけどその相手を捜すこともしなければ咎めるものなんて、無い。
皆、どうせは同じようになっていくのだから、と全ての人間が全てを放棄してしまったんだ。

「……怪我は?」
「あるはずないですよ。俺は沖縄武術の心得がありましてね」
「そう…」
「そういう志月さんは…血が」

目線の先にあるのは乾きかけた真紅の模様。白いシャツだから目立つはずなのに…気付かなかった。
この血は他でもない私の母親のもの。血溜まりの中で折り重なった家族、私は、母親の最期の一振りを跳ね除けて…
皆、決して笑ってはいなかった。だけど苦痛でもなかったらしく、息を引き取ったことだけは確認して…逃げ出した。
1分1秒とてこんな場所に居たくなくて、もう何もない場所に居ること自体が辛くて哀しくて。だけど追うにはまだ、早い気がして。

「……すみません」
「ううん。コレは大丈夫」
「なら…良かった」

こんな時だもの、木手くんはすぐに私の身に何が起きたのかを察知してくれたようで…それ以上は何も言わなかった。
ただ、少しホッとしたような表情を見せて目を伏せた。ああ、心配してくれてるんだなって思った。
それと同時に思った。木手くんは…どうやら壊れちゃないんだ。それが分かった瞬間、少しだけホッとした。

「でも、どのみち授業どころではありませんね」
「うん。そうだね」
「とりあえず…校舎を出ましょうか。裏庭の方がまだいいですよ」
「……どういう意味?」

首を傾げる私に、木手くんはあっさりと言い退けた。「校舎内だと難しいです」と。「ああ…」と何となく思った。
決して広くない島で私は何度となく弔われぬモノを見て来た。その瞬間こそ目の当たりにはしてないけども。
それが…いつ我が身に降りかかるかは分からない。それを考慮しての場所移動なんだって、今度は私がすぐに察知した。

……何て恐ろしいことが、事態が起きてしまっているんだろう。


ゆっくりと教室を離れて裏庭へ。あんなに綺麗だった花壇は消滅してしまっていた。
それだけじゃない。沢山の植物たちが此処でも姿を変えて…変わっていないものなんかない。

「……酷い有様、ですね」

木手くんが呟く。返事なんか出来なかった。

ついこの間まではこんな風ではなかった。皆生きてたし皆笑って話だってしてた。
進学は次はこの学校に行く、将来はこんな職業に就きたい、そしていつかは結婚して子供を産んで…
そんな平凡すぎる夢を語っては笑ってたのに。もっとダイナミックな夢はないのかって笑ってたのに。

こんなの、酷すぎるじゃない。決められた未来、なんて――…

「…志月、さん…」
「なんの、罰、なんだろう。なんで、消えちゃうん、だろう」
「……分かりません」
「夢、沢山話したんだよ?でも誰も…叶わないっ」

もうすぐ地球ごと消滅してしまう。何もかも消えて無くなってしまう。皆、消えてしまう。
誰も何も叶うことがない。それって私たちが何のために生まれ、生きて来たのかが分からないじゃない。
何かがあって生きていたかった。意味はなくても意味を探して生きていたかった…そう考えれば涙が止まらない。
例え、いつかは消える命でも…こんなカタチじゃなければ、良かったのに。

色んなことが頭の中でいっぱいになって、何を言っても無駄だと分かってて言わずにはいられない。
そんな私に木手くんはポンポンと頭を撫でて…そして温かな腕の中へと引き込んだ。

「……確かに、叶わぬ夢が沢山あって、それは今日で全て消えます」
「木手、くん…」
「ですが、どうやら俺の夢だけは叶いそうです」
「木手くんの、夢?」
「ええ。とはいえ、こんな事態になって初めて…叶えなければと思いましたが」

静かに背中を撫でてくれる。子供を泣き止ますために優しい声で語り掛けて、あやしてくれようとしてる。
今更だけど…こんな人だったんだって思った。よく考えたら接点なんてあまり無かったんだよね。

「……木手くんの夢、叶うといいね」

叶ったところで最後でも、それでも叶って欲しいと思った。
今日のこの瞬間までに叶えることが出来る夢なんて、私にはない。だったらせめて木手くんだけでも…

「ええ。きっと叶います。俺の夢…最期の願いは貴女と共に逝くことですから」
「え?」
「最後の最期くらい…好きな人と共に居たいでしょう?」


先は無い。未来は望めない。告白してその先が…望めないのであれば。
最期は貴女を抱いたまま、俺は死にたいと思いました。



木手くんの静かな語りは、彼の胸を通して聞いた。

顔を上げた時に見たのは穏やかに笑う彼で…次の瞬間に見たのは、まばゆい閃光。


――最期に、やりたいことをして欲しいですね。

最後の放送で評論家が告げた言葉が、頭の中を駆け抜けていった。




-君を見ていた-

今日で全てが終わる、そんな時に私は何も出来ないと思われ。
それでも叶えたい夢があるならば…叶うようにしたいです。
The End of the World 第2号(090608)


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