この役目は譲れない 2/2

「……景吾」
「お前…」
「……コレ、あげる」

少ししかない食料だけど彼の前に差し出した。食べないよりはマシなもので少なくとも食べなければ苦しいと思う。
いつからあの場所で生き埋めとなっていたかは分からないけどこのまま餓死する選択肢なんてあまりにも酷い。
……何のためにあの場所で助けを求め、生きようとしていたのか、私は知りたかった。

「食べる食べないは景吾の自由だから」
「……有難う」

彼は、遠慮がちに手を伸ばしてソレを口にした。
何のヘンテツもないオニギリ。味も大してしない、むしろ…食べるのが怖いくらいの味をした代物。
でも、それでも、口にしなければいずれは死ぬ。私なんかより遥かに、彼の方がその危険性が今は高い。

「……美味しくは、ないでしょ?」
「そんなことはない…とはお世辞でも言えねえな」
「今度は美味しいものを、とも言えないわ」
「……悪い、な」

申し訳なさそうにする彼に私は首を振った。
姿こそ違えど彼は話の出来る「人」で、私はこの「人」を救いたいと思った。
私は、「人」を殺すことなど出来ない。「人」である私は、同じ「人」を殺すことは出来ない。

「もう…戻れ。怪しまれる」
「……分かった」

金色の髪が揺れて、青色の目が切なく伏せられた。
本当は、私もこの人も分かってる。自分たちがどんな状況下に置かれているのか、見つかればどうなるのか。

「……景吾」
「何だ?」
「また、ね…」

奇妙な時間、不思議な感覚のする時間だった。

空襲を行う金色の髪の人が憎くないと言えば嘘になる。
だけど、冷静に冷静に考えて…その人たちも本気でそういうことをしたいのかを考えた時、思う。
「こんな…やりたくはなかった」と言った景吾を、私は信じている。
まだホンの少ししか会って間もないけど信じて、信じて…生きたいと思った。



蒸し返るような暑さの中、淡々と生きているようにも見えた。
広がる焼け野が原を眺め、表すことの出来ない異臭を身を以って感じ、それでも私たちは生きていた。
目を覆うことをしなくなったということは、私たちは今ある現実に慣れてしまったからかもしれない。
それでも私たちは、私は…「人」だと言えるのだろうか。



「景吾、調子はどう?」
「……まあ、悪くはない」

内内で会う。誰も寄り付かなくなった場所にポツリと置かれた彼は、一体どんな気持ちで此処に居るんだろう。
もう動くことも出来て、きっと自由に出来る。でも、此処から動けないでいるのは…綺麗な髪の所為。

「……お前、大丈夫なのか?」
「何が?」

言葉が通じないわけじゃない。こうして話も出来るのに…姿が物語る。ありのままの彼は、人には受け入れられない。
私は、それを知っている。彼もまたそれを知っている。だから、本当は、怖いんだ。

「いや…いいんだ」
「……髪、」
「髪?」
「触っても、いい?」

このまま、難なく時間さえ過ぎてしまえばいいのに。
初めてより近くに近づいて、彼に触れれば…ぬくもりを感じた。同じように生きている、ぬくもり。
綺麗な髪は所々焦げてチリチリにはなっていたけど、やっぱり綺麗だった。着物の金糸のように――…


「離れなさい!」


突然響いた声に、私たちはビクリと全身を震わした。
振り返れば手放すなと命令されてずっと持ち続けていた竹槍が、私たちの方へと突き付けられていた。
……優しく、母のように思えていたはずの人。今はまるで、鬼のよう。


「おばちゃん…」
「離れなさいゆいちゃん」
「……」
「自分が…自分が何をしてるか分かってるの?」


彼女には、どんな風に私たちが映っているんだろう。


「最近様子が変だったら私心配し――…」
「彼は、日本人です」
「ゆいちゃん!」
「彼は、私たちと同じ日本人です」


姿形で何故「人」として認められないんだろう。


「……もういい。もう十分だ」
「景吾…」
「俺から離れろ」
「……それは、嫌」


私は、「人」のままでありたいと願う。


「おばちゃん…」
「ゆいちゃん…いい子だからこっちへ来なさい」
「私、非国民と罵られても、彼から離れない」
「ゆいちゃん!」
「だから…アレを下さい。私が、ちゃんと…」


戦えない。戦えなくなった時、無様な姿を晒すことを許されない私たちへのせめてもの慈悲。
私には渡されていない。だけど、私以外の人が持つ、天の国へと繋がるクスリ。


「景吾は、そんなものでは殺させません」
「お前…」
「だから…おばちゃん!」


「人」のままでありたい。「人」として、私は、最期まで生きたい。


「一緒に、逝ってくれませんか?」
「ゆい…」
「私も、もういいの」


廃墟でなく緑豊かな自然の中で生きてたかった。沢山の骸より沢山の笑顔の中で暮らしていたかった。
平凡でいい。普通に、普通の暮らしがしたかった。悲しみに包まれるだけの生活には、もう飽きた。


「おばちゃん、私がこの人を連れて逝きます。だから…」


泣いた。久しぶりに流した涙だった。
もう涙は枯れ果てて、何も残されてないと思っていたのに…それでも私は泣いていた。


「……お前とだったら、逝く場所も悪くはねえかもな」
「うん…今度は美味しいものを、一緒に、ね」


おばちゃんも、泣いていた。鬼の面は剥がれ、竹槍も投げた。
でも、彼女は役目を果たす必要があって…だけど私は、譲れない。そんなもので、殺させやしない。


「有難う…おばちゃん」
「……俺も、離れたくないので、連れてきます」



――ねえ、私は、「人」らしく生きれた?



-この役目は譲れない-
選択の余地などない、それでも抗う気持ちを抑えられますか?
(101214)


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