果てしない空の下君を待ってる

待つ方と待たせる方、残す方と残される方、どちらが辛いと思いますか?



いつかはこんな日が来るとは分かっていた。
誰もが帰れぬと分かりきった道を進むため、震える肩を必死で抱えてそれでも…強い表情で望んで行く。
「出来ることならば生きて…それが叶わぬならば残されてる者たちに自分の分まで」
今、此処に居る人たちのため、命を投げ打って…行くのだ。神の世界へ、何一つ残らぬ神の国へ。

「……届いちゃったね」
「ああ。だが…そろそろとは思っていた」

何度も鳴り響くサイレンの音に身を震わして、それが鳴らない時だけようやく表に出られる生活は長く続く。
隣に居たはずの人なんかもう居なくて、仲が良かったはずの子たちもどんどん居なくなって。
挙句の果てには家族でさえも居なくなって。そして愛する人までも居なくなると知って私は、言葉がない。
涙も枯れて、今あるのはこの身一つで何も出来やしないことを痛感はしても…どうしようも出来ない。

「……産まれる前、なのにね」
「ゆい」
「名前、勝手に決め――…」
「ゆいっ」

分かってて…望んだものが私のお腹の中には居て、それを大事にしていたくてずっと私は自分の身を守った。
それは国光も同じ。どんなことよりも私を優先してくれたけど…今回ばかりはそうはいかない。
残酷なものだと知る。出来ることなら届かないでいてくれたなら、きっとこのお腹の子を抱いてくれたはずなのに。
戦乱の中、授かった二人の子供。こんな世の中だけど…望んで生まれてくる命。

「……すまない」
「国光…」
「俺は…お前たちを守るため、行く」

頑なで言葉足らずな彼には決意があって、それを私には打ち砕くことなんか出来ないと知っている。
いつだってそう。言い出したら聞かない人で…だけど間違ったことは言わずに正しい言葉を投げ掛けて来たんだ。
家族が居なくなって泣いた私に「強くなれ」と言った彼。この体になって「有難う」と言った彼。
私は、とても愛している。誰よりも強く愛して、誰よりも強い人間へと成長している途中。まだ、進化する。

男性よりも強いのは女性。女性の中でも最強なのは…母親。
こんな時代に彼は真っ直ぐとした目で言ってくれた時からもしかしたら決めていたのかもしれない。

「……いつ、行くの?」
「明朝だ。荷物は要らない」
「そう…」

荷を持てば未練が残る。帰る場所が此処にある以上、必ず此処へ帰る。
そう、自分に言い聞かせるかのように口にした国光に…予感がする。それはとても残酷な予感で、願いたくも無いもの。
皆…誰だって同じ予感を胸に抱いて、それでも何度も首を振って祈り続けて。だけど…その祈りは届かず泣き崩れていく。
そんな姿を何度となく目にして来た私もまた…同じ運命を辿ってしまうの、かもしれない。そんなの…絶対に嫌なのに。

「……泣くなゆい」
「ごめ…っ」
「もうすぐ母親になるんだ。そんなことでは笑われるぞ」
「でも…止まん…ない…っ」

優しく肩を抱いてくれる存在が愛おしいのに、手放さなければならないなんて残酷だ。
まだこの腕を必要としている人間が私だけじゃなく居るのにも関わらず奪おうなんて…そんなの、残酷すぎる。
誰も望まない。誰も望まないのに…旅立っていく。背けないから、逆らえないから…そんなの、おかしい。

「……名前、今考えたぞ」

私の背を撫でながら穏やかな声で話す国光に目をやれば、少しだけ微笑んでいた。
その表情は何処か困ったようにも見えて…ああ、自分の涙で顔が歪んでしまっているのだと気付く。

「のぞみ、だ。少し風変わりかもしれんが悪くはないだろう?」
「……のぞみ」
「ああ」


――生まれて来る子供と共に願いを、望みを込めて。



翌日の朝はどんよりとした雲が渦巻いて、比較的にサイレンの音が響かない日和だった。
言われた通り、国光に持たせた荷物は…あるだけの食料と私の涙。
私は…本当に出来損ないの妻、だ。誰もが泣くことなく見送っているのに、私だけが泣いていた。
それに気付いていた国光は私の顔を自分の腕で隠すことで…視界を遮っていた。自分のためか、私のためか。

「ゆい」

汽笛の音が響く頃、ようやく離れることが出来て一通の手紙を国光から受け取った。

「立派な子を。そして、立派な母親になって待っててくれ」
「……はい。ずっと、待ってます」

何があろうとも生きて、生きて待つように。それは…国光の願いだった。
強く頷いてはみたけど…やっぱり涙が止まらなくて、私は最後まで笑って見送ることなんか、出来なかった。



「……行かない、で」



呟いた時にはもう遅かった。
残された私には泣くことと祈ることしか出来なくなって、ただ遠い、遠い地に居る人の帰りを待つだけになってしまった。
遠ざかる汽笛。そこで初めて気付いた。良き妻を演じた女性たちの、泣き崩れる姿に…
全ての思いは、悲しみは、此処に染み付いて、無くなることなんかきっと無い。

手紙の中身は、私と「のぞみ」に宛てた2通の手紙と国光の写真一枚だった。
うまく笑うことが出来なかったのか、何とも言えない表情の国光だったけど…それはそれでらしいもの。
思わず笑って、泣いた。こんな、悲しいことなんか無くて、泣いた。ただ子供のように、あの場所に居た妻たちのように。
こんなに泣いても…すぐに抱き締めてくれる腕など無いのに、それでも私は声を上げて泣いた。



サイレンが響く。私は願いも望みも捨てない。
生きて、生きて、生きて――…大事な命と共に貴方の帰りをただただ待ちます。



-果てしない空の下君を待ってる-
待つ方と待たせる方、残す方と残される方、どちらが辛いと思いますか?
夢に出て来た戦場2。それを更にカタチにして残すことで忘れないようにしてみた(090125)


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