血染めの空から降りしモノ 幸せが見出せない時、絶望の淵に立たされし時、貴女ならどうしますか? いつかはこんな日が来るとは分かっていた。 誰もが帰れぬと分かりきった道を進むため、震える肩を必死で抱えてそれでも…強い表情で望んで行く。 「出来ることならば生きて…それが叶わぬならば残されてる者たちに自分の分まで」 今、此処に居る人たちのため、命を投げ打って…行くのだ。神の世界へ、何一つ残らぬ神の国へ。 「……そっか」 「分かってたことや。最後までよう残っとった方やろ」 「……そうだ、ね」 何度も鳴り響くサイレンの音に身を震わして、それが鳴らない時だけようやく表に出られる生活は長く続く。 隣に居たはずの人なんかもう居なくて、仲が良かったはずの子たちもどんどん居なくなって。 挙句の果てには兄たちも、家族でさえも居なくなって。そして幼馴染みまでも居なくなると知って私は、言葉がない。 涙も枯れて、今あるのはこの身一つで何も出来やしないことを痛感はしても…どうしようも出来ない。 「俺らの仲間内な、今回全員召集や」 「……」 「二人で一機。結構凄いやろ」 「……」 知ってる。それを作るために沢山の資源物を早くに徴収されて、私の家には何も無くなった。 燃料も豊富じゃなくて…片道分しか用意されてないんだって、隣に居たはずの人に聞かされて…その人は泣いてた。 一通の手紙、それを胸に泣いていた人は真っ赤になりすぎて字が読めないと言った。それに涙が付いて更に字が滲んだ。 それでも必死に私を掴んで解読して欲しいって、私は、何度も首を振って読めない字を眺めてた。 「……ゆい」 私は、絶対にそんな手紙なんか欲しくない。 そう…願っていたのに、どうやらその願いは叶えてもらえないみたい。 この間、兄からそれが届いた。その随分前にもう一人の兄から届いていて…だけど、母はそれを私に見せなかった。 おそらく父の分も同じ場所に仕舞われていたんだと思う。あれだけのサイレンの中…母はそこから一歩も動かなかった。 出来ることなら私もそこに居れれば良かったのに、気付けばあっさりと私は暗闇の中に居て、傍には侑士が居た。 私は、泣かなかった。 だけど代わりに侑士が泣いた。何度も「ごめん」と告げて泣いてたのを思い出す。 「……いつ、行くの?」 「明日や。ようやく撤去が終わった。時間は…そう空けれんらしい」 「そう…」 慌しく蠢く人たちはみな、線路のものを必死で退かしていた。 線路の向こう側で待つもののために、必死だった。それに駆り出されるのは決まって男性で私は近づけなかった。 願うはそれが永遠に残ること。増えなくていい。だけど…動かせなければ良かったのに。 何度もそう思う私はきっと神の威に背く非国民だろう。だけど、誰が望むというだろうか。この血に染まった地を。 「……なあ」 「……」 「俺が無事に戻れたら…一緒に生きよか」 「……一緒、に?」 「せや。俺が頑張って働くさかい、ゆいが家事と子育てして」 「……」 「そしたら俺はきっと幸せや。な?ゆいはどう――…」 子供騙しな約束は、要らない。 「無事に帰って来たらとか、そんな半端な約束なんか要らない!」 「……ゆい」 「家庭なんか要らない!先の幸せなんか要らない!私が欲しいのは…」 今すぐに手に入れられる幸せと侑士だけ。 他には何も望まない。不安と恐怖しかない明日だって要らない。望めぬ未来も要らない。 希望も夢も要らない。不確実なものなんて必要なくて、全ては今、今の幸せが欲しい。他には…何も要らない。 「……さよか」 分かってる。それが全て間違っていること。誰もそんな言葉に耳など傾けやしない。 分かってる。それでもみな、それを望んでいないこと。誰もが嬉々として神の国へと旅立っているわけじゃないって。 そして…残されていく私たちだって、本当はそんな言葉を口にしてはならないんだって。 「ごめん…侑士」 「……ええんや」 守りたいものがあって誰もが進む道。守りたいからこそ、自らを投げ打ってでも進んで行く。 他に道なんて無くて、他に出来ることなんか無くて。それでも、私は望まずにはいられないんだ。 「……行かないで」 どんどん私の周りの人間は知らない人へと変わって、どんどんカタチを変えていく。 残されたものも灰になって、私はたった一人になって何も残されなくて。私が人で無くなっていくんだ。 何も無くなった時、私は動けなくなって…ただただ生きるために与えられた食料を口にするだけになる。そんなの… 最後に残されるのは自分の身だけなんて嫌。 最後に自分から大事なものが奪われていくのは嫌。 そんなの…生きてる、なんてきっと言える日なんて来ないから。 「……ゆいが我儘言うんは初めてやな」 「……」 「泣いたんも…久々に見たわ」 涙は、枯れ果てたんだと思っていたのに私から溢れてて侑士が拭ってくれた。 ボロボロになった服の袖。そこは…撤去作業で汚れて赤黒く染まっていた。これはもう、取れることのない色。 「これで…ようやく腹括れたわ。ゆいの兄ちゃんには悪いけど、な」 「え…?侑、士?」 「ほら行くで。夜が明けてまう」 「え?侑士、何処へ――…」 何の荷物も持たずに暗闇を出れば…そこには沢山の爪痕と瓦礫と。 行くとこなんて何処にも無いはずなのに侑士がどんどん手を引いて歩く。沢山のものを踏み付けながら… 夜の間でもサイレンが響く日だってあるはずなのに今はとても静かなもので…思わず頭上を見上げる。星が、見えた。 「俺な、ゆいん兄ちゃんたちに約束させられたんや」 星は、月と並んで地を光で照らす。パラパラと照らす光と同じように侑士が言葉を降らせていく。 歩く速度は落とさずに、だけど言葉は穏やかにもゆっくりと降らせて…私は必死に拾っていた。 「ゆいを守れ、て。せやんな、大事な妹やもん。守りとうて…兄ちゃんたちは行った」 「……侑、士っ」 「せやけどな、俺ずっと思っててん。せやったら傍で守るんも出来たて。俺なんかに頼まんでもな」 けど…俺にも赤札届いた時に分かったんや。どないすることも出来ひんくて、ほんで俺に頼んだんやって。 アレが届くまでは自分で守りよったさかい俺には一言もそんなん言わんかった。任せられへんもんな、俺なんかじゃ。 でもアレが来た。来たら行くしか道があれへん。せやったら外で、皆守るために行くしかない、て思うたんやろ。けど俺は…ちゃう。 「俺は、お前守るために死ねん。生きて…お前の望み叶えたりたい」 「……侑士」 「約束も、家庭も、未来も…明日も要れんのやろ?」 立ち止まった先は黒ずんだ海が見える。真下には川が流れていて…沢山のものがゆらゆら流れていく。 侑士の顔を見れば穏やかに微笑んでいて、だけどその目には何かが灯っていた。ゆらゆらと、揺らめいて。 「ゆいが望むんは、今すぐに手に入れられる幸せと、俺だけ」 「……ゆう、し?」 「俺の望みはゆいと一緒になること、望みを叶えたること」 もう何度目ともなろうサイレンが響き始める。その音と共に遠くから響くは…凄まじいまでの羽音。 それでも不思議と、恐怖は無かった。手をぎゅっと握られて初めて気付いたのは、侑士の手がやけに熱いこと。 「俺には…この方法でしか叶えることが出来ひん」 ハッキリとそう言われて、私は…嬉しかった。もう、あんな手紙、受け取らなくていいんだって。 だからまた泣いて…久しぶりに笑って頷いてた。そうしたら抱き締めてくれる腕があって、本当に、嬉しかった。 「兄ちゃんたちには…ほんま悪いて思う」 「……ううん。私が、望んだって、会えたら言う、よ」 「会える、やろか。兄ちゃんたちは神の国におるんやで」 羽音がどんどん近づく。どんどん音が近づいて、どんどん色んなものがまた破壊されてく。 「ほな…向こうでも一緒に、な」 「……うん、有難う」 共に抱き合ったまま、笑って急降下した時に見えたのは夜明けが近づく光だけ。 意識が途切れる寸前まで傍で見れたのは…優しく微笑む侑士の顔だけで私は、幸せだった。 私は…今すぐに手に入れられる幸せと、侑士を、手に入れた。 -血染めの空から降りしモノ- 幸せが見出せない時、絶望の淵に立たされし時、貴女ならどうしますか? 夢に出て来た戦場。かなり逃げた。近い未来ではないかと…何となく思う(090125) 戻る |