鎮魂歌 格別、自信があったわけじゃない。 でも…誰も私の目の前に来ないってことはそういうことでしょう? もう何度と放送は流れて、確実に生き残りが誰なのかを告げ始めている。 戦線を離脱した場所で私は呑気に歌なんか歌っている。 それは大観衆を前に歌う賛美歌なんかじゃない。 今は亡き仲間たちへの…死者を弔う鎮魂歌。 そんな私を…誰も殺すことは出来ない、なんて自信があったわけじゃない。 「さすが…ウチの学院を誇る歌姫ですね」 「あら観月くん」 「ですが、いささか無防備ですよ」 別に、無防備でもいいじゃない。どうせ…そうなんだから。 でも不思議ね。こんな状況下で歌う私を誰も撃つことは無かった。 戦意喪失、とでも言うのか。それとも、最後の最後で良いと思っているのか。 何にせよ、私の命ももう期限が来ているのは確かね。 だって…観月くん、貴方が来たから。 「フォーレのPie Jesu、ですか」 「そう。この戦場に相応しくない?」 「……どうでしょうね」 「今となっては聞いてくれる方もいませんよ」って観月くんは言ったけど。 まだいるじゃない。貴方と言う存在が。分かってくれる貴方という存在、が。 でも、こんな戦場下で歌うことがあるなんて思いもしなかったんだけどね。 本物の鎮魂歌。亡き者の魂を鎮めるための歌を。 「銃の一丁くらい私に貸してくれる?」 「……生憎。私も手持ちは一丁です」 「だったら観月くん、貴方は私を殺せる?」 Pie Jesu, Domine, dona eis requiem. 慈悲深き主イエスよ、彼らに安息を与え給え。 Dona eis requiem, sempiternam requiem. 彼らに安息を、永遠の安息を与え給え。 「永遠の安息…って何だろうね」 「慈悲深いと言うなら…」 「何でこんなことになったんだろうね」 返事は、無かった。 誰も、このバトルに参加した人物を恨んではなかったと思いたい。 全ては…此処に参加させたもっと上層部の人間を恨んで死んだと思いたい。 ただ、その中で参加することも出来ずにいる私は…ただ歌うだけ。 命尽きるまで、全ての人を弔うために歌うだけしか出来ない。 「ねえ観月くん」 「……何です?」 「私が死んだら賛美歌、歌ってくれる?」 もう、鎮魂歌を歌うのは嫌になって来たみたい。 これ以上、弔いの歌を歌ったとしても…誰の耳にも入らないのだから。 「……貴女の希望は?」 「Pie Jesuでなければ何でもいい」 こんなところで歌うことが私の望みなんかじゃなかった。 血塗られた戦場で、知り合いだらけの遺体に囲まれて歌うことなんて望まなかった。 神様なんて何処にも居ない。救う神なんて何処にも居ない。 ただあるのは叩き付けられた現実で、目の前に繰り広げられた戦場だけで。 笑えないほど悲しく、笑えないほど苦しいものしか、此処にはない。 「それでしたら…叶えられませんね」 「え?」 「僕は貴女のPie Jesuが好きですから」 手持ちの銃は一丁だけ。観月くんの持った一丁だけ。 鮮やかに微笑んだ彼は最初から決めていたのかもしれない。 あまりにも綺麗な微笑みを浮かべた理由があるならば… それは、彼が消えていくことを決めていたからかもしれない。 「僕のためだけにPie Jesuを歌って下さい」 貴方のために歌える鎮魂歌なんてない。 私を置いて去っていく貴方に捧げる鎮魂歌などない。 泣いて、泣いて、泣き崩れて…口ずさむ歌はPie Jesuなんかじゃない。 私が貴方に望んだ賛美歌。賛美歌を歌ってあげる。 だから…こんな場所に置いてかないで。 (神様なんて、何処にも居ない) 戻る |