昨日はアマイモンが遊園地に連れて行ってくれた。最後に観覧車に乗った時に、空が好きで鳥のように飛んでみたいと言ったらアマイモンに笑われてしまった。けど、私は結構本気でそう願った事があった。特に子どもの頃に。空を飛びたいと願い、そこにあった両親の背中に飛び付いた。もううろ覚えでしかない遠い日の記憶。捨てられたのだから、私も捨てるしかない。

アマイモンとは少し前に出会ったばかりなのに、昨日1日を過ごしただけでまるで長い間一緒にいたような感覚に囚われた。そして"友達"とは少し言い難い何かが彼との間には生じた。部屋まで送ってくれてさよならをする時、本当は離れたくはなかった。離れ際私の言葉は遮られ、ドアは容赦無く閉まった。その時の私は、アマイモンを抱き締めた時のぬくもりがまだ手に、胸に残っていたからもっと求めようとしたのかもしれない。愛情とやらは良くは知らない。これもまた子どもの時の遠い日の記憶の中にしかないものだから。でも、アマイモンは私にそれをくれるような気がする。いや、もうもらっているんだ、きっと。握った手から伝わってくるものが既にそれを意味する。
……アマイモンは、私の事をどう思ってるのだろうか。

アマイモンは私の命が残り少ない事を知っていた。メフィストさんが、どういった考えでアマイモンに話したかは分からないけれどそれで良かったと思う。自分の口からでは伝えにくい事だったのは確かだ。でも、もしかするとメフィストさんは、そんな私の心境を読み取ってアマイモンに伝えてくれたのだろうか。アマイモンと私がそんな事を話すまでに心を通わせると見越していたなら、大したものだ。

「アマイモン…。」

呼べばすぐに来てくれそうな気がして、その男の名前を呟いてみる。しかし、大きな屋敷のこの一室には静かでひんやりとした空気が漂うだけだった。

―――トントン。

ドアをノックする音が聞こえ、期待に胸を弾ませその方向を見る。

(アマイモン…?)

「アマイモンでなくて、がっかりしましたか?」

そこに立っていたのはメフィストさんだった。一瞬だけ私が残念そうな表情をしたのを彼は見逃さずすかさずそう言ってきた。

「そんな事、ないですよ。」

「そうですか。それは良かった!」

メフィストさんはクククッと喉で笑いながら私の頭を撫でてきた。大きくて優しいその手はいつしかのぬくもりを彷彿とさせた。

「昨日はアマイモンと遊んでくれたそうで…ありがとうございました。」

「いえ。私の方こそ、彼には感謝しています。」

そんな表面だけを滑るような会話をしながら、この人は一体何をしにきたのだろうかと模索した。メフィストさんから少し視線をずらすと、ドアの向こうの方にもう一人、控えているのが見えた。

「おっと、彼は怪しい者ではありませんよ。」

自分ではなく、ドアの向こうをじっと見つめていた私に気づいたメフィストさんはドアの向こうにいた人物に中に入るよう促した。

「はじめまして、奥村雪男といいます。」

「……え?」

「貴女のご病気を診てくださる新しい先生です。」

「私の?」

「はい。フェレス卿から貴女の事をお聞きして、呼ばれてきました。少しでも貴女のお力なれれば幸いです。」

眼鏡を掛けた長身の男の人(それでもメフィストさんと並ぶと小さく見えた。)は私に向かってやんわりと微笑みかけてきた。見た目からしてまだそう年端もいかないはず…私と同じか、もしくは少し下ぐらい。この人に私の受けた魔障を診ることができるのだろうか。もう、どうにもできないぐらいにまで身体は魔障に侵されているというのに。

「…そうですか。」

前に私を診てくれた医工騎士とこの人もきっと同じだろうと思い、適当に受け流した。
無理やりにする延命など、私の望んだ事ではない。もう閉じ込めないで。私は空を飛びたい。

そうだアマイモン、貴方なら私を助けてくれるでしょ。

差しのべられた手を振り切るように、私は次の瞬間部屋を飛び出した。



籠の中の鳥の運命