兄上のところへなまえを連れていくと、椅子に座っていた兄上は何を思ったのかボクとなまえを交互に見つめ相当驚いた面持ちだった。

「お前、この子を何処で?」

「町で見つけました。一緒に来るか聞いたところ、了承を得られたので連れてきました。兄上、屋敷になまえの部屋を用意してもらえませんか?」

「………メ、メフィストさん?」

なまえが思いもよらない言葉を出してきたので、ボクはなまえの口元の辺りをじっと見ていた。どんな形であれ、なまえは兄上の事を知っている。ちらりと兄上の方を盗み見れば、視線はなまえに向けられていてその眉間には皺が寄せられている。何が、あるのだろうか。

「兄上?」

「アマイモン、話がある。それから…貴女はお部屋をご用意しましたのでそちらでしばしお待ちください。」

「ハイ。了解しました。」

「は、はい。」

ボクは兄上の元に残り、なまえは兄上の屋敷の使用人に誘導され、部屋を出ていった。その時ドアの手前でなまえはこちらを振り返り、ボクと視線がぶつかってそれから宙を泳いだ。

部屋に兄上とボクの2人だけになると、兄上は足を組み直し話出した。

「アマイモン、お前が連れてきた彼女…なまえは私の学園の生徒の一人だったのだ。」

「はぁ、そうなんですか。」

そうかだからなまえは兄上の事を知っていたのか。しかしわざわざなまえとボクを引き離してまで告げるようなことなのだろうか。首を傾げていると兄上はそして、と続ける。なんだ、まだ続きがあるのか。

「なまえは今年入学してきた生徒で、祓魔塾にも通っていた。貴重な手騎士の素質を持っていた。しかし、入学して間もなく学校も塾もやめなければならない事態になってしまった。」

「………?」

なまえに何があったというのか。ぐるぐると思考を巡らせていると兄上は一段と声を低くして告げる。

「不治の病だ。それも魔障が絡んでいる。トップレベルの医工騎士でさえ手をあげるほどのものだ。」

「…え。」

それを聞いて、ボクの巡り巡っていた脳内は一時停止した。そして何でかはよく分からないが、なまえが消えてしまったらどうしようという思いだけが浮かんでくる。さっき出会ったばかりで、気まぐれで連れてきた人間であったはずのなまえ。それにさっきの出ていく時のなまえの切なげな目元が脳裏に蘇ってくる。

「後に聞いた話だが、なまえは生まれて間もない頃、上級悪魔によって強力な魔障を受けたらしい。さらに現時点で分かっている事はその病は時を経た今急激に彼女の身を蝕んできているという事と、それに伴い余命が残り少ないという事だ。」

「その余命、どれくらいなんですか?」

「すまないが、私はそこまで詳しい事は分からない。ただ、一番分かっているのは本人だろう。」

兄上はボクに知りたかったら直接なまえに聞いてみろ、と言っているのだろうか。それを聞くと同時に心のどこかで失望した。人間ってどうしてこうも脆いものだろうか。これでは楽しむにも十分に楽しめない。
それから兄上に、なまえは病のせいで体が弱り、彼女の魔障を通じて悪魔を恐れた家族に捨てられ孤独に生きてきた事を聞かされた。どんな人間にも、同情などする余地はないと思っていたが、なまえだけは別で、可哀想だと思った。

「しかしアマイモン、お前みたいなヤツが人間にここまで執着心を見せるとは珍しいな。」

「そうですね。ただの気まぐれです。」

がっかりしたボクはポツリとそう言い残して兄上のいる部屋を出ようとした。部屋を出る直前、兄上はボクを呼び止めてここで話した事はなまえの前では話すなと言われた。兄上に背中を向けたまま何も言わずにボクはバタンとドアを閉めた。

そしてボクの足が向かう先は、なまえのいるであろう部屋。

「なまえ。」

「アマイモンさん!」

なまえは柔らかそうなピンク色のソファーに腰かけていて、ボクが入ってくるなり立ち上がりこちらへ歩み寄ってきた。その顔には笑みが浮かんでいる。本当に、なまえは病気なんですか?そう聞きたかったけど、今のなまえに聞いちゃいけない気がして聞けなかった。

「呼び捨てでいいですよ。」

「え、でも。」

「ボクだってなまえの事呼び捨てしてるんです。同じくしてください。」

「そう、だけど。…わかった、アマイ、モン。」

「どうして呼び捨てになるとアクセントがおかしくなるんですか?」

「え、そうかな?」

なまえはボクの名前を何度も繰り返して、アクセントの位置を練習していた。その姿をじっと見つめていたら、なんだかお腹が空いてきた。さっきなまえの事をわたあめみたいだと思ったせいか、甘いお菓子が連想されて唾液が溢れてくる。
ふとソファーの近くにあったテーブルを見やると思い描いていたお菓子が山盛りになっていたので思わず手を伸ばした。

「んー、美味しいです。」

「アマイモン?」

あ、今のアクセントは正しかったですよ。なまえに名前を呼んでもらえたらとどうしてか嬉しくなった。もっと、名前を呼んで欲しくなった。

「なまえも一緒にお菓子食べましょう。こういうものは、平気ですか?」

「わ、ありがと。」

棒付きキャンディーを掴み、なまえに差し出す。少しなら、と嬉しそうに受け取った様子を見るとこういったものは食べられるらしい。食べる物にも病が影響してしまうなんて悪魔であるボクには到底考えられないな、なんて思った。つくづく人間とは脆い生き物だ。

「そうだなまえ、明日一緒に遊園地に行きませんか?」

「遊園地に?」

「ハイ。"じぇっとこーすたー"や"めりーごーらんど"、楽しい乗り物がたくさんあります。」

「でも…私は、身体が。」

「ボクはなまえを何処へでも連れていけると言いました。」

ボクはなまえの手を握った。あまり力を入れてしまうと、簡単に折れてしまうだろうから加減をするのに少しだけ苦労したが。驚いてボクを見たなまえと再び視線がぶつかった。
なまえと一緒にいればきっと楽しい。でもそんななまえの余命が残り僅かなら、その僅かな時間を思いっきり楽しんでしまえばいいと思った。食べ物も遊びも大好きなボクだから、こういった考えにたどり着いたのかもしれない。でもそれらは全部ボクらしいようでボクらしくない。

どうしてかなぁ、なまえ、キミといるとすごく落ち着くんです。

「明日、楽しみにしてます。」

明日ここに迎えにくる約束をして、今日はなまえとさよならをした。


キミのこと