「はぁ………はぁっ…!」

先ほどから必死で逃げているはずなのに一向に縮まらないアイツとの距離。むしろだんだんと追い詰められている気がする。早くどこか助けてくれる場所へ飛び込まなければ。

「なまえ、待ってください。さもないと貴女のその両手足を引きちぎって、もう一人では出歩けないようにしてしまいます。」

ほらほら、と言いながら笑う悪魔。こいつは強力な魔力を持った、悪魔の中の王さまなんだとか。捕まったら最後だ。友達と遊園地で遊んでいた私は、いきなりそんなヤツに追いかけられる羽目になっていた。理由が本当に分からない。

あんな事を言われて立ち止まる阿呆はどこにもいない。息も苦しく、両足には震えが走りいよいようまく走れなくなってくる。それでも、ある一点を目指し必死に足を動かす。あの人ならばきっと私を助けてくれるだろう。助けて助けて。もうじき足が動かなくなりそう。首にネックレスとして下げていた鍵を掴み、そこら辺にあった鍵穴に差し込もうとした。これはあの人がくれた鍵。使えばすぐにあの人の側に行ける。しかし震えてなかなか思うように鍵は穴におさまってはくれない。見たところ鍵穴も大分古いようだ。そうしているうちにもアイツとの距離は縮まるばかり。カチャカチャカチャ。…ガキン!鍵が開いた感覚が、手に伝わってくると同時にこれで助かるという安堵感が押し寄せてくる。ドアを開けると、見知ったファウスト邸のとある一室。転がり込むように中へと入る。

「メ、フィス、トさんっ……、た、たすけ、て!メフィストさんっ!」

私を守ってくれる人の名前を呼んで必死に助けを求める。

「おやおや、そんなに慌ててどうされたのです?」

「………メフィストさんっ!」

震える私を抱き止めてくれたの紛れもない助けを求めていた相手、メフィストさんだった。私のことを一瞬驚いたように見つめてから数秒後、何も言わずに抱き締めてくれた。それとほぼ同じくして、涙が止めどなく溢れてきた。怖い思いをした。ただ遊園地で遊んでいただけだったのに…。
彼の腕の中、安堵しきった私は、もう一人の悪魔の存在に気づく事ができなかった。

「…可哀想に。」

「……怖かったの、怖かったの…。」

「それはそれは。」

言葉の意味とは裏腹に、彼の言葉はどこか楽しげに聞こえた気がした。そう、気がしただけ。そんな時だった。

「見ーつけた!」

「…………!!」

恐怖を煽る声が背後から響いた。もう怖くて振り返る事はできない。メフィストさんにしがみつくようにして、目も固く瞑る。止めて。来ないで。

「なまえ、鬼ごっこはここまでにしてボクともっと楽しい遊びをしましょうよ!ああ、兄上もご一緒にどうですか?」

「当たり前だ。…あまり調子に乗るなよ、アマイモン。本当はなまえとこんなにお前を遊ばせる予定ではなかったのだからな。」

二人とも何の話をしているか分からなかった。アイツの兄であるメフィストさんなら、助けてくれると思ったのに、これではまるで…。何だか訳が分からない。ただ、一つだけ、ここからすぐに逃げた方がいい事だけは分かっていた。足は、まだ動いてくれるだろうか。メフィストさんから離れようとしたら、がっちりと腰の辺りを捕まれ抱き抱えられてしまった。

「あのアマイモンからここまで逃げてこれた事は誉めてあげましょう。しかしながら、せっかくの"お遊び"の誘いから逃げ出してしまうだなんて、つまらないじゃあないですか?」

「なまえ、ボクはもう貴女の中へ入りたくて仕方ないのですが…。特別に、貴女がどうしたいか、ボクと兄上が聞いてあげます。」

信じきっていた人が悪魔だったという事を忘れていた私が愚かだったのだろうか。もう私にはここから逃げ出せるほどの精神も体力も残っていない。抵抗もできないままベッドに乱暴に落とされると、服が裂かれる嫌な音が耳の奥まで響いてくる。なんで、こんなことになってしまったの。
もう一生ここから出られないように思えてきた。

「さあ、ボクの愛を全部受け取ってください。」

「アマイモン!さっきからあまり調子に乗るなと言っているのが、聞こえないのか?いっそのこと、お前は私となまえの行為をそこで指をくわえて見ていればいいものを。」

「……………。」

な、んなの、これ。
どう考えたって、おかしいじゃない。


鬼事


あとがき

最初はアマイモンだけの予定だったけど、メフィストさん参戦しました。
一度に悪魔兄弟二人に襲われるだなんて我ながらおいしい要素満載じゃないかと思った。