そして迎えたバレンタインデー当日。自らの人生史上この日がこんなにまで緊張したことはなかった。この胸の高鳴りはまるで恋する少女のよう。
未だにシンの言っていた言葉の意味がわからないままであったが、とにかく当たって砕けろ、だ。・・・実際のところ砕けたくはない。

ショコラッテのもとへお菓子を持って行くまでがまず大変だった。
政務室へ向かう長い廊下では、女性から声をかけられる。

「ジャーファルさまのために作りました!」
「ジャーファルさまのお口に合うと良いのですが!」
「ジャーファルさま、いつも応援してます!」
「ジャーファルさまは今日も素敵ですわ!」

手渡されるお菓子はどれも可愛らしくラッピングされている。女性に囲まれて身動きが取れない今、ショコラッテへのお菓子ももう少し可愛らしく包んだほうがよかったか、となぜか変な余裕が生まれた。

「みなさん、ありがとうございます。おいしくいただきますね!」

ニコニコと微笑みながら半ばかき分けるようにして政務室へと向かう。手には抱えきれないほどのお菓子。よくもまあ自分のために作ってくれるものだ。しかし今年は人のことを言えない。
朝から少し疲れてしまった。仕事はきちんとこなそうと政務室に入る前に自分に喝を入れる。

「おはようご・・・・え?」

「ショコラッテさぁあああああん!」
「ショコラッテせんぱーーーーーーい!」
「ショコラッテさんのために頑張って作りました!」
「私もショコラッテさんに美味しいって言ってもらうために練習してきました!」

あれ、デジャヴ・・・。いやいや。
今は自分ではなくて、ショコラッテ。
シンの言っていたことが今ようやく理解できた。ショコラッテは男女ともによく慕われている。このことは知っていたが、これがバレンタインにも反映されるというところまではなぜか考えが至らなかった。疲れていたんだ。そうだ。
肝心なショコラッテはというと人だかりの真ん中にいるようで、姿がよく見えない。

しまった。渡すタイミングを失った。そう思いながら自分の席について騒ぎが収まるのを待つことにした。しかしこれがなかなかなもので一向に収拾がつかないのでだんだんイライラしてくる。これでは仕事にならない。

「お前ら仕事しろーーーーーーー!」

浮かれムードの文官たちに加え他の部所のものたちが肩をびくつかせて自分を見た。その後、自分の仕事にしぶしぶ戻っていく。途端いつもの静けさが戻ってくる室内。眉間のしわを摩りながらふと目線を上げるとショコラッテが視界に入り、その瞬間心臓がどくりと跳ねた。あれだけの人数に囲まれていたにも関わらず、疲れ一つ見せずに平然と手元を動かしているショコラッテ。周りにはうずたかく積まれたお菓子。異様な光景だ。さて、仕事をしろと部下たちを叱責した手前、この状態で彼女にお菓子を渡すことは難しい。となると、仕事が終わったあとしかない。今朝の様子から行くとまたショコラッテにも私にも同じように人だかりができるだろう・・・それをどうふりきるか・・・それよりも今は仕事に集中しなければ。

・・・とは言ったもののいつもよりショコラッテが気になって仕方ない。彼女の仕草一つ一つに心臓が騒ぐ。もう仕事どころではない。ついに耐え切れなくなって、椅子から立ち上がるとショコラッテの方へつかつかと歩いてゆく。

「あの、ショコラッテ、」

「あ、どうしたんですかジャーファルさん。」

淡々としたショコラッテの口調につい一歩引き下がりそうになるがそこをぐっとこらえる。

「少しお話があるのですが、今よろしいですか?」

「お話ですか・・・いいですよ。なんですか?」

あろうことがショコラッテを直視できない。いつもはこんなにショコラッテと話すことに緊張などしたことがないのに。

「あ、その・・・ここではちょっと・・・こちらへおいでなさい。」

場を変えようと彼女を連れ、政務室をでる。
少し廊下を歩いたところで立ち止まり、後ろをついてきていたショコラッテの方を振り返る。

「ショコラッテ、いきなり呼び出してすみませんね。実は貴女に渡したいものがありまして。」

ついに、ついに渡す時が来た。官服の袖に忍び込ませておいたお菓子を取り出してショコラッテの前に差し出す。
その瞬間、ショコラッテが普段見せない驚いたような表情をしたものでこれはいけるかと思い、焦燥に背中を押され胸のうちに温めておいた言葉が先に出てしまった。

「私は貴女のことが好きです。」

ありふれた告白の言葉。こんな簡単な言葉、たった一言いうだけで手がわなわなと震えた。言い切った途端、息が苦しくなる。

「そうですか。」

先ほど一瞬見せた態度からは想像しなかった、意外とあっさりとした返答に、思わず自分が今言ったことが違う言葉だったのかと思うくらい拍子抜けしてしまった。

「甘いものが苦手でしたら無理にとはいいません。それにお返事も今すぐにというわけではありませんから、そのっ「これ、ジャーファルさんが作ったんですか?」

「え、あ、はい。何度か失敗してしまいましたが、やっと貴女に差し上げられるものができました。」

お菓子を受け取ってくれたショコラッテは手に持ったそれをまじまじと見つめる。しばらくその状態が続いて、ショコラッテのその様子をじっと見つめていたがそろそろ気まずくなってきた。何か話を、と思った時、ショコラッテが口を開いた。

「私、どうしたらいいんでしょう。」

「・・・なにが、ですか?」

ショコラッテはうつむいていた顔をあげてまっすぐに私を見据えながら話しだした。そんなショコラッテから目を逸らしてはいけないと、彼女の方を今度はきちんと見つめる。

「好きで好きで、恋焦がれていた人から告白されると思ってもみませんでした。なんせ、近くて遠い存在でしたからね。」

「え、それって・・・。」

他人の話をしているような調子でそんなことを言われたものだから理解するまでに時間がかかった。じわじわと脳内で整理がついた時、嬉しいような恥ずかしいような喜ばしいような様々な感情が胸を渦巻いた。

「ホワイトデー、楽しみにしててくださいね?ジャーファルさん。」

「あっ・・・ちょっと!」

あげたお菓子を大事そうに持ちながら、仕事場に戻っていってしまったショコラッテ。

これは、成功したと、そう思っていいのだろうか。

彼女を思い、お菓子を作った甲斐があったと晴れ晴れしい気持ちで自分も仕事に戻ることにした。




「ジャーファル、よかったな!」

「っだからどうしてアンタはなんでも知ってるんですか!」

「おおお?その調子じゃうまくいったようだな!」

「うわ、鎌掛けましたね!」

「よかったよかった!これで王宮にまた新たなカップルの誕生だな!」

「ちょっと恥ずかしいですからまだそんな決まってもいないこと大声で言わないでください!」

「お二人共、今日もお元気そうで。」

「「ショコラッテ!」」

シンにからかわれつつもあれからショコラッテとの関係は前よりも良好になった。

それから、ホワイトデーがとても楽しみだ。



For you! 後編



やや男勝りなヒロインちゃん(口調的にではなく性格的に?)と恋する乙女なジャーファルさんっていう風にしたかったんだけど、いまいち出せてない(笑)ショコラッテちゃんがきになって大好きな仕事も手につかないジャーファルさん。・・・純愛ものって難しい。