■ ダブル 3 ■

※注意 佐久鬼/ちょいエロ


「はぁ? この俺がわざわざお膳立てしてやったのに告白の一つもできなかったぁ? どんだけヘタレなんだよ」
 朝のホームルーム前のざわつく教室。不動の言葉もまた教室内の喧騒の一つとして飲み込まれていく。
 佐久間はなんとも苦々しい表情で不動を見た。
「うっせぇ、俺はお前と違ってナイーブなんだよ。シャイボーイなんだよ。お前みたいな阿婆擦れと一緒にすんな」
「誰が阿婆擦れだ、誰が」
「お前以外に誰がいる、この糞ハゲ。余計な真似しやがって」
 そう吐き捨てて机に突っ伏してしまう佐久間。
 不動はため息をついてそんな佐久間の頭を軽く叩いてやった。
「どうした、佐久間。体調でも悪いのか」
 教室に入ってきた鬼道は机に突っ伏した佐久間を見るなり、心配そうに声をかける。
 愛しい人の声を耳にして、佐久間は咄嗟に顔を上げる。
 一糸の乱れもなく着こなされた制服、きれいに束ねられたドレッド、お決まりのゴーグル。今日の鬼道もまた、いつも通り、否、いつも以上に美しかった。
 一瞬見とれてしまう佐久間だったが、不動に脛を蹴られ我に返る。
「あ、いや。大丈夫だ。おはよう、鬼道」
「そうか、ならいい。おはよう」
 口元を吊り上げ、そう言い放つ鬼道はやはり美しい。そんなことを心中で考えうっとりと見とれていると、思い出したかのように不動が口を開いた。
「あ、そだ。鬼道クン、たしか今週の土曜日ってグラウンド整備で部活は休みだったよなァ?」
「あぁ、そうだが」
「鬼道クン、土曜日は暇?」
「今のところ予定はない」
「よし、じゃあ、せっかくだし遊びに行かね? 俺と源田と佐久間と鬼道クンの四人で」
 ニヤニヤと口の端を吊り上げて笑いながら不動が言い放つ。
 突然の提案に一番驚いたのは佐久間だった。
「なっ、ど、ど、ど、どういうことだっ。聞いてないぞ」
 椅子から立ち上がり声を上げる。
「はァ? 今言ったばっかなんだから聞いてなくて当然だろォ」
「俺はかまわないが……佐久間は嫌なのか?」
 困ったように眉を寄せた鬼道に見つめられ、佐久間は言葉を失ってしまう。
 嫌なわけがない。
 佐久間は思わず不動を睨みつける。
 しかし、当の不動はしれっとした表情。
「……いや、嫌じゃない」
 佐久間は観念してそう答えたのだった。

 そして訪れた土曜日。
 待ち合わせ場所にいるのは、佐久間と鬼道の二人だけだった。
 数刻前、佐久間のもとに届いた一通のメール。
 差出人は不動だった。
 今度こそうまくやれよ、と一言だけ綴られたメールを見て佐久間は目を剥いた。
 ちなみに鬼道のもとには体調を崩して源田に看病してもらっているため、自分と源田は行けないというようなメールが届いたらしい。
「これから、どうするんだ?」
 黒のVネックにジーンズとシンプルな私服に身を包んだ鬼道が佐久間の顔を見つめて問う。今日はゴーグルをしていないため、切れ長の赤い瞳がダイレクトに佐久間を捕らえた。
 端正な顔立ちに戸惑いを滲ませ、小首を傾げる鬼道。
 今すぐそんな鬼道を抱きしめたい。否、抱きしめられるはずがない。
 佐久間はそんな葛藤を胸に抱き小さく唸る。
「鬼道は、どこか行きたいところとかあるのか?」
「いや、これといって行きたいところはない」
 はっきりと断定されてしまい、ますます困り果てる佐久間。
 どこに行けばいいか、何をするかそんなことを考えていると、鬼道が小さく声を上げた。
 驚いて振り向くと、小さな女の子と鬼道がぶつかっていた。
 不幸にも、女の子が持っていたソフトクリームがべっとりと鬼道のジーンズを汚しているではないか。
「き、鬼道っ! 大丈夫か?」
「あ、あぁ、俺は大丈夫だが……」
 困った表情で視線を落とす鬼道。
 その先には、楽しみにしていたソフトクリームを台無しにしてしまい今にも泣き出しそうな女の子。
 佐久間はすぐ近くの店から急いでソフトクリームを買い、女の子に渡してやった。
 事なきを得た二人だが、鬼道のジーンズはソフトクリームで汚れたまま。
「あの、さ。俺の家ここから、わりと近いから良かったら来ないか?」
 俺のジーンズでよければ、穿き変えればいいし、と付け足しながら佐久間が言うと鬼道は小さく頷いた。
 そんな経緯で、二人は佐久間の家へと向かったのだった。
 さて、佐久間の家に着き、佐久間の部屋に通された鬼道は差し出されたクッションの上に腰を下ろした。
 初めて訪れる佐久間の部屋は思いのほかきれいに整理されていた。
 勉強机に、本棚、テレビにゲームそしてベッド。ごく一般的な中学生男子らしい部屋。
 しかし、たまたま目に付いた写真たての中の写真を見て鬼道はどきりとする。
 机の上に大事に飾られている写真たての中の写真はサッカーの練習に打ち込む鬼道の姿を写したものだった。
 クローゼットから引っ張り出してきたジーンズを鬼道に差し出す佐久間。
 鬼道は慌てて佐久間に視線を戻し、そのジーンズを受け取った。
「あー……っと、着替えるなら、俺部屋の外に行こうか」
 佐久間が頬を掻きながら問うと、鬼道は首を横に振る。
「男同士だ、そんなに気を使ってくれなくていい」
 そう答え、ジーンズに手をかける鬼道。
 鬼道の中には佐久間に好意を持たれているだろうというささやかな疑念があった。
 その疑念を確固たるものとしたのが佐久間の机に飾られている自らの写真だった。
 常に熱くじりじりとした視線を自分に送っている癖に、決して最後の一線を越えようとしない佐久間に鬼道は焦れていた。
 ただのチームメイトとしてではない淡い思いを佐久間に抱いている鬼道は、佐久間に踏み込まれることを密かに待ち続けていた。
 しかし、待ち続けるのはもう限界だった。そして、鬼道は一つの賭けにでることを決心する。
 見せつけるようにゆっくりとジーンズを下ろしていく鬼道。
 徐にベッドに腰をかけ、露になった片足を指でなぞる。
「佐久間、ソフトクリームでべとついているんだ。舐めてくれないか」
 口の端を吊り上げ、赤い双眸を細めながら言い放つ。
 佐久間がごくりと息を飲み込むのが傍目でもわかった。
「き、鬼道っ」
「嫌なのか?」
 首を傾け問いただすと、佐久間は顔を歪め首を振った。
 佐久間の頭は混乱していた。
 何が起きたのかうまく飲み込めずにいた。
 早鐘を打つ鼓動、頭はガンガンと痛み警笛のような耳鳴りに苛まれる。
 憧れの鬼道が、愛しい鬼道が、今、自分のベッドの上に座っている。それどころか、無駄のないしなやかな脚を晒し舐めろと言っているのだ。
 今、目の前で起きていることが現実なのか自分の妄想なのかわからない。
 佐久間はフラフラとした足取りで鬼道の前に歩み寄る。
 今すぐその脚に頬ずりをしたい。舌を這わせ丹念に舐りたい。
 割れるような頭痛に視界が歪む。
 限界だった。
「鬼道……鬼道っ、鬼道っ」
 佐久間は鬼道の名を呼びながら、跪いた。
 そして、差し出された脚に頬ずりをする。
 温かな鬼道の体温。ずっと触れたかった熱。
 これ以上にないほどのスピードで心臓が鼓動を刻む。
 全身の血液が沸騰してしまいそうだ。
 犬のように舌を出し、その脚に這わせる。
 甘い味がするのはソフトクリームのせいだけではないと佐久間は思う。
 ゆっくりと鬼道の靴下を脱がすと、日に焼けていない白いつま先が目の前に現われる。
 ごくりと唾を飲み込み、佐久間はその親指を口に含んだ。
「っく……」
 目を細め、小さく喘ぐ鬼道。
 その声に、佐久間の雄はどくりと脈打つ。
 うっとりとした表情で、鬼道の足の指を一本一本丁寧に舐る佐久間。
 鬼道は口の端を吊り上げてくすりと笑う。
「足を舐めるだけで満足なのか、貴様は」
 そう言って足先で佐久間の顎をなぞってやると、佐久間は頬を高潮させ潤んだ瞳で鬼道を見上げた。
 さながら次の命令を待つ忠実な犬。
 鬼道はそんな佐久間の股間をグリグリと足で刺激してやった。
「あッ、く、っぅ」
 滾る雄を無遠慮に踏みにじられ喘ぐ佐久間。
 しかし、鬼道はそこを攻撃するのを止めはしない。
「俺の足を舐めただけでそんなにしているのか? とんだ変態だな」
 蠱惑的な赤い目を細め、佐久間を罵る鬼道。
 そんな言葉ですら、佐久間を昂ぶらせる要因の一つとなる。
「鬼道っ……俺は、俺はっ……」
 泣きそうな顔をした佐久間は、立ち上がり鬼道に抱きついた。
 あまりにも勢いよく抱きついたため、鬼道の体は背中からベッドに沈む。
 結果、佐久間によってベッドに縫い付けられる状態になった。
 鬼道の首筋に顔を埋める佐久間。
 鬼道はそんな佐久間の頭を優しく撫でてやる。
「言ってくれ、佐久間。俺はその言葉が聞きたい」
 その言葉は佐久間の胸のつっかえをいとも容易く溶かしていく。
 顔を上げ、ゆっくりと息を吸い込んだ佐久間は困ったような笑顔で、ずっと伝えたかった言葉を口にした。
「好きだ、鬼道。愛してる」
 佐久間の一世一代の告白を甘受した鬼道は、赤い瞳を優しく細める。
「俺もだ、佐久間」
 信じられない答えを受けた佐久間は嬉しさのあまり今度こそ泣き出してしまう。
 涙でぐしゃぐしゃになった佐久間に優しく口付ける鬼道。
 二人の初めてのキスは塩辛い涙の味だった。

END
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