化学準備室の扉を開けると、部屋の中には煙草の臭いが充満していた。 部屋に足を踏み入れた鬼道は思わず眉を顰める。 「先生、校内は禁煙ですよ」 「あー、うっせぇ。知ってるつうの」 煙草を咥え、気だるげにテストの採点をしていた不動はそう答え面倒くさそうに鬼道を見る。 「教師らしからぬ態度に物言い、関心しませんね」 不動の口から煙草を奪い取った鬼道は、そのままそれを灰皿に押し付けた。 じゅ、と音を立て火は消えてしまう。 煙草を奪われてしまった不動は、肩を回した後大きく伸びをしてつまらなそうに天井を仰いだ。 「つか、何しに来た訳。鬼道クン」 「先ほどの授業でわからないところがあったので……」 そう言って鬼道は、徐にノートを取り出す。 しかし不動はそのノートを見もしないで、鬼道のネクタイを引っ張った。 「ウソだね。優等生の鬼道クンがわからないとこなんてないんじゃねぇの? だいたい、高校三年間分なんてとっくの昔に頭に入ってんだろォ」 口の端を釣り上げて、人の悪い笑みを浮かべる不動。 ネクタイを引っ張られているため、至近距離で不動の整った顔を見ることになる。 思わず顔が熱くなった鬼道は、不動の指からネクタイを奪い返す。 そして苦笑しながら、テーブルに腰をかけた。 「じゃあ、正直に言いましょう。あなたに会いに来たんですよ」 「ハッ、鬼道クンも物好きだねェ。俺に会いに来たっていいことなんか一つもないぜェ? 媚を売るならもっと他のセンセに売っときな」 そもそも成績優秀で品行方正、あげくあの鬼道財閥の一人息子とくれば学校内の誰もが腫れものを扱うように鬼道に接する。 媚を売る必要などまったく必要ないのだ。 勿論、そんなことは不動だって百も承知。嫌味のつもりでそう言ってやったのだ。 「居心地がいいんです。ここ」 高校生らしからぬ大人びた目をして遠くを見ながら鬼道はそう言った。 不動はそんな鬼道を見て、なんとも言えない気持ちになる。 小さくため息をついて、コーヒーメーカーのサーバーを手に取り近くにあったビーカーにコーヒーを注ぐ。 そして、鬼道に差し出してやった。 「あんまり長居すっと煙草の臭いが染み付いちまうぜ。それ飲んだら、とっとと教室に戻りな」 そう言って不動は、再びテストの採点を始めてしまう。 鬼道はビーカーを手に持ち苦笑する。 口も態度も悪いが、なんだかんだで優しい不動。 鬼道はそんな不動に淡い恋心を抱いていた。 誰もが鬼道を腫れもののように扱う中、不動だけは違っていた。 普通の生徒となんら変わらず接してくれる。鬼道はそれが嬉しくて仕方なかった。 そして、ついつい化学準備室に入り浸ってしまい、気づけばどうしようもないほどに不動という人間に惹かれていたのだ。 決して美味くはないコーヒーをちびちびとすすりながら、答案用紙を見つめる不動に目をやる。 伏せられた瞼に、長い睫の影が落ちる。 柔らかそうな白い頬に触れてみたい、そんな欲求が膨らんだところで決してそれを実行に移すことなどできやしない。 不動ともっと親しくなりたい。不動の色んな一面を見てみたい。できることなら、教師と生徒という壁を壊してしまいたい。 そんな思いが胸を埋め尽くして、息ができないほどに苦しくなる。 それでも今のこの関係を壊したくない鬼道は、ただ苦いだけのコーヒーを嚥下するほかないのだった。 「鬼道。次の時間は美術だな。早く美術室に行かないとそろそろ予鈴が鳴る」 そう言って同級生の佐久間が鬼道の肩を叩く。 「あぁ」 鬼道は教科書と筆記用具を取り出しながら、教室の中央に掛けられている時計に目をやる。授業開始のちょうど五分前だった。 そしてぼんやりと、他のクラスの時間割を思い出してみる。 たしか今の時間、不動が授業を受け持つクラスはないはずだ。 きっと不動はいつものように、気だるげに化学準備室で時間をつぶしているに違いない。 「俺は次の時間、サボタージュだ。佐久間、先生にはうまいように言っておいてくれ」 そう言って、教科書と筆記用具を机に置き鬼道は教室を出る。 「えっ、鬼道。どうしたんだよ」 颯爽と教室を去っていく鬼道の背中を見ながら、取り残された佐久間は途方に暮れるのだった。 弾む足取りで化学準備室に向かう鬼道。 優等生の自分が授業をさぼって不動のもとに行ったら、不動はどんな顔をするだろう。 そんなことを考えていたら無性に楽しくなってしまった。 きっと、目を丸くして驚くに違いない。 そう思い化学準備室の扉に手をかけた。 しかし、すんでのところで手を止める。 中から不動以外の人間の声がしたからだ。 「不動、また煙草を吸ってるのか。校内は禁煙だとあれほど……」 「あー、うっせぇ、うっせぇ。なんだよ、説教たれに来たのかよ、源田ァ」 声の主は、体育教師の源田だった。 源田は真面目で実直で熱血な、まさに青春漫画の教師がそのまま出てきたような人間だった。 そんな源田が、どちらかというとアウトローな不動となぜ一緒にいるのか。 鬼道は首を傾げ、中の様子に聞き耳をたてる。 「だいたい、なぜ職員室にこないんだ?」 「苦手なんだよ、あの空間。それに煙草も吸えないしな。つか、何度も言ってんだろォ」 「それもそうだな。しかし、煙草はダメだぞ。体にも悪いしな」 「口さみしいんだよ。ま、源田センセェが三十分おきにちゅーしてくれんなら禁煙も考えてやってもいいけどなァ」 ケラケラと笑いながら不動は言う。 二人の会話を聞いて鬼道は軽い眩暈を感じた。 やけに仲が良すぎる。 あの不動が、こんなにも心を許して会話をしているだなんて鬼道には信じられなかった。 「三十分は無理だが一時間おきにならできるぞ」 「ハッ、ジョーダンだよ。マジにすんなって。って、おい……」 すりガラス越しに見える二人の影が重なる。 「んっ……ふ、ぁ……は、っんぅ」 不動の甘い吐息が鬼道の耳を支配した。 くちゅくちゅと淫らな水音が漏れてくる。 角度を変え、何度もキスを繰り返す二人。 心臓が脈打つ音が、頭にまで響くような錯覚。鬼道は痛む頭を抱えうずくまる。 もう、何も考えられなかった。 それでも、手は勝手に胸ポケットの携帯を取り出していた。 少しだけ開けた扉から中の様子をうかがう。 口づけに夢中になっている二人は鬼道の存在に気づいていない。 鬼道は静かにシャッターを切った。 「バカ、誰か来たらどうすんだよ」 唇を離されてすぐ、不動はそう言って源田の胸を叩く。 「授業中だから、大丈夫だろう」 源田はそう答えて、不動を強く抱きしめた。そして、再び不動の唇を奪う。 見ていられなくなった鬼道はふらつく足取りで、教室に戻った。 裏切られたような気分だった。 まさか、源田と不動がそういう仲だったなんて、思いもしなかった。 ほんの少し優しくされて、浮かれていた自分がバカみたいだった。 不動から見れば自分など、他の生徒となんらかわりないただの教え子。 他の生徒と変わりなく接してもらえるのが嬉しかったはずなのに、それがこんなにも苦しい。どうしようもないジレンマ。 もしも、自分が不動や源田と同じ立場なら少しは望みがあったのだろうか。 考えたところで意味もないことなど百も承知だ。 それでも鬼道は考えずにはいられなかった。 どうすれば、不動を手に入れられるのか。 どうすれば、不動が自分を愛してくれるのか。 どうすれば……。 携帯を開くと、頬を上気させ恍惚とした表情で源田と唇を重ねる不動の姿。 形のない何かに駆り立てられ、どす黒くどろどろとしたものが腹の中を渦巻いていくのを鬼道は確かに感じていた。 その日の放課後、鬼道は再び化学準備室を訪れた。 「あれ、鬼道クン。生徒は帰る時間だろォ。何してんだよ」 煙草を咥えながら窓の外のグラウンドを見ていた不動は、鬼道を見て目を丸くする。 鬼道は何も言わず、不動の隣に立ち窓の外を見た。 グラウンドではサッカー部の生徒たちが練習に励んでいる。 サッカー部の顧問である源田も、生徒に負けないくらい熱心に練習に参加していた。 「サッカー部の練習を見ていたんですか」 「ん、まぁな」 「源田先生がいるからですか?」 鬼道の問いに不動は訝しげな表情を浮かべる。 「どういう意味だよ」 「言葉のまんまですよ」 クスリと口の端を釣り上げて笑い、鬼道は不動に携帯を見せつけた。 みるみるうちに青くなる不動。 鬼道はおかしくてたまらないというように腹を抱えて笑いだす。 「まさか、源田先生と不動先生がそういう関係だっただなんて思いもしませんでしたよ」 「なんのつもりだよ、鬼道クン」 「この画像がおおやけになると、不動先生だけじゃなく源田先生も困ることになるでしょうね」 赤い目を細め、不動の双眸を覗き込む鬼道。 不動はそんな鬼道を睨めつける。 「何が目的だ」 「そんな怖い顔しないでください。俺はただ、不動先生に俺の気持ちを知って欲しいだけなんです」 そう言いながら、鬼道は不動の顎を掴む。 「俺は不動先生が好きです」 「ハッ、そんな脅迫まがいな告白があってたまるかよ」 「脅迫だなんて、人聞きが悪い。どうするかは全て不動先生次第ですよ」 不動は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、鬼道を見る。 そして諦めたようにため息をつくと、口の端を釣り上げて笑った。 「鬼道クンは俺が欲しいんだろォ? 遊んでやるよ」 そう言って自ら鬼道の唇に己のそれを重ねる。 温かく柔らかな感触に鬼道の胸は早鐘を打つ。 ずっと欲しかった不動の唇が、今、己のそれと重なっている。 そう考えるだけで天にも昇る思いだった。 不動の熱い舌が、鬼道の閉ざされた唇を優しくなぞる。 ぬるりとした感触に、思わず口を開くとすかさず鬼道の口腔内に舌がねじ込まれる。 緊張で動けなくなっている鬼道の舌に、いやらしく絡み付く不動の舌。 歯列を丁寧に舐った不動の舌は、くちゅくちゅと音を立てて鬼道の口腔内を貪る。 こんなに深いキスなどしたことすらなかった鬼道は、ただただ不動の口づけを享受することしかできなかった。 ぢゅ、と音を立てて離れる唇。 不動は唾液に濡れた口のまわりをぺろりと舐める。 その姿がやけに艶めかしくて、鬼道は下半身に血液が集中するような錯覚に陥った。 制服のスラックスの下で熱を持て余す鬼道の昂り。 テントを張った股間を目の当たりにして、不動はニヤリと笑った。 「鬼道クン、キスだけでこんなになっちゃったんだ? 若いから元気だねェ」 盛り上がったそこをぐりぐりと膝で攻撃する不動。 鬼道は苦しそうに眉を寄せる。 切羽詰まった鬼道の姿に気を良くしたのか、不動は鬼道に跪きゆっくりとスラックスのジッパーを下げてやった。 そして、スラックスごとパンツをずり下すと勢いよく鬼道のペニスが飛び出した。 「アハ、ちんぽギンギンだぜぇ?」 睾丸を揉みしだきながら、見せつけるように先端にキスをする不動。 ひくつく尿道からとろとろとあふれ出る先走り。 それをペニス全体に塗り込むようにぬちゃぬちゃと扱かれ、鬼道は熱い吐息を漏らす。 「っぁ……く、不動先生っ」 「変態鬼道クンは、俺にちんぽ扱かれてイきそうになってんの? ざまぁないねぇ」 不動は鬼道のペニスの根元を抑えながら、根元までそれを咥え込んだ。 そして、頭を上下させながらペニスを吸引する。 じゅぽじゅぽと音を立て、ペニスをしゃぶられ鬼道は足を震わせた。 熱い口腔内で緩急をつけてペニスを吸われ目の前が真っ白になる。 すぐにでも欲を吐き出したいというのに、根元を抑えられているせいでそれはかなわない。 縋るような目で不動を見れば、じゅぽっと音を立て口を離されてしまった。 不動は舌を窄め尿道を抉るように舐る。 ひくつく尿道からはとめどなく先走りが溢れ、鬼道のペニスは唾液と先走りでてらてらといやらしく濡れそぼつ。 「なぁ、鬼道クン。このギンギンになったちんぽ、どうしたい? このままじゃ、すまねぇよなァ」 「先生にっ、先生に挿れたいです」 「ははっ、鬼道クン、かわいい。いいぜぇ、挿れさせてやるよ」 にやにやと笑いながら、自分のズボンを下した不動はテーブルに腰を掛け足をM字に開く。 不動の全てが晒されて、鬼道はごくりと唾を飲んだ。 不動は見せつけるように自分の指を口に含みたっぷりと唾液を絡め、ゆっくりと蕾にそれを塗りたくる。 唾液に濡れた肛門がひくついているのが、鬼道にも見えた。 入り口を弄っていた指がゆっくりと中に押し込まれていく。 「っぁ、く……ぅ、ン」 人差し指と中指を中にねじ込んだ不動は、甘い吐息を漏らした。 中を拡げるように何度も出入りする指。 鬼道の視線はその様にくぎ付けになってしまう。 不動の白い指が、赤く熟れた肉穴をぐちゅぐちゅと淫靡な音を立て出入りする。 「ほら、鬼道クン。突っ立ってねぇで、来いよ」 二本の指を拡げひくつく内壁を見せつけながら不動は言う。 鬼道は勢いに任せ、不動に抱きついた。 そして、いきり立つ肉棒を不動の穴にねじ込もうと試みるがうまく挿入できず、不動を見る。 「がっつくなよ、ほら」 そう言って不動は、鬼道のペニスを自分の肛門にあてがってやった。 「不動、先生っ」 「ゆっくり、腰を押し進めて」 「はい」 言われるままゆっくりと腰を動かすと、ぐちゅと音を立てて亀頭が不動の肉穴に飲み込まれていく。 「んっ、ぁ……はぁ、っぅ」 中を押し開かれる感覚に、少しだけ苦しそうな声を上げる不動。 鬼道はそんな不動を気遣ってやりたかったが、熱く絡みつく内壁に思考を奪われ本能のままに勢いよく腰を押し進めてしまう。 ズン、と内臓を揺さぶられ不動は白い喉をそらす。 ずっぽりと根元まで鬼道の昂りを飲み込んだ肉穴は、、きゅうきゅうと嬉しそうに鬼道のそれに絡み付く。 暖かな直腸にペニスを締め付けられ、鬼道はたまらず腰を振る。 不動の細い腰を掴み、がつがつと中を抉るように揺さぶると、不動の口から甘い嬌声が漏れた。 「っぁ、ァ、っく……ァァアアッ、ひぅ」 「不動先生っ、不動先生っ」 鬼道は不動の名を呼びながら夢中で腰を振った。 何度か不動の中に熱い迸りを放ちぐったりと床に倒れ込むころには、窓の外は真っ暗になっていた。 電気もつけていない化学準備室は薄暗く、ただ静かだった。 不動は自らの肉穴に指をねじ込み、中に吐き出された白濁を掻きだす。 どろりと溢れるそれを指で受け止めた不動は、それを鬼道の口にねじ込んでやった。 青臭い味に眉を顰める鬼道。 しかし、疲労のあまり抵抗することはできなかった。 不動は何事もなかったかのように、濡れた内またをティッシュでぬぐい、そのままズボンを穿いてしまう。 そして、鬼道の制服の胸ポケットに指を忍ばせ携帯電話を奪い取る。 「鬼道クンの告白は嬉しかったけどさァ……」 そう言いながら、不動は鬼道の目の前で携帯を踏みつぶした。バチッ、と嫌な音がして火花が飛んだ。 「俺には源田がいるから」 困ったような笑みを浮かべ、不動はそう言った。 鬼道は鼻の奥がツンとなるのを感じた。 自分がしたバカげた脅迫はなんの意味もなさなかった。 ただ、不動が欲しかった。 ただ、それだけだった。 不動は鬼道のドレッドをくしゃくしゃと撫でてやる。 その手があまりにも優しくて、鬼道は瞳からあふれ出すものを止めることができなかった。 「不動先生、っく……ごめんなさいっ、俺っ、俺っ」 しゃくりあげながらも必死に言葉をつぐむ鬼道。 「不動先生のことが、っく……本当に好きでしたっ」 「ん、さんきゅ」 薄暗い化学準備室の中で、不動は鬼道が泣き止むまでその頭を優しく撫でてやった。 END |