それから一週間たっても不動が源田の家を出る様子はなかった。 「なぁー、源田ぁ。バナナ食いたい、バナナ」 「冷蔵庫に入ってなかったか?」 「ある分全部食っちまった」 「わかった、すぐ買ってこよう」 「ん、さすが源田、気が利くじゃねぇか」 源田はすぐに家を出て近所のマーケットに向かった。 源田のいなくなった部屋はやけに静かだ。 不動はテレビもつけずにクッションを抱きながら源田の帰りを待っていた。 ガチャリと、ドアが開く音がする。 不動はクッションを放り投げ、源田を迎えに玄関まで向かった。 「随分早いじゃねぇーか」 にやにやと笑みを浮かべ、視線を送った先にいたのは源田ではなく嫌というほど見慣れたドレッドヘアーの男だった。 「……っ!」 逃げるように後ずさる不動の手を乱暴に引き寄せる鬼道。 表情は硬く、口を一文字に結んだまま言葉を発しない。 「ちょ、痛いって、鬼道クン」 手を振り払おうとする不動を、鬼道は力任せに押し倒した。 「……っぐ」 フローリングの床に思いきり背中をぶつけた不動は小さく呻く。 しかし、そんな不動を気に掛けるでもなく、鬼道は馬乗りになった。 そして思いきり腕を振り上げ、不動の頬を力強く殴る。 ごっ、と鈍い音がした。 不動の唇の端が切れ、血がにじむ。 不動は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。 そして、不動の頭が現状を理解するより早く、再び振り上げられる鬼道の手。 それは、迷うことなく不動の顔に振り下ろされた。 手加減のない殴打に目の前が真っ暗になり、光が飛ぶような錯覚に陥る。 何度も何度も繰り返し殴りつけられ、遠のく意識。 霞む視界に映るのは泣きそうな顔をした鬼道の姿。 不動は重い腕を持ち上げ、鬼道の頬を優しく撫でてやった。 鬼道の動きが一瞬止まる。 しかし、すぐに不動の腕を掴み抱き寄せた。 そして、奪うようにキスをする。 ずたずたになった不動の口腔内を乱暴に貪る鬼道。 不動は痛みに眉を寄せるが、抵抗せずされるがままになっていた。 蹂躙するだけの口づけが終わると、鬼道は不動の体を力いっぱい抱きしめた。 背中に回る手ががたがたと震えている。 鬼道がどんな思いで自分を探し出したのか、どんな思いで自分を殴りつけたのか、その全てが震える手から伝わってくるようだった。 何も言わず、嗚咽まじりで泣く鬼道に普段の荘厳さなどかけらもない。 自分がいれば鬼道はダメになる。 まさに、その通りだ。 このままではいけない。別れなければならない。 鬼道の背に手を回し抱きしめ返したい想いを蹴って、不動は鬼道の肩を押した。 はっと顔を上げる鬼道。 切れ長の赤い瞳が力なく揺れた。 「鬼道クン、別れよう」 痛む口の端を釣り上げ、笑ってやる。 見開かれた赤に映る自分の姿がやけに歪んで見えた。 「な、ぜだ……どうして……?」 「鬼道クンに飽きたの。つーか、察しろよ。なんで俺がここにいるか、頭のイイ鬼道クンならすぐにわかるだろ?」 「……っ!」 「ほら、早くどけよ」 身じろぎ、鬼道から離れようと試みる不動。 「くく、ははは……」 鬼道はうつむいたまま薄気味の悪い笑い声をあげる。 「お前が源田と? 傑作だな。源田とはもう寝たのか」 蔑むような目で不動を見下し、鬼道は吐き捨てた。 「あぁ、寝たぜ。でも、鬼道クンには関係ないだろ」 鬼道から目をそらし不動は答える。 「関係あるかないかは俺が決めることだ」 そう言って鬼道は不動の両腕を一まとめにし、ネクタイで縛りつけた。 するりとシャツの裾から手を忍ばせ、不動の胸の突起を捻り潰す。 優しさなど微塵もない手つきに、不動は眉を顰める。 「……っ」 痛みでのけぞる首筋に噛みつく鬼道。 白い喉元に残る歯型に舌を這わせ、吸い付く鬼道を不動はどこか切なげな眼で見つめた。 シャツを捲り上げられ、外気に晒される素肌が粟立つ。 さんざん甚振られた両の乳首は真っ赤に腫れ上がり痛々しいくらいだ。 鬼道はそこに舌を這わせ、慰めるように舐る。 ちゅくちゅくと音を立て、見せつけるように先端を舌で転がす。 不動は疼くような感覚に、声を漏らさぬよう唇を強く噛んだ。 鬼道の手が徐に不動のズボンに滑り込む。 びくりと震えた不動は、なんとか逃れようと足をばたつかせるが無駄な抵抗だった。 鬼道の指が不動の雄に触れる。 半ば芯を持ち始めたそこを下からなぞると、不動の白い内またがひくひくと震えた。 先端の割れ目をぐりぐりと指で嬲ると、不動は小さく喘ぐ。 「きど、くん……やだっ」 泣きそうな表情で訴えられても、鬼道は手を止めることはなかった。 尿道に指をねじ込まんばかりの勢いで、そこばかり重点的に攻められ不動は身をよじる。 「鬼道クン、マジでやめて。源田が、帰ってくるから……!」 潤んだ瞳で見上げられ必死に哀願されたところで、鬼道の嗜虐性を煽るだけだった。 「源田に見せつけてやればいいだろう。普段、俺とお前がどんなことをしてるか」 くつくつと笑いながら、鬼道は不動の後孔をなぞった。 不動の先走りが伝ったそこから濡れた音がする。 いささか乱暴に指をねじ込むと、不動の体が痛みで弓なりになる。 「っぐ、ぁ……」 不動をいたわりもしないやり方で中を広げる鬼道。 それでも、ひくつく内壁はけなげにも鬼道の指に絡み付く。 「俺に汚されたお前を源田が愛せると思うか」 不動の耳元で囁きながら、熱くたぎる自身を不動の肉穴にあてがう。 ずっ、と腰を押し進められ、不動の体が強張った。 「俺は愛せるぞ。お前が誰に抱かれようがかまわない。お前は俺のものだ」 そう言って、鬼道は一気に不動を貫いた。 「ひっ、ぐ……ぁ、ァァァァアアッ」 ろくに慣らされてもいない中を、鬼道の熱い楔で抉られ不動は悲鳴を上げる。 しかし、鬼道は構わず抜き差しを始めた。 引き攣る中が切れ、不動の白い内またを赤い滴が伝う。 不動を気遣わぬ動きで、何度も何度も中を抉った。 熱い内壁がひくひくと痙攣し、鬼道を締め付ける。 「ぁ、っく……ぅぐ、んッ」 大きな瞳を見開き、はらはらと涙を溢しながら喘ぐ不動。 縛られた腕では鬼道に抱きつくことすら叶わず、ただ暴力的な律動を受け入れることしかできない。 荒々しい呼吸と淫らな水音がいやに大きく響く。 激しくなるピストン。 鬼道は小刻みに不動の中を突き、ぎりぎりまで引き抜く、そして一思いに最奥を抉り熱をぶちまけた。 「お前がいないと、だめなんだ」 ぐったりとする不動を強く抱きしめ、縋るように吐き出された言葉。 自分がいないとだめなのではなく、自分がいるからだめなのだ。不動は鬼道の言葉を訂正したかったが、口にすることはできなかった。 「鬼道クンのばか」 ただ一言、そう呟いて不動は目を閉じた。 バナナを買って帰ってきた源田は、玄関の前で立ち尽くしていた。 声をかけることもできず、止めることさえできなかった自分の弱さに吐き気がする。 鬼道の肩を掴み、殴りかかってでも止めれば不動は自分のものになっただろうか。 不動が家に転がり込んできた最初の夜、結局は鬼道を求めた不動が自分のものになるはずがない。心のどこかでそんな諦めがあったからこそ、源田は動くことができなかった。 「源田、不動は返してもらうぞ」 振り向きもしないで鬼道は言った。 源田は答えることができなかった。 返してもらうも何も、不動は最初からずっと鬼道のものだったのだから。 唇を噛みしめ、ただうつむくことしかできなかった。 ぼんやりとした視界に映る見慣れた部屋。 そこは源田の部屋ではなかった。 鬼道とともに暮らしていた、あのマンションと同じ間取り。見慣れた家具。 不動は、寝室のベッドの上にいた。 隣に鬼道はいない。 ベッドから降り、床に足をつけるとじゃらりと鈍い金属音がした。 目をやると、右足に頑丈な足枷がついていた。 足枷からのびる鎖はベッドヘッドにしっかりと繋がれており、ちょっとやそっとでは取れないようになっている。 鎖の長さは結構あるらしく、寝室を歩き回ることも、リビングに向かうことも可能そうだった。 不動は鎖を引きずりリビングに向かった。 リビングには何事もなかったようにコーヒーを飲む鬼道の姿。 「お前も飲むなら準備してやろうか」 「……ん、頼むわ」 不動は椅子をひき、鬼道の前に座る。 そこで不動はあることに気が付く。大きな窓からのぞく外の景色が、以前住んでいたマンションから見えるそれとまったく違うものだったのだ。 部屋の間取り、家具の位置、すべて以前と変わらないはずなのに窓から見えるそれだけがまったく違う。 あげく、電話やパソコンなど外と繋がれそうなものがすべてなくなっていた。 コーヒーを入れて戻ってきた鬼道は、赤い目を細め気持ち悪いくらい優しい笑みを浮かべていた。 「お前は何も心配しなくていい」 そう言って不動の前にカップを置く。 不動はえも言われぬ恐怖に背筋が冷たくなるのを感じた。 結局、鬼道と別れることができなかった不動は家を出る前と同じような毎日を送っていた。 外界を遮断され、鬼道の帰りを待つだけの毎日。 鬼道の幸せだとか、これからだとかそんなことなど考えずに、ただ愛しい人の帰りを待つ日々。 頑丈な鎖でがんじがらめにされながらもどこかで、幸せを感じている自分がいた。 狂っている。 そう思いながら不動は、鬼道の首に腕を回しキスをねだった。 END |