「ただいま」 自分では決して開けることのできない扉が開かれる。 向こう側に立っているのは、待ち焦がれた愛しい人の姿。 「ん、おかえり」 不動は鬼道の鞄を受け取り中へ促した。 じゃらり、耳障りな鈍い金属音。 二人は気にせずリビングへ向かった。 最初に別れ話を切り出したのは、高校を卒業する少し前のことだった。 自分と一緒にいればきっと鬼道はダメになる。 わかっているからこそ、大学進学を機に別れを決意した。 決して嫌いになったわけでも、愛想が尽きたわけでもない。 好きだからこそ、愛しているからこそ別れなければいけなかったのだ。 不動は男だし、鬼道だって男だ。 どれだけ愛し合ったところで何を産むことも叶わない。そして誰からも祝福されることはない。 そんな不毛な行く先しか見えぬ関係に終止符を打つのは自分だ。 鬼道は優しいから、たとえ不動が重荷になったとしても切り捨てることをしないだろう。 ならば、自分から鬼道の元を離れなければならない。 不動はそう思って鬼道に別れを告げたのだ。 しかし、その時は結局別れることができなかった。 鬼道に泣きつかれ、切り離すことができなかったのは不動の中にも甘えがあったからかもしれない。 そして、二度目に別れを決心し鬼道のもとから去ったのがついこの間のこと。 不動はそのときのことをぼんやりと思い出していた。 大学在学中に同棲を始めた二人は、卒業後も変わらず共に暮らしていた。そんなある日、鬼道のもとに見合い話が持ち込まれた。 鬼道にひけをとらぬ家柄の才色兼備な女性らしい。 しかし、鬼道ははなから断るつもりらしく「お前がいれば、他はいらない」など、歯の浮きそうなセリフを吐いて、不動の首筋にキスをした。 そして浮いた鎖骨に舌を這わせ、不動をソファーに押し倒す。 ぼんやりと天井を眺めながら、不動は二人で暮らした家を出ることを決意した。 次の日、鬼道が仕事に出てから不動は家を出る準備を始めた。 二人で暮らしているマンションだが、不動の持ち物はほとんどないに等しい。 家具も家電も全て鬼道のものだ。 不動の持ち物と言えば数着の服と携帯くらい。 鬼道とおそろいのストラップがついたシンプルな携帯を持って、不動は苦笑した。 鬼道のこれからを思って別れるだなんて、らしくない。 誰を犠牲にしてでも這い上がるつもりだった若い野心はどこかに消え去ったのか、はたまた甘ったるい連中に絆され牙をどこかに忘れてきたのか。 そんなことをぼんやりと考えながら不動は自分の携帯を水の張ったバスタブに沈めた。 これでもう、本当にさよならだ。 不動は扉を開け、部屋を出た。 さて、これからどうしたものか。 いざ家を出て歩き始めてから不動は考える。 大学卒業後、半ばニートまがいのフリーターをしていた不動の持ち金はわずか。遠くに逃げるほどの残高は到底あるはずもない。 どこに行くでもなくぶらぶらと歩いていると、聞き覚えのる声に呼び止められ不動は振り返った。 「不動じゃないか! 久しぶりだな」 そう言った源田はどこか嬉しそうな顔をしている。 「源田ぁ、ちょうどいいところに」 ニヤりと笑い、不動は源田の肩を抱いた。 「ふ、不動?」 すぐ横に不動の顔があって、源田は思わず赤面する。 「おまえ確か今一人暮らしだよな? 今日からおまえんちに泊まるから」 「なっ、え……」 「んだよ、ダメなのか?」 「いや、決してそんなわけでは……。しかし、不動は鬼道と暮らしていたんじゃないのか」 「……」 鬼道の名を出され、一瞬複雑な表情を浮かべる不動。 その表情を見た源田は深追いすることなく不動を家に招いた。 源田の家は鬼道と暮らしていたマンションより狭かった。 それでも、部屋の中はきっちりと整理されていて持ち主の性格が如実にあらわれてる。 「遠慮しないで使ってくれ」 源田はそう言ってへらりと笑った。 その日の晩、二人は酒を買い込んで飲み明かした。 アルコールに浮かされ不動の白い頬がほんのりと上気する。 不動はどこかうつろな目をして、隣に座る源田の肩にもたれかかった。 飲むほどに不動の口数は少なくなっていく。 どちらかというと源田自身も口数が多い方ではないので、おのずと部屋の中は静まりかえる。 二人の呼吸だけがいやに大きく聞こえた。 源田は何も言わず、不動の頭を抱き寄せる。 不動も抵抗せず、されるがままになっていた。 「俺さ、鬼道クンと別れる」 自分に言い聞かせるように、不動は呟いた。 「ホントはもっと前にこうするべきだったんだ。俺といても鬼道クンは幸せになれない。だから、これが正解だ」 「不動……」 「なぁ、源田。鬼道クンのこと、忘れさせてくれよ」 そう言って不動は源田を見上げる。 アルコールに浮かされ潤んだ双眸と上気した頬。 濡れた唇が誘うように開き、気が付くと源田のそれと重なっていた。 ちゅくちゅくと音を立て何度も角度を変えて啄む。 源田は不動の後頭部を抑え深く口づけた。 源田の熱い舌が不動の薄い唇を割って入りこむ。 それに応えようと不動の舌が絡み付き、淫らな水音が室内に響いた。 源田は随分前から不動に想いを寄せていた。 しかし、源田が不動に想いを告げるよりも先に鬼道と不動は付き合い始めてしまった。 鬼道は源田にとって大事な親友だ。 二人の仲を割ってまで自分の想いを告げる必要はない。そう決心し、胸の奥底に自分の想いを沈めたのはもう何年も前のことだ。 不動にとって源田はよい友達だったし、源田もそうありたいと願っていた。 それがどうだろう、昔の決心を揺るがす事態が目の前で起きている。 酒のせいにするには、あまりにも意識がはっきりとしていた。 自分の下に組み敷かれ、淫らに乱れる不動の姿。 生白い肌が上気してやけに艶めかしい。 熟れた肉穴に埋め込まれているのは紛れもない、源田の剛直。 不動の体に己を刻み付ける勢いで刺しぬいた。 ぎりぎりまで引き抜いて、奥を抉るように中を突くと不動の白い喉がひきつる。 「っく、ァ……んっ」 目を眇め、衝動に喘ぐ不動の姿に源田は昂りを抑えることが出来なかった。 まるで獣のように、夢中で腰を振った。 パンパンと肉のぶつかり合う音と、粘膜がこすれる淫靡な水音。 それさえも、源田を助長する要因と化す。 絶頂を求め、荒々しくなるピストン。 直腸を押し広げられ、前立腺を何度も抉られ、快楽におちた不動は恍惚とした表情で源田の背中を掻き抱く。 「ふ、どうっ……」 薄く開いた唇に噛り付き、酸素さえも奪う勢いで口づける。 「んっ……、ふ、ぅ」 不動の大きな瞳は揺れ動き、視線が彷徨う。 一際深く貫いて、源田は不動の中に熱を放った。 熱い迸りを余すことなく受け止めた不動も、びくびくと体を震わせ達した。 源田は力が抜けてくたりとした不動の体を強く抱きしめた。 「鬼道クン……」 虚ろな表情の不動が呟いた名前に、源田は絶望する。 そんな源田をよそに不動はどこか満足そうな笑みを口元に浮かべ微睡みに落ちた。 今になって後悔の念がどっと押し寄せてくる。 我に返り頭を掻き毟ったところで、時間が巻き戻ることはなかった。 源田は軽く後始末をして、不動を自分のベッドまで運んだ。 そして、自分はベッドを背に眠ることにした。 次の日の朝、源田が目を覚ますと、テーブルの上には美味しそうな朝食が準備されていた。 こんがりと焼けたトーストにハムエッグ。簡素なサラダ。 「……?」 首をかしげていると、キッチンから不動が戻ってきた。 「お、やっと起きたか。キッチン、勝手に借りたぜ」 不動は昨晩何事もなかったかのような口ぶりでそう言って椅子をひいた。 「あ、あぁ」 「食えよ」 「……不動が作ったのか?」 「ん、こんなの作ったうちにはいんねーけどな」 そう言って不動は口の端を釣り上げて笑う。 源田はハムエッグに箸を伸ばした。 「うまいぞ、不動!」 「はっ、たかがハムエッグにそんな喜ぶんじゃねぇよ」 昨日の夜にあった出来事がまるで嘘のように思えるほど穏やかな空気に、源田は心のどこかで安堵していた。 不動が家に転がり込んできた次の日、源田のもとに鬼道からのメールが届いた。 内容は不動が見当たらない、見つけたら連絡してほしいというものだった。 不動なら自分の家にいる。しかし、源田はそう返信することができなかった。 わかった。とただ一言だけ、打ち込んで返信した。 2へ⇒ |