そりゃあ貴女たちは若いもの
やりたいことやんなきゃ損よ




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「…バッカみたい」


アスカは本当に不愉快そうに、吐き捨てるみたいにそう言った。アスカのお弁当の卵焼きが、手がつけられぬまま残っている。もうお腹が一杯なのかもしれないし、口に合わなかったのかもしれない。ぼんやりと赤色の弁当箱を眺めながら、私はそんなことを考えた。既に弁当を食べ終えた私は、ぬるくなったオレンジを齧る。


「どいつもこいつも、いくら夢を見たら気が済むのかしら」
「ね」
「私はエヴァのパイロットよ。それ以上でも、それ以下でもない」
「うん」
「それなのに…っていうか、アンタ人の話きいてんのぉ?」
「もちろん」


それで?

続きを話すよう促す私に、アスカは半ば呆れたような顔をしていた。アスカは私のことをあまり良く思っていないのだと、他人からではなく本人の口から直接聞いたことがある。綾波さんに似ているところが、特に気に食わないようであった。

でも私自身、綾波さんとは全く違う人間だと思っているし、実際そう言われたのはアスカが初めてであった。だから私には何処がどう悪いのかも分からない。アスカの気分を害してしまうのなら直したいけれど、私にはどうすることもできない。それでも何故か、アスカは私と一緒にお弁当を食べてくれるし、愚痴も聞かせてくれる。


「アスカはやりたいことないの?」
「だーかーらー!」
「好きな人とか、いない?」
「…ハァ!?」


頬っぺたをリンゴみたいに真っ赤にしたアスカが、ぎろりと私を睨む。明るい茶髪がふるふると揺れていた。お弁当残したら、作った人は悲しむんだよ。そう彼女に伝えれば、頭の良いアスカは私の言わんとしていることが理解できたのか、違うわよ!とこれまた全力で否定されてしまった。握りしめたプラスチックの箸が折れてしまいそうである。それにしても、そんなに照れなくたっていいのに。年頃の女の子が恋の話に敏感なのは、当たり前のことなんだから。


「お腹一杯なだけよ!」
「じゃあ、いらないんなら食べちゃう」
「…!それはダメ!」


私が卵焼きを摘まもうとすると、明らかに慌てた様子のアスカが先に口に放ってしまった。少しだけ勝ち誇ったような表情には見て見ぬふりをする。私だってシンジくんの手料理、食べてみたかったのにな。あの口煩いアスカからまあまあと評されるくらいなのだから、さぞ美味しいに違いないのに。口寂しくなった私は、仕方なくオレンジを食べた。酸っぱくて、でもほんのり甘い果汁が口一杯に広がる。


「アスカ」
「何よ」
「私のオレンジ食べて」


卵焼きを飲み込んだ唇にオレンジの欠片を差し出すと、訝しむように眉が歪んだ。


「なに?」
「なんでも」
「要らないわよ」
「いいから食べて」


互いに引かぬ、全く意味のない押し問答。でも私があまりにもしつこく押し付けるものだから、アスカは観念したように小さく口を開いた。白い歯が唇の隙間から控えめに覗いている。オレンジの欠片を指でそっと口内に乗せれば、アスカは渋々といった様子で口を閉じた。


「どう?」
「酸味が強すぎて不味い」
「それがいいんだよ」


エヴァのパイロットだっておんなじだよ。私がそう呟けば、アスカは訳が分からないと言った。


「なかなかパンチの効いた人生だと思うけれど、善し悪しは自分で決めれるの。現に私はそのオレンジ、酸っぱくてわりと好きだもの」


違う?

私は澄んだ瞳を真っ直ぐに見つめる。アスカはいつも全てを諦めたように、悔しそうに悪態をつく。でもそれは表面上でしかないことを知っているから、こうして私が否定する。またアスカ自身もそれを望んでいて、私の言葉を打ち消さない。

自分の未来ですら否定してしまうのは、とても悲しいことだと思う。アスカの過去や現在の苦しみなんて、私には到底理解が及ばない。無知な他人だからこそ言えるのかもしれないけれど、それでもアスカにはいつも笑っていて欲しい。この気持ちが一体どの程度届くかは分からないが、私は確かにアスカという人を愛している。


「…そういうところが似てんのよ」
「私には分からないよ」
「だからアンタは嫌いなの」
「またそんなこと言って」


本当は綾波さんと仲良くしたいくせに。喉元に引っ掛かったその言葉を、私は敢えて口にしない。遠くの方でチャイムの音が聞こえる。

いそいそとお弁当を包み直す、頭が良くて素直じゃない女の子は、きっと誰よりも強くて誰よりも儚く脆い。私には隣に立つ資格なんてないけれど、こうして彼女が前を向くきっかけになれるなら。私はこれからも、アスカの背中を幾らでも押してみせるよ。


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