〜♪
怖くてたまらない夜は、ふたり手を重ねましょう。幸せに溺れてしまうくらいの愛を、私があなたに与えます。


「聴いてるこっちが恥ずかしい」


頬杖をついた笠松くんが、窓の外に目を向けて呟く。照れたように頬を染め、ちらちらと視線をさ迷わせる表情が、夕日の差し込む窓ガラスにはっきりと映っていた。その様子がなんだか可愛く見えて、私は思わずふふ、と小さく笑う。甘い恋の歌にも免疫がないのかな。笠松くんが笑うな、なんて言っているのだけれど、照れ屋さんな笠松くんが悪いのだ。ごめんごめん、なんて謝りながら、私は手元のミュージックプレーヤーに触れ、笠松くんの好きなバンドを選んでタップした。


「これでいい?」
「おう」


そう言って笠松くんは、再び紙上にペンを走らせた。リズミカルな音色に満たされた空間はとても心地が好い。放課後の教室は日中と打って変わり、静寂が私たちを支配する。いつもは耳を掠めもしない些細な音が、とても感慨深い音色に変わる。

例えをあげるならば、ひとつは時計が針を刻む音。授業中なら低速に感じられる愉快とは言い難いそれすらも、今では何かを急かすように私を不安な気持ちにさせてしまう。この針の音ひとつですら、いつか懐かしいと思う日がくるのかもしれない。そう考えると、今この瞬間がとてもかけがえのない時間であると思えてくるのだ。

シャープペンシルが紙を引っかく音、グラウンドから聞こえる運動部の掛け声、流れ続ける笠松くんの好きな歌。こうも感傷的な気持ちに浸りたがる私の心は、どうすれば大人しくなるのだろうか。


「よし、終わった」


用を終わらせたらしい笠松くんが、ぐいっと伸びをして立ち上がる。スポーツバッグに筆箱や教科書を詰めながら、待たせてすまなかったな、と謝罪した。眩しいくらいの橙が笠松くんの横顔を縁取り、私はとても美しいと思った。


「、笠松くん」


燃えるような夕日に照らされた笠松くんを見て、胸の奥が苦しくなる。瞳が熱くなって、涙も出ないのに無性に泣きたくなった。私の足が勝手に動いて笠松くんの隣に立ち、制服のブレザーの裾を掴む。笠松くんは、動かない。


「笠松くん、キスして」


意を決し、そう言い放った。笠松くんの顔を見上げると、物の見事に耳まで真っ赤に染まっている。何か言いたげな表情でいて、それでも言葉は出てこない。私の顔も徐々に熱くなっていくのが分かった。突然何を、と動揺を隠せず言い淀む笠松くん。でも、でもね。言い出しっぺの私の方が、ずっとずっと恥ずかしいんだよ。


「お願い」


掴んだ裾を強く握りしめる。笠松くんの制服に皺ができてしまうとか、そんなことは考えられなかった。ミュージックプレーヤーの奏でる音楽ですらも、耳に入らない。心臓の音だけが、ただひたすらに鳴り響く。高鳴る胸の内を抑え、微かに指先が震えていることを悟られないように、じっと笠松くんを見つめた。


「…目、閉じてろ」


私の両目を覆うように、笠松くんの手のひらが被せられた。笠松くんの顔が見えなくなる。…キス、してくれるんだ。光を奪われた私は、素直に瞼を下げる。そっと肩を引き寄せられて、その手つきに急激に体温が上がった。心臓が壊れてしまいそうだ。瞼の上から外された右手の指で軽く頬を撫でられたかと思うと、唇に柔らかい感覚。私の鼻と笠松くんの鼻とが掠めて、笠松くんの綺麗な顔がすぐ傍にある。胸が激しく鼓動を打ちながらも、心が温かい気持ちになった。優しい口づけに応えるように少しだけ自分のそれを押し付ければ、僅かに笠松くんの肩が跳ねた。でもすぐに私の身体を抱き寄せて、角度を変えるようにして唇を合わせる。いつもより長いキスに息が続かなくなって、私が思わず笠松くんのブレザーの裾を引っ張ると、名残惜しそうに唇が離れていった。


「は、恥ずかしかった…」
「こっちは顔から火が出そうだっつの」


笠松くんの胸元に額をくっつけながらそう漏らすと、優しく頭を撫でてくれる。笠松くんも同じ気持ちだったんだよね。それが嬉しくて、でもちょっぴり恥ずかしくて。私はぐりぐりと、笠松くんのたくましい胸板に顔を寄せた。痛ぇよ、なんて言いながらも、私を離そうと肩に置かれた手にはまるで力が入っていない。


「笠松くん」
「ん?」
「すき」
「…俺もだ」


やわく微笑んだ笠松くんと私の頬にはまだ赤みが差していたけれど、緩やかに流れる時間は本当に幸せで。これからもこうしてたくさんの愛を共有できたらなら、きっと私は一生幸せに生きていけるのだろう。それが笠松くんも一緒なら、これ以上の願いなんて私に有りはしないのである。


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テーマ「人外ファンタジー」
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