(※イザ→シズ前提のイザ←デリ)


かわいいこ






ビニールの梱包をバリバリと破く。破くという行為は自分を堪らなく興奮させる。梱包を剥がしていくのも最高に楽しい。消費社会において、ラッピングは死活問題だ。だけど、それが陳列棚から自宅に連れてこられた時点で、商品は平穏を得る。その中身をさらけ出しても愛される。それが持続するかどうかは別問題なのだけど。
まあとにかく、自分はラッピングを剥がして、一枚一枚剥いていく作業を心行くまで楽しんだ。そして、手の中に残った箱をそっと撫でた。知らず知らず笑みがこぼれる。

"Psychedelic dreams"

ショッキングピンクを基調とした箱には、不思議な言葉が書いてある。その言葉が意味を成していようといまいと自分には関係ない。自分が興味を持ったのはそこに描かれたイメージだったのだから。

金色の髪、獣のような眼差し、細い体躯。それはどうしても自分に『ある人物』を彷彿とさせた。自分の特別であり、唯一であり、絶対である人物。自分はわかっている。口ではなんと言おうと、自分は『彼』を愛しているのだと。何につけても彼を思い出す自分に、コレはあまりにも簡単に『彼』と結び付けられた。秋葉原の薄汚い裏通りに身を隠していたコレを、どうして暴かずにいられただろう。情報を手に入れて飛びついた。 "サイケデリック静雄" と名付けられたボーカロイドは、本当に、確かに存在したのだ。

ある程度眺め回してから、箱をあけて、中のCDを取り出す。パッケージがこれだからといって、中身が本当にそれであるとは限らないのではないかという疑念がふと過ぎったからだ。それでなくても、早くコレで遊びたいのだけど。

【あ、もしかしてこれって "サイケデリック静雄" ?ねえねえイザヤくん!これデリックでしょ?ねえ津軽!デリックが来るよ!】

【デリックって誰だかわかんねえ。サイケ、教えて】

【わかんないならそれでもいいんじゃない?どっちにしろサイケはデリックとは絶対に会わないから、津軽も会っちゃダメだよ!】

【なんでだめだかわかんねえ】

【だってデリックおれのこと大好きなんだもん!津軽いやでしょ?やだよね?ねえねえ!】

【…それは、サイケが好きになるようなことを でりっく にしたってことなんじゃないのか?】

【違うよ!だからデリックは面白いんだよね。デリックは、誰か見るとすぐ好きになっちゃうんだよ!わけわかんないでしょ?なんかそういう設定なんだって】

【………】

【だからだめなの。イザヤくんも気をつけてね!デリック惚れやすいうえにしつこいから!】


パソコンにCDを入れると、住民たちが騒ぎ出す。同じ様に普通とは言えない筋から入手したボーカロイドたちで、しかも少し手を加えただけでまるで生物のように自律して動き回るようになった。おそらく、製作者が意図してそのように作ったのだろう。少しでも長く愛されるように、もしくは少しでも深く愛せるように。
ただ、この住人達は自分の愛など微塵も必要としていないのだけど。


【…ああ、でもデリックとイザヤくんはちょっとあってるかもしれないね。多分デリックはイザヤくんのこと大好きになってくれるよ】


それは裏を反せば、自分達はあなたを全く愛していません、ということになるのだけど、やはり、そんなことは気にならなかった。薄暗い陳列棚の埃を被ったけばけばしい装丁を見たときから、こっちは全くそのつもりだったから。

進歩状況が90%を越えた。サイケと津軽はフォルダの中に逃げていった。期待感がはち切れそうになる。


画面の表示が切り替わった。一面ショッキングピンクに塗り潰される。と、思えば、画面上部から白い、液体をイメージさせる動き。とろとろと溢れ出して、下部へと垂れていく。一見不規則に見えたその動きは、画面に規則的なストライプを描いて、そこで一瞬アニメーションが止まった。パソコンからガリガリと音が鳴る。このくらいのソフトでどうなるようなパソコンではないのだが、どうしたのだろうか。こんなたった少しの停止さえももどかしく思っていると小さなウインドウが出てきた。所有者の名前の記入を求めている。サイケや津軽のときと同じ画面だった。どうやら正しく起動出来たらしい。いくつか情報を入力してメインメニューに切り替わると端のほうで小さく "サイケデリック静雄" が挨拶してきた。
この時点ではまだコレは自律してない。全く淡泊な(拾ってくれてありがとう、とか薄ら寒い)挨拶だった。一旦アプリケーションを終了して、これに"人格"を作ってやる。自由に動けるように、人のように好きなことを好きと思えるように。

設定が終わると、彼にすぐに話しかける。少しテストの意味合いもあるが、待ちきれなかったことのほうが要因だとおもう。


「やあ、気分はどう?うちのパソコンは快適かな?」

【ああ。すげーなココ。俺が住んでたとこの中で一番快適だ。まあ俺はもっと狭いトコのほうが好きっちゃ好きなんだけど】

「うーん…どう返したらいいかわかんないなー。今のは下ネタとして受け取ればいいの?」

【何言ってんだマスター。思春期でアタマ止まってんのか?】

「結構手厳しいんだね。サイケからデリックは俺に優しくしてくれるよ、って聞いてたのにな」

【サイケ…Psychedelic Izayaか?】

「そうだよ。会いたい?呼ぼうか?」

【あいたくない…。聞いたんだろ?マスターこそ酷い奴じゃないか】

「まあそれは認めるよ。で、どう?もうおれのこと好きになった?」

【マスターは、俺に好かれたいのか?】

「うーん。どうかなあ…。微妙かな…」

【好かれたくない奴は人格データなんて作んねえよ】

「それはどうかな?俺はサイケに好かれてなんかいないし、好かれたいとも思わないよ。現にもう一体そのパソコンの中にはボーカロイドがいるんだけど、そいつとくっついちゃったしね。そういう設定にしたんだよ」

【…なんで……?】

「なんでだとおもう?知りたい?泣きそうだね。教えてあげないよ。自分で考えてもらうよ。それが出来なきゃお前はお払い箱ね。でもヒントはちゃんとあげるよ。ほら、これを見て」


情報をスクラップしてあるフォルダから、『あるファイル』を開いて、彼にドロップする。何年にも渡って偏執的に集められた膨大な情報の入ったファイルだ。
これで、彼は彼に求められた役割を悟るだろう。同様に、サイケと津軽の現在の状態と、その役割も。





「津軽は俺の言うこと聞きたくなくって自分自身をアンインストールしてみせた。…人格データって修復するの大変だから君にやられたらどうしようかってヒヤヒヤしちゃったよ。君と津軽は似てるから、本当に焦ったよ。本当だって…。サイケは君と同じようにコマンドモードを展開したけど、俺が入力するのを先回りして各コマンドの存在自体を消滅させた。これってソフトの中身消してるのと一緒だからね…これも修復するの本当大変だからさ、思い出して焦ったよ。君は津軽と似てるだけじゃなくって、サイケの仲間なんだもんねえ。

だけど君は、これだけなの?」


話し掛けてもサイケデリック静雄からの返答はない。『please input command』の文字だけがパソコンの画面に白く浮かび上がっては消え、点滅している。 "コマンドを入力してください" これは、彼の設定を直接弄るモードだ。これを使えば、さっきのように、自律した行動や言動を話すようにしたり、逆にそういった要素を全くなくして、ただの作曲ソフトとして使うことも出来る。
だけれど臨也には彼がこの画面を出した意味をわかっていた。この箱の中で、彼は可哀相なほど怯えているだろう。彼が自分の言葉を聞いていないなんてありえない。この画面の向こう側で、『彼』の形をした彼は、


「ハハッ、滑稽だよ!サイケデリック静雄!!ねえ俺のこと特別に名前で呼んでいいよ!嬉しいだろう?臨也って、『その声』で俺のことを呼んでよ!俺も呼んであげるからさ!ねえ、だんまりやめたらどう?」


興奮を押さえ付けもせず要求されたコマンドをたたき付ける。オー、ビー、イー、ワイ。これこそが彼の要求、欲求。


「ねえ、『シズちゃん』!俺のこと、受け入れたくて仕方ないんでしょう?俺はね、そんな君がかわいくてかわいくて仕方がないよ!『シズちゃん』!『シズちゃん』!ねえ、俺の命令に服従するよね?」


コマンド入力を求めるだけのモノクロの淡泊な画面から、ショッキングピンクをベースにした彼のアプリケーション画面へと切り替わる。そこにははっきりと "Accept,Izaya" の文字が表示されていた。









もっとねちっこく書く気だったけど、後半の一番書きたいところを先に書いたら熱意が失せた。


19.Nov.2010:トヨミ

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