隣の男の顔に朝日が射している。暗い部屋の中に差し込む光は、この男がよく眠っていることを教えてくれる。自分は眠れなかった。それは、体の痛みということもあるけれど、瞼を閉じると先程までの記憶と、その時に押し寄せた感情がわっと自分を襲って眠ることなどできなかったのだ。
 臨也は何度目かの吐精のあとに疲れきってしまったようで眠った。もしかしたら仕事が忙しくて眠れていなかったのかもしれない。まだ続くだろうと人心地ついた瞬間に臨也は眠りに落ちていた。自分はその髪を撫でるくらいしか出来なかった。うとうとと眠たい気はするけれど眠れない苛立ちも込めつつ、そろそろ行こう、と思った。

 自分はまだ、プレゼントを貰っていない。臨也の家にきたのは、プレゼントをやるためじゃない。プレゼントを奪うためだ。

 昨日臨也に言われてやっとそういうふうにもとれるのだと気がついたのだが「自分がプレゼント」というのはおこがましいだろう。こちらとしてはプレゼントはちゃんと別に用意してあるから気がつかなかった。昨日のはそういうつもりではなかった。ただ、確かめたかっただけだ。それと、この状態への布石。
 温かな布団を出て、服を身につける。まだ眠っている臨也にキスしてみたいと思ったが、起きられたら面倒なので我慢した。


 リビング、書斎、キッチン、風呂場、そのほかの空き部屋をぐるりとみてまわって、一つの引き出しに目星をつける。パソコンデスクのセットになっているチェストの一番上。鍵がかけられて、しかもすぐに物が取り出せる身近な場所。恐らくここだろう。それは勘と確心とが半々の推量だった。ほかの鍵のついていない引き出しはすべて探したし、金庫などの大仰なものにはいれておかないのではないだろうか、というなんとなくに引きずられた推察だった。
 引き出しを開けようとするのだけど、やはり鍵がかかっていて、普通には開かない。チェストを左手で固定して強く引っ張ると鍵は壊れて引き出しは開かれた。


 白い箱は、そこにあった。赤いリボンはかけられていなくて、ただの箱としてそこにあった。これだ。これが欲しかった。ずっとずっと焦がれていた。あの時に見てから、臨也からこの掌にのせられるのを夢見た。彼がずっと見せなかった、隠し続けていた自分への気持ちだと思った。
 箱を開くと、指輪が一つ入っている。いや、よく見ると入っているのは一組の指輪だった。装飾が違いに絡み合って、二つ重ねると一つの指輪に見える。なるほど、考えることが似ている。自分の用意した物と発想は同じだ。ただ値段と装飾の違いはある。これはすぐに装飾とわかるけれど、自分のはあまりそういったものではない。あと、どうみても臨也の用意した指輪は高そうだ。いったいこんなものに幾らかけたんだか。

(そうか、ペアリングか…)

 本当はただ奪って帰ってしまおうと思っていたのだが、彼の分もおいてあるならそうもいかない。自分は盗人ではないのだ。自分のものを持って行くのは自分の勝手だが、自分の物でないものをもっていくことはできない。二つのものを引きはがして持って行くというのも気が引ける。だけれど自分は欲しかった。当たり前の幸せが、それを保証してくれる物が欲しかった。

 これは罰なのかもしれない。口には出さないくせになんでも欲しがって、与えられるのをまっている。誉めそやされたい、甘やかされたい、それが自分のいちばんに求めるものだ。臨也はそれをわかっているのかいないのか自分に尽くそうとする。自分の欲しがるものを与えてつなぎ止めようと必死だ。自分が求める限り際限無く与えてくれるのだろう。甘い男だ。そしてなんだかんだと狡い男だ。自分が彼に与える隙をくれない。それに、彼の気持ちを擦り減らしてまで与えられたいだなんてことは思っていないのに。

 好きだなんて言いたくなかっただろう。触れてほしいとねだる姿を見せたくなかったろう。寝室に連れていきたくなかっただろう。だって、お前はずっと俺の気持ちなど知っていなかったから、自分を騙すようなお前自身とお前に騙すように唆した自分が憎くてしかたなかっただろう?

 それを言ってほしかったのだといったらどうする?俺はずっとそういわれたかった。期待を持たせるようなことを言うなと詰って欲しかった。無理に膝をついて俺をつなぎ止めようとするんじゃなくて、嫌だと言ってほしかった。自分が一番欲しているのは、甘やかされることだけれど、それが与えられなくても離れていったりしないと確信していてほしかった。
 だけど、自分はそれを言ったことなど一度もない。言わずに与えられることに慣れてしまっている。どうしてくれるんだ。俺をこんなにしてしまって。俺はもうお前に作り替えられてしまった。

 だから、仕方ないのだ。こうやって、罰を突き付けられても、お前は俺を見捨てたりしないだろう?


 指輪を箱から引き抜く。なんてことはなく指輪は掌に収まった。


***


「いざや」

 朝起きたときに一番に聞く声が君であればいいと何度思っただろうか。幸せだった。消えない幸せを握りしめる幸福が一体どれほどのものか君は知っているだろうか。
 もしかしたら君にはわからないかもしれないね。君に与えられる幸福は夢や幻ではありえないものだ。君に夢や幻を疑う必要などない。自分がそうやって君を作ったのだと自負している。君には真実しか見ることのできない目をとりつけたし、君の肺は夢や幻を吸い込んでは生きてゆけない。煙草よりも不誠実なものは煙たがって近づけない。

「おれ、もう行くな。」

 行かないでよ。どんな用事だってふいにしてみせてよ。一緒に朝ごはんを食べてうとうととまどろんでいようよ。君の手はどこ?しっかりと握っているからね。

「いざや…プレゼント、取りに来いな。」

 落とされたくちづけはやわい心をくすぐって、握られた手のほんの少しの隙間から抜け出てしまった。かわりに冷たくて硬い感触がある。

 はっとして飛び起きると、どこかでパタンとドアの閉じる音がした。彼は行ってしまったのだ。

 それにしても恥ずかしいものを見せてしまった。もう遅いかもしれないけれど、考えていたことが口にでていなければいいけど。いくら本当のことでも彼がいなければ生きていけないような人間だとしられてしまうのはいやだった。顔が熱い。ああ、もう恥ずかしい。
 顔を手で覆って冷やそうと思ったのだが見覚えのないものばかりでどうしたのかと思った。一つは指輪。一つは鍵だった。

 指輪のほうには見覚えがあるどころかありすぎた。6年前から一緒に暮らしてきた仲だったから見間違えるはずがない。ただ、此処にあったことがないから何かと思った。
 鍵は、赤いリボンが通されていること以外は何の変哲もない普通の鍵だった。だけれど、その部屋を思えば、魔法の鍵にも思えてしまう。

 一体君はどれだけのものを自分に与えれば気が済むのだろう。そして、自分からどれだけの嘘や虚勢を奪えば釣り合うと思っているのだ。君はきっと自分にどれだけのものを与えているかも、自分をどれだけ身軽に解放しているのかも知ることはないだろう。
 虚勢を剥がされることが、すべて剥き出しの裸でいることがどれだけ危険だったとしても、君がそうして剥がしていってくれることは気持ちがいい。やっとそうして認めることが出来る。それはきっと、君が自分のことを受け入れてくれるだろうと信じられるからだ。自分が裸になって覆いかぶさるのは君だけでいい。獣を優しく撫でるその手に甘えたいのは君だけだ。そして、そうできるのもまた君だけだ。

 掌をぎゅうと握る。彼にはきっと敵わない。きっとずっと敵わない。自分の恥ずかしい秘密をすべて握って自分を宥めてしまうのだろう。だけれど、彼が彼のすべてを見せてくれるかはわからない。それでもいいのだ。彼のことはわからないけれど、一つだけ確かならばすべてわかったようなものだろう。


 プレゼントを貰いにいこう。きっと自分が一番ほしいものをくれるはずだ。一つだけ、ほんとうのことを、そっと教えてくれるはずだ。それが知れればそれでいい。その幸せの秘訣を、暗くなりがちな君に教えてあげよう。

 新しい日がはじまって、新しい日々がはじまる。君に夜明けを告げにいこう。



折原さんお誕生日おめでとうございます。
ちょっと内容ぐちゃぐちゃなんでコソコソ手直ししたりするかもしれませんがとりあえずお祝いです。遅れて御免ね。

2.june.2011
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