「…曖昧だなあ。狡いよ。」
「俺だって色々考えたんだよ。本当にお前が、その、アレかどうかとか、自分も勘違いしてるんじゃないかとか。それで、もし、セックス出来ないんだったら違うんじゃないかって思うようになって、それで、確かめにきたようなとこもあんだよ…」
「それは、まだ、わかりそうにない?」
「いや…わかった。だから、お前次第だ。お前が俺のこととおまえのことを信じられるかどうか、ってことだ。」

 あの瞳が自分をじっと見ていた。そこに映るのは相変わらず自分の姿だ。彼を求めて止まない獣。その獣は自分自身に問い掛ける。虚勢や嘘など、最初から見抜かれていたのだろう。一体何時から、彼は自分をこんなにも好きでいたのだろう。

「信じられない…こんなに、幸せなことが夢や幻じゃないなんて。」

 彼の首に腕を回してキスをした。深く遠慮のないキスだった。触れ合うだけでは足りない。探り合うまでもない。溶け合うつもりもない。ただ溺れるようなキスをした。彼の肉厚な舌を吸い寄せて食む、自分の頤をその舌が擦って舐めあげる、歯がぶつかり合って痛覚で熱を下げようとしても溢れる唾液も漏れる呼吸も例外なく熱かった。
 キスに夢中になっている隙をついて彼をベッドへ縫い止める。手を繋ぎながら、片手は彼の胸を探る。心臓の拍動を感じる胸骨から離れて、乳首を弄る。麦と果実を混ぜたような曖昧な肉色を目で追いながら触れる感触を楽しんでいた。柔らかだった粘膜は次第にかたく立ち上がって、先を爪で引っ掻かれると震える。しかし震えるのはそこだけではなくて、下も次第にゆるゆるとたちあがりつつあった。

「んっ…あ、臨也、」
「なに?」
「あー…、その、今日最後までするか?」
「しないよ。だってなんにも準備してないし、シズちゃんも痛い思いするだけでしょ。」

 だから安心していいよ、というつもりで言ったのだが、どうも彼は不満げだった。不満げなのに、実に言いづらそうに、その理由を言い渋っている。

「なに?最後までしたいの?」
「あ…、ああ。そうだ。したい。」
「そう…。うーん…。うん、じゃあわかった。最後までしよう。」
「それで、だけど、」
「うん」
「準備、してきたから、使っていい…。」
「うん、準備…?え?」

 自分も男同士のセックスなんて未経験だったから、どうしたらいいかわからなくて調べたことがある。必要なものだとか、手順だとか、そういうことに関してだった。
 アナルは元々の用途として、精器を含んでいられるほどの拡がりを必要としない。だから、時間をかけて慣らさなくてはいけない。それも、後ろが性感帯として機能してくるまでは異物感や不快感に堪えなくてはいけない。なるべく負担の少ない形で行うならゆっくりとすこしづつ後ろに快楽を刷り込んでいきながら、中にくわえさせるものを徐々に大きくして拡張していくのがいい。
 今何時間かかけたとしても彼が感じるようになることはないだろうから、自分が受け身になって色々と堪えようかと思っていたのだが、どろどろになった下着を脱ぎはじめた彼に思わず期待してしまう。

「どっかに、ごみ箱ないか?」
「ごみ箱?…ああ、そこにあるよ。」

 彼のサングラスの乗ったサイドチェストの下を指す。それに従ってごみ箱を見つけた彼が裸の下肢に手を伸ばしかけたところで、その手が止まる。

「あっちむいてろ…!」
「いいじゃない。見せてよ。」
「嫌だ。何なら抜いてあげようか?どっちがいい?俺のプレゼントのシズちゃんに選ばせてあげる。」

 今自分の顔はひどいものだろう。いやらしい顔をしているに違いない。しかも彼がここに来た理由まで持ち出す辺り、明日の日の目を見ることすら危ういかもしれない。
 だけれど彼はそれに丸め込まれてしまって(かなり悔しそうな顔をしていたが)ベッドヘッドに手をつくと彼の中に入りこんでいるものを出しはじめた。

「う…っ、んん…!あ…」

 ゴムに包んで入れているようで、ゴムをひっぱりながら少しずつ外へ出している。だけど、少し気を抜くと折角出した部分が中に入ってしまい、擦れて声が上がる。ずっと見ていたくもあるし、早く中に入りたい気持ちもある。矛盾する望みは視線に換えて彼を急かすことにする。

「あんまみんな…!」
「恥ずかしいの?」
「当たり前だろ!」
「これから俺のいれるのに?恥ずかしい?」
「…っ!」

 その瞬間に彼の体が強張ったのがわかった。膝立ちしていた足が力無く落ちて、ベッドヘッドにしがみつく。力の入らない足は開きながらずるずると下がっていく。段々と足にシーツが触れるのがいいのか、それともおちてゆく感覚がいいのかはわからないが、彼の息もより早くなってゆく。
 ぺたりと座り込んでしまう前に腰を掴んで四つん這いにさせる。入っていたのは細いアナル用のスティックだった。とるのは難くないだろう。

「とるよ。力抜いて。」
「う…、あああ…ああ…うぅ…!」

 柔らかい素材のスティックは彼が一人で抜こうとしていた姿からは考えられないほどすんなりと抜けた。ただ、スティックが細めだったため、ゴムが中に残ってしまっている。

「ゴメン、ゴム残っちゃった。抜くね。」
「……。」

 彼は言葉を返さない。真っ赤になった顔が言葉を話すのは無理だと言っている。中まで入り込んだゴムを抜くと、ガクンと腕が落ちた。

「そんなにきもちいいの?」

 四つん這いの姿勢をとるのが辛いらしい彼は、自分の体を抱きながらベッドに転がった。真っ赤な顔と、今にも零れそうな涙が非常に欲をそそる。
 こちらを見る彼の口は、はくはくと一生懸命動いているが涙声になってしまっているのと、息がちで聞き取りづらい。口元に耳を寄せた。

「もう、はやく…!」
「思ってたより積極的だよね、シズちゃん。でもまだ心配だな。これ細いし。」

 手をふさいで邪魔なゴムをごみ箱に投げて、彼の臀部をさする。ふざけた口調だが、本心からの言葉で、こんなに細いスティックで慣らしただけで平気なものか自分にはわからない。

「ちょっと待ってね。」

 サイドチェストからローションを出すと、手の平にあける。少し前のものだが恐らく使えるだろう。指に纏わり付かせながら液体を温める。

「そのまま力抜いてて。指いれるからね。」

 入口に触れた途端きゅうきゅうと指をくわえこむ。そのまま押し込むと、先ほど入っていたスティックよりも指のほうが細いため、すんなりと入った。慣らすように抜き差しすると声があがりはじめる。

「凄い柔らかい…。思ってたより痛くなさそうなんだけど、シズちゃんいつから慣らしてたの?」
「…っ、にがつ…!くらいから…」
「そんなに前から?」
「出来、なかったら…もう、やめるってきめてた…!」
「そっか…」

 抜き差しの運動から、指を一本足して中をこねるように動かしてやる。中は柔らかだったが、締め付けは激しくなる。

「やめ…!それ、嫌だ…ぁ」
「嘘だよ。すっごい良さそう。きもちいい?よくないならやめるけど、どうする?」
「あ…!して…!もっといれろよ…!」
「じゃあ増やそうね…」

 指を三本に増やして中へ入れる。無理矢理開かれる感じがたまらないのか、中の締め付けもかなりきつい。それに、段々と締め付けるリズムが早く規則的になってきている。そろそろ達してしまうのではないだろうか。

「シズちゃん、イきそう?」
「いざや、もう、いくから、もう、指、や、やぁ…!いざや、しろよ…」

 一旦少しいいところを掠めたのか切れ切れになりながら自分を求められて断れるはずもないし、思ったよりも彼の中も解れている。

「ちょっとまって。ゴムつけさせてよ…」
「ゴムなんかいらねえ…!つけんなよ」

 そうはいっても、と思っていたのだが、彼に腕を捕まれてしまった。普通ならばやんわりと宥めて引きはがせばいいのだが、これが平和島静雄の場合は話が別だ。腕を潰されるか、ゴムをつけないか、二つに一つしか選べない。

「…なんでやなの?」
「うるせぇ…腕ェ潰されたくなかったら、はやく…っ!」
 捕まれていないほうの手で彼の片足をとると、彼の文句が出来上がらないうちに中へ入った。彼の中は指で触れたように柔らかく、突然の出来事に怯えて不規則に収縮している。気を抜けばすぐにでも吐き出してしまいそうだ。すこしきつめなのが最高にいい。
 だけれど努めて一息ついて彼にもう一度聞く。

「ねえ、なんでゴム付けないほうがいいの?お腹壊しちゃうんじゃない?俺はそこまで紳士じゃないから、生で入れさせてもらったらそのまま中で出したいんだけど?」
「出して…いい。」
「出されたいの?」

 そういうと彼はこく、と頷いた。この恐ろしげな男がまるで情の深い女のようなことをいうのには参った。自分はそこまでどころか一欠けらだって紳士ではないのだ。紳士どころか獣だ。彼に種付けて、自分のものだと知らせたいと思っている、いやらしい獣だ。そんな獣にその身を差し出すようなことをよくも言ったものだ。

「いいよ。いっぱい出すね。」

 耳元に唇を寄せて囁く。開いた足が押されて痛みに呻いている隙に動きはじめる。油断していた彼に声を止める術はなかった。

「やああ…っ!あっ、あっ、あっ…!んんっ…んんッ!」「口噛まないで。もっと綺麗に鳴いて…ね、ほら、きもちいい?」
「いい…!きもちい、いざやっ!きもちい…!」

 温かくぬめる粘膜は、それでも他人の肌で、こんなふうに動いていると摩擦を強く感じる。けれど、気持ち良さと痛さとが曖昧で、腰を打ち付けることをとめられない。
 大きなストロークで穿つのすら辛くて細かな律動を続けていると根本がきつく締め付けられる。それを振り切るかのように動きつづければ、強い締め付けが不規則に始まりはじめた。

「いざや…!いざや…!」

 限界に近い彼の腰も動き始めた。自分のいれるリズムに合わせて揺れてしまうらしい。中は一層柔らかくそしてきつく誘う。浅い動かしかたでは満足できなくなってきて、早く深く彼を揺さぶる。涙の溢れる瞳はどこを見ているのかわからない。だけれど、声はずっと自分を呼び続ける。細かな母音しか発声できなくなっても、そのすべてが自分を呼びたいのだとわかる。
 もっと、もっと彼がほしい。この奥深くまで犯し尽くして自分のものだと知って知らせたい。君は俺のものだ。それを知らせてほしい、知ってもほしい。

「い…ざやぁ……っぁ!ゃぁ…。あぁ…」

 そうだ、俺は君に溺れている。俺は君のしもべだ。俺は君のものだ。君のにおいにだらしなく発情する。それを知らせてほしい、知っていてもほしい。

「シズちゃん…ぁっ!シズちゃん!出すよ…!出すから全部受けとって!」
「いざや…!っぁ!出せよ…!」








(化け物だとか、人間だとかどうでもいい。こんな感情が肯定できなければ俺はいつでも獣になりさがってやる。こんなにきもちが悪くて、痛くて、悲しくて、うれしくて、痺れるようで、きもちのいいこと、きっと自分はこのために生きている。そしてこれからまたあたらしい生き方が始まるだろう)


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