神様は俺を指差して笑った11



自分の手に重ねられた折原の手は震えていた。当たり前だ。骨が折れるのは痛い。しかも折ってすぐは尚更痛い。子供の頃に何度も何度も骨折を繰り返してきた自分ならば解る。痛くて痛くて、呻く、泣く、強すぎる刺激が体の統制を失わせる、動かない体が恐怖を煽る、だから体が震える。こんなにも知っているのに、どうして折原の手をとってしまったのだろうか。

「臨也…!そうだ、医者、行かないと…!」
「そんなこと、いい」

震えた手が自分の手を握って引っ張る。ドアから外へ出ると、そこは既に何もなかった。先程まで地面で呻いていた男たちも、その血痕ももう既に洗い流されていた。だけれど、それもゆっくりと見ているいとまはなかった。あたり一面が水で洗い流されているのを確認できただけで、ほとんど走っているかのような速さで歩く折原に手を引かれて駅へと歩く。自分は、そんな手でさえも振り払えるにも係わらず、それでも振り払うことができない。そのせいで、折原を傷つけたのに。
本当は、折原の手をすぐにでも振り払って、無理矢理にでも病院か新羅のところへ連れて行って、そうしたらすぐにこの街から消えるべきだ。もう二度と会わない。
この力に気づいた日に思って、もう少しだけと、引き伸ばしていただけのことだった。もっと早くにそうしているべきだった。そうしたらこんなことにはならなかったのに。

だけれど、折原の手を振りほどけなかった。振りほどきたくなかったのだ。最後の最後で、自分は折原を愛せなかった。愛しきることができなかった。少しでも人間らしくだなんて、馬鹿げた話だった。結局、駄目だった。自分では、やはりできなかったのだ。折原に連れられるままに、タクシーに押し込められて、それでも何できなかったし、何も言えなかった。何か口を開けば、それで終わることが解っていて口を噤んだのだ。終わらせなくてはいけないことが解っていたのに。それが折原にとって、最良の選択であるのに。


タクシーの中でも折原の手は震えていた。震えて、それでも自分を放すまいと自分の手を握っていた。どうして、と聞くこともできなかった。折原は、
何がしたいのかわからない。自分が好きだと言った。けれど、それが本当だなんて思えなかった。受け入れることもできなければ、信じることもできない。いや、信じることができなかったから、受け入れようとしていたのだろう。だけれど、それだって出来る筈もなかったのだ。本当は傷つくのが怖かった。怖くて、信じることを放棄したそんな自分が、逃げ込んだのが受け入れる、という美しい言葉だった。何も見ようとしていなかった。折原があんなに言っていたことが今更思い返される。
折原はどんな気持ちでそれを言ったのだろう。

握られた手が、引き寄せられる。解ってると思うけど、うちに行くよと言われた。運転手にもそういっていたのは自分にも、ぼんやりとだが、聞こえていた。あのマンションは折原のテリトリーだ。あそこに引き込まれたら今度こそこの手を振りほどけない気がする。折原が自分から見えないように隠している手を見る。内出血で赤く、指先までいっぱいに血液が詰まっている。ここで首を振らなければ、自分はずっと、折原を傷つけ続ける。

「いいよ。黙ってて。おとなしくしてて、お願いだから」

握られた手からふっと力が抜けたかと思うと、折原が肩にもたれた。それを振り払えるような信念すら、自分は持っていなかったのだと思い知った。

*

部屋へつくと、一目散に寝室へ連れて行かれた。ベッドに投げ出されて、背中の下で水がたぷんと揺れて自分を受け入れる。折原はベッドの傍で仰向けになった自分を見ている。繋がれていた手はもう離れた。折原と自分は完全に別々の人間だった。離れたいと思えば、離れていられる。近づきたいと思いあわなければ近づくことは決してない。
折原が、潰れた手を庇いつつも自分に覆いかぶさる。あのうるさい瞳が、騒ぎ立てる。

「シズちゃんらしくない。抵抗しないの?本当にするよ」

額をあわせて、鼻先の触れ合う位置で、折原が囁く。その度に湿った息が唇を濡らす。触れられたかった。セックスがしたいというのならさせてやりたかった。だけれど、自分は、折原に触れていいような人間じゃない。人間じゃない。

「俺は、人間じゃねえ」
「いいよ。俺も化け物だもの」

唇に降りてきたのは湿った息ではなくて濡れた言葉だった。さえずりは性急に唇を突き破って、おとがいを擽る。自分もそれを求めて舌を絡める。擦れあう舌のもたらす快感に酔いそうだった。初めてのキスではなかった。だけれど、初めて感じる他人から与えられた快楽だった。すべての考えたくないことを、無視することの出来そうな快楽に縋りたかった。だけれど、折原はすぐに唇を離してしまう。

「ねえ、逃げないで。俺を見てて」

唇を離して、そのまま上体を起こして自分の腹に馬乗りになった折原は、まだ自由の利くほうの手で器用に自分の服を脱がしていく。最初に蝶ネクタイのホックが外されて、首もとのボタン、次のボタン、また次のボタンと外されていく音が、荒い息の音とともに暗くなりかけた部屋の中に響く。そんな音はしていないのかもしれない。だけれど、ボタンを外し終わってズボンからシャツを引き抜く音は確かにした。しゅ、しゅとシャツが引き出されて、乱される。そのままベルトに手をかけられて、今度は金具のこすれる音がなる。それも引き抜かれる。ズボンのボタンを外されて、チャックがジジ、といびつな音をたてる。腹の上に乗った折原の腰が熱く硬くなっているのが服越しに伝わってくる。自分も、くつろげられたズボンの布地を押し上げるように昂ぶっていることがわかるだろう。一見、流れ作業のようだったが、その実そうでないことは自分と折原がよくよくわかっている。大体の衣服を乱してついた一息はお互いに熱かった。腕を引かれて、自分も体を起こす。折原が自分の上に乗っているのは変わらないから、丁度同じ高さで目線がかちあった。

「俺、手使えないからさ、脱がせてくれない?」

折原はそう言って笑うとコートの襟に自分の手を持ってくる。折原は、少しずつ、少しずつ、自分が逃げる隙を狭めている。いつでも突き飛ばして逃げられる、今だってその手を振りほどけば逃げられる、さっきだってきっと逃げ出してもよかったのだ。少しずつ、逃げないことを確かめられている。折原の腕からコートを抜き取る。裾から捲り上げて服を脱がす。ズボンに手をかけて、そこで躊躇っているとそれは折原が自分で開けた。かかったままの自分の手はその中へ導かれて、折原の昂ぶりに触れた。体温で温まったズボンの中で、布地を押し上げるその形がはっきりと熱を帯びている。自分はそれを撫でた。形を辿るように、慈しむように、そっと触れた。どこもかしこも触れたくてたまらなかった。そちらにばかり注視していた視線を上げると、あのうるさい瞳はまぶたに塞がれて、じっとそれに耐えていた。一度許されてしまうと、もっと、もっとと触れるのを止められない。撫でさすり、指先ではじいて、体も折原のほうへ倒れこんでぴったりと密着する。その間も手は止めない。それでもまだ足りない。触れ合った皮膚よりももっと触れたい。あたたかくじわじわと体温が自分を侵すのに焦らされているような気持ちになって、堪らないと感じた。はあ、とついた息が折原の襟足を湿らせる。

「あ…!ん、臨也」
「俺にも触らせてよ」

びくりと震えた体に驚くと、自分のくつろげられた下肢に指が絡められた。最初下着の上からなでるだけだった動きはすぐに中へと入って自分に直に触れた。裏筋を撫でて、その先を指で引っかく。それだけで使い慣れないペニスが雫をこぼすのには十分だった。蜜のこぼれるように滴る先走りを塗りこめながら折原の手は自分に快感を刷り込んでいく。指が自分を絞り込むような動きや、扱くような動きは自分だって知らないわけではないが、それにしたって折原は巧みだった。

「あ、いい、いい、いざや!っや…!」

快感に翻弄されて、手が止まる。むしろ、わけがわからなくなる前に手を引いたほうがいいのかもしれなかった。無残に動かなくなった、赤く腫れ上がった手が視界の端に映る。やはり、自分には過ぎた欲望なのだ。触れたいと思うことは、許されないだろう。折原の服の中からそっと手を抜いて、折原の肩を押す。だけれど、折原は離れようともしなかったし、自分をこすり上げる手をより速めた。思わず耐えていた唇が開いて声が漏れる。それを聞いた折原が、くちくちと音のなる鈴口をつつく。そこからあふれる先走りは透明なものではなく、既に白い色をしていることを自分は知らない。自然と揺れる腰や、肩を掴んでいた腕がいつの間にか縋るように抱きついていたことに折原が何を思っているのかも知らなかった。

「んっ、んっ、あ…、ああ、っひ!い、あ、ざや…!」
「きもちいい?もっと声出していいよ」
「い、ざや、いざや…!あ、いや、だ…!さき、やめ…!」
「もういきそう?気持ちよさそうだよ。ほら、ね、俺のも触ってよ」

ぶんぶんと首を振る。まるで甘えているようにも思えるような態度だったが、それは出来ないと思った。今だって、うっかりするとこのまま折原を抱きつぶしてしまいそうなのに、そんなこと出来ない。するとそれが不服だったらしく、弱いところを攻める指ががより意地の悪い動きをする。何度も何度も擦られて、とうとう我慢しきれずに精を吐いた。

「まあ、いいけどね。正直見てるだけでも十分勃つからさ、本当、たまんない」

何度かに分けて吐き出されるそれを全部手のひらで受け止めて、折原はまた自分のペニスを扱き始める。達したばかりのはずなのに、それはまた簡単に立ち上がった。先程出した精液がねとりと絡み付いて、亀頭の皮膚の薄い部分では滑らかにすべると腰の奥が熱くなるのを感じる。軽く肩を押されて、その意図を受けて横になるとズボンと下着をとられた。下半身が丸出しになる格好に羞恥を覚えていると、折原がベッドサイドのチェストを漁って何かを取り出す。口の端にくわえて中身を取り出すとそれを指に巻きつけ始めた。何かと思ってみていたが、あれはコンドームだ。指につけられてるということは、自分を解すつもりなのだろう。

「何するかわかんない?こわい?」
「や、わからなくはない。ただ、それ使うのか」
「うん、ジェルついてるから、大丈夫だよ、痛くはないと思う」

片足を肩に掲げて、折原がまじまじと自分を覗き込んでいる。ひた、とジェルで濡れたビニールの感触に触れられた部分がきゅっと閉じる。閉じたときに指を少し巻き込んで閉じてしまって、これから、本当に折原が入ってくるのだと実感した。

「いれるよ。力抜いてて。ちゃんと気持ちよくするから」

指は、ゆっくりと自分を侵す。入り口あたりを意地悪くくすぐって、その冷たさと異物感に立ち上がっていた自身が少し萎えはじめた。少しずつ進められて、指が入り込める限界まで入ると、これもゆっくりと抜き差しを繰り返し始めた。指がなにか動くたびに自分のなかは折原の指を締め付けて、その形を感じ取った。少し曲げられたり、指の動き方を変えられると違和感がだんだんと快楽へ変わっているのがわかった。自身の変化に折原も気づいたらしく、指が増やされる。

「ね、なかでうねらせてみようか。今だったら多分気持ちいいよ」
「ん…!あ!それやめろ…!や、や、やだ、それ…!」

なかでばらばらに動く二本の指が自分の柔らかな腸壁をビニール越しに擦り上げるのに、もう既に違和感を感じなくなっていた。折原が自分に触れて、折原がなかに入っていると思い始めてから自分の受け取る快楽の量は急に受容しきれないほどになっていた。なかで蛇のように動く指は、だけれど、直接的な快楽とは違ってどこか物足りない。自身を弄ってくれたらいいのに、と思うが、片手の使えない折原にそれを言うことは出来なかった。慣れてくると、はじめは多すぎるとすら思っていた二本の指でも物足りなく感じてくる。自分のなかが空気を含んで、偶に音を鳴らすのを恥ずかしく、それでも二本指のままなかを解す折原が恨めしい。そのとき、指先が少し奥まったところまで入り込んだ。

「あ?!…臨也!」
「ここ?探してたんだよ、シズちゃんのいいとこ。だからそんなに物欲しげな顔してても無視してたんだよ。じゃあ、もう一本増やすよ」
「や…!いやだ、臨也!」

一番長い中指でびりびりとした快感を与える点を抑えて、三本目の指が入れられる。先程まで単純な動きだったはずの抜き差しがたまにその点を掠めることと、三本に増えた太さが責めたてることで、恐ろしいまでの快感を呼び起こした。とにかく奥に触れられるのがいい。背筋を駆ける刺激が止め処もなく駆け上がる。先程まで落ち着いていた熱が、体の中に渦巻くように放出を待っている。腰の奥と、腹と、胸があつい。あつくて苦しい。折原が抜くたびに引きつっていくなかが苦しくて、入れるたびに満たされるように熱くなっていく。だけれどそれが止まることはなく、自分を苛み続ける。自分ではどうしようもならない体がひどく心地いい。折原が与える快楽に翻弄されている。自分の体が、思うままにならないもどかしさと、それを与える折原への恐怖、だけれど折原にそうされたいと思う矛盾が自分の体に息巻いている。折原の名前を何度も何度も呼んだ。そうして名前を呼び返されるたびに、体が熱くなる。

「いざや、あ、もっ、と、いざや、」
「シズちゃん、もう、俺も我慢できない!入れるよ」
「いれ、あ、いれ、て…」

入れるといわれても何の事だかわからなかった。ただ、指が引き抜かれて物足りなさを感じた奥が絞られるように閉じているのを感じた。ずっと達せられずに、それでも快楽は与えられるがままにいた自分は、それにさえも焦らされているかのようにひどく感じ入った。そのときに太腿に濡れた指が触れた。やっと臨也が、入れる、といったものがなにかわかった。ローションに濡れた臨也のペニスはピンク色がいやらしくてらてらと光っている。二三回扱いて、その度に濡れた音が耳に届いた。あれを、中に入れると思うと、先程まで広げられていた自分のアナルが更に締まっていくのがわかるほど興奮した。入り口あたりにゆらゆらとこすり付けられるとローションが滑って更に興奮した。臨也の、ペニスだ。これに自分の体を分け入らせる。
臨也が腰を進めると、それがだんだんと入ってくる。入り口を押し広げられて、浅い抜き差しが繰り返される。奥が誘うように狭まる。浅くそうされるのも確かにいいのだが、奥が疼いて堪らなかった。体が期待して勝手に腰が動くと、臨也が笑った。

「もっとゆっくりしようと思ってたんだけど、シズちゃんだって我慢できないし、いいよね?」
「はやく、動けよ」
「うん、痛かったら言って」

そう言って、臨也が勢いをつけて奥へ入ってくる。肉と肉のぶつかる音がぱんと鳴った。欲しいところまで満たされたと思うと、すぐに腰を引かれてしまう。また勢いをつけて入ってくる。出て行くときも、また入ってくるときも臨也のペニスは自分のなかを擦って満たし、掻き回した。

「も、はやく…!もっと!あ、いざや、あああ!あああ!あ!いざや!」
「煽ん、ないで!あ、もう、クソ、シズちゃんのなか、さいこ…!」

ぐちゃぐちゃという柔らかい肉の音と、パンと鳴る硬い肉の音がうるさくて、臨也の声が聞こえない。もっと近くによってほしい。腕を伸ばして臨也の首に絡みつく。臨也は一瞬腰の動きも止めたものの、すぐに抱き返して、抱きしめたまま動きを再開させた。限界が近かった。昂ぶりすぎて、考えるのが億劫だった。

「臨也、いざや、あ…!俺、イく!もう、あ、ああ、いく!」
「俺ももう我慢できない!中で出すよ、シズちゃんの中で出すから!」
「出せよ、あ、は…!あ!ああああ!うう…!」
「ん…、シズちゃん、シズちゃん、好きだよ、すき、すき…!」
「おれ、は…!あ、すき…!あ!いざや!いざや、だめ、い、」

あまりによすぎるから、いや、と言おうとした声は臨也の舌に舐めとられてしまった。そのまま舌を吸われて、奥を突き上げられると、自分はやっともどかしい疼きから解放されて達する事が出来た。その声も臨也の唇の中に消えていって、臨也もほぼ同時に果てた。自分のような体力のある人間でも、疲れるものは疲れた。荒い息を繰り返しついて、折原が自分の上に倒れこむ。水が自分の体を揺らす。酔いそうだ。

「臨也、も、どけ…」

返事はなかった。苦しげな熱い吐息が胸を叩く。折原の体は重たかった。揺すっても起きない。気を失っているらしかった。

「臨也!おきろ!臨也!」
「……」

返事はなかった。時折ひくりと瞼が動くだけで、後は荒い息が吐かれるだけだった。急いで臨也に服を着せて、自分も服を着なおして、あわてて新羅のもとへ向かった。










すみません。ここまでです
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