神様は俺を指差して笑った10


彼のしゃくりあげる声に、あやすように背中を叩くけれど、その実酷く動揺していた。彼が自分の前で涙を見せたことも、こんなにも自分を拒否しないことも、自分のキスを受け入れられたことも。
彼が自分を受け入れるだなんて、そんなことがあるだなんて。自分の思ってきたこと、自分のしてきたことは、もう既に自分の予想の範囲を越えてしまったのだろうか。彼にずっと強く思っていてほしかったけれど、自分の願いは彼には届かなかったのだろうか。
愛しいだけでは駄目だろう。駄目な筈だろう。きっと彼は自分を忘れてしまう。幸せな記憶はきっと彼の中で溶けて実感出来なくなってしまう。だけれど憎いだけでも駄目なのは知っている。憎い記憶は全て忘れられてしまう。どちらでもなく、どちらでもある存在でいなければ駄目だ。
そんなことをずっと考えていたけれど、それももう叶わないのかもしれない。

すうすうと寝息をたてた彼を抱き寄せる。温かな寝息が服越しに胸を叩く。彼は、今ここにいるのだ。自分も今ここにいる。自分の描いていた未来なんて今ここにはない。彼が愛しさと憎さの混じった自分の記憶に苛まれる未来はここにはない。きっとこの願いは叶わないだろう。それが叶うためには今そうでなくてはならないのだから。
今までそんなことを考えてみたことなどなかった。自分にとって現在はいつでも未来の為にあった。しかし未来など、そんなもの一体何処にあったのだろうか。今しか自分は居ないし、今しか彼は居ないのに。自分はそれが怖くて堪らない。未来なんてないということがなんて恐ろしいことか、自分は沢山の人間達に囁いてきたというのに、自分だけは違うと思っていたなんて馬鹿らしいことだけど、未来なんてないのだ。

彼は一体自分のことをどう思っているのだろう。愛しい、憎い、そういうことではなくて、自分が彼を愛していると知っているのだろうか。彼が愛しく思っているのは、本当の自分の姿ではないのではないか。
本当のことを言ってしまおうか。自分はやっと彼に愛されたいと思ったのだ。彼を憎む自分の姿などではなくて、彼を愛すからこそこんなことをした自分の姿を愛してほしい。今ここで彼の寝息にときめく自分が彼の愛す自分になりたい。それと同時に、自分だってやっと彼のことを愛し始めたのだ。今まで愛していたのは、自分が勝手に想像していた未来の彼だ。そんなものどこにいるのだろう。
彼に受け入れられてやっとわかった。自分は本当に彼に愛されたい。目を、そむけないでほしい。未来なんていうものを捨ててほしい。

明日目が覚めたらきっと彼に言おう。おはようよりも先に彼に伝えよう。そうして、あの柔らかな唇にもう一度キスしよう。愛してる、怖がらないで、傍にいさせて。

*

目が覚めると折原がこちらを覗き込んでいた。こいつの視線はうるさいと思う。物言わなくても見られていると知れるのは自分だけなのだろうか?しかも今日はやけにうるさい。しかも瞬きなんてするから、その度にぱたぱたと睫毛のはばたくような音がする。
不機嫌なのも、ようやく治ったのだろうか。すこぶる調子の良さそうな顔で、酷く腹立たしい。何でそんな顔をするのだろう。

「シズちゃん、おきた?」
「ん、今…」
「今7時半。でも起きたなら寝ないで。大事な話があるんだ」
「なんだよ…」
「うん。あー…、うん。…起きてよ。ちゃんと起きて!」
のそ、と体を起こすと、顔が捻られて折原の正面と向かわされる。折原は自分の頬に手を寄せたまま俯いている。視線が外れてもうるさいものはうるさい。これから先に何を言おうとしているか、折原の態度から漏れ出ている。調子の良さそうな顔。喜びを隠しきれないような顔。数日前の『あの』笑顔と雰囲気が似ている。

それだっていいと思う。もう、それだっていい。

「シズちゃん、よく聞いて。信じられないかもしれないけど、信じてくれなくても仕方ないし、そこまで要求出来るような立場じゃないから信じてくれともいわない。いや、それは嘘。出来れば信じてほしい、な」
「早く言えよ」
「急かさないでよ。言えるんだったらシズちゃんが起きた時に言ってるってば…言えないから困ってるんだろ」
「答えなんか決まってるんだから早く言えよ」
「…それはそうだね。そんなことはわかってるよ。だけどシズちゃんはきっとわかってないと思うね!」
「わかってる」
「じゃあ俺が今から何言おうとしてるかわかるわけ?なんでこんなに俺が緊張してるかわかるの?」
「…お前、俺が好きなんだろ。それを言おうとしてたんだろ」
なんの恨みがあってそんなことをして、自分を傷つけて面白いのかはわからないが、もう、その言葉を聞けるだけでいい。嘘でもなんでもいい。昨日、折原に抱きしめられて、くちづけられて、自分は嬉しくてたまらなかった。そのあとに裏切られることを考えて悲しくて涙がでたけれど、だけどそれで気がついた。裏切られるだなんて、それで傷つくなんて、それは自分が悪いのだ。騙されるのが悪い、とかそういう意味じゃなくて、裏切られないことを望んだり、もっと優しくされたいと思ったりするのがいけない。自分は、折原が隣にいることとか、悪意でもっても自分と接してくれることに感謝こそすれ、裏切られる、なんて言葉で非難するなんて出来るような人間じゃない。だって、俺は人間じゃない。化け物なんだから。そして、俺が、それでも人間らしく折原のことを愛そうと思うのなら、そのすべてを受け入れることが最も素晴らしい手段なはずだ。
そう思って折原を見るのだが、折原は悲しげに眉根を寄せるだけでちっとも嬉しそうではない。むしろ、その表情は不機嫌そのものだ。

「臨也、お前いつから知ってた?俺は、お前のことが好きだった。もうずっと前から好きだった。それを知っててそうやって言うんだろ。お前が、フラれるの覚悟で告白なんてするような奴じゃないことくらいさすがにわかる。お前、案外小心者だもんな。なあ、いつからだ」
「…シズちゃん、もっと俺の話を聞いて。シズちゃんが俺のことを好きなのは確かに知ってたよ。もうずっと前からね。だって、そう思うようにいろいろしてきたのは俺だもの。でもね、俺は、シズちゃんがそう思ってるだけじゃ満足出来なくなったよ。シズちゃんが、それで満足してるのが許せない。俺を愛してよ。俺に愛して、って言って。お願い。俺にシズちゃんを愛させて」

ベッドの中であぐらをかいて座っている自分の膝の上に折原が乗る。額と額をくっつけて、「信じれられないでしょ?だから、今はとりあえず信じなくてもいいよ。疑ってていい。沢山疑っていいから」とあのうるさい瞳を光らせながら言う。そんなことを言わなくても、自分は折原の言うことをすべて受け入れると決めているのに。

「疑わない。信じるから。俺、お前のこと好きだから、信じる」

折原の瞼が臥せられてキスがおちてくる。昨日よりもずっと深い。舌を絡められて、濡れた音が響いた。幸せだった。これだけで十分に幸せだ。これならば終末を思ってキリキリと痛む胸も、いつか忘れられるだろう。

だって、俺は、折原を愛しているんだから。

「…シズちゃん。ねえ、俺、本当にシズちゃんのこと好きなんだ。愛してる。怖がらないでね。そばにいるよ。もし、この力が無くなっても放さない」
「わかってる。臨也のこと信じてるから、もういい。それ以上言わなくていい」

終末。もしもこの力がなくなったら、折原の側を離れなければ。それが折原が本当のことを言う前でも、言わない前でも、自分は決して折原とは一緒にいられない。一緒にいれば自分は必ず折原を傷つける。自分はどうなろうと構わないが、折原が死ぬなんてことがあったらどうすればいい。それでなくとも傷つくところなど見たくない。だから、この力が無くなって、折原を自分に張り付けることが出来なくなれば、自分は折原の前から消える。だけれど、あんまり言われると、その決心が鈍ってしまいそうになるから、言わないでほしかった。

「ね、シズちゃん、約束して。この力が無くなっても、離れていかないって約束してよ」
「約束する、から、」

まだまだ近くにあるその唇をやわらかく塞ぐ。これには驚いたようで、折原はそれ以上なにも言わなかった。

「メシにしよう。もう、準備しないと遅刻する」
「あ、うん。ああ、もう8時か!そうだね…」

八時を指す時計をみると、折原は立ち上がってベッドから出ようとする。だけれど、その時に手が外れて、折原を引っ張る。胸元に戻ってきた折原は、それでも嬉しそうだった。もう本当に、これが嘘でも、自分は十分に幸せだ。これ以上なんて望むべくもない。

*


「昨日はお楽しんだか?」
「ええ。ただ仕事が全く手につかなくて普通に遊んじゃいましたよ。」
「トムさん…!やめてください!」
「なんでだよー。昨日の休み社長に交渉したの俺だぞ。ちょっとくらいいいだろ。あ、そうだ。明日明後日もシフト通り休みな。昨日のは有休だから。折原君も今度こそ仕事したらいいんじゃねえかな。ホントは三連休にしたかったんだけどさ、ごめんな」

そう言った先輩は本当に申し訳なさそうに謝ってくる。全然構わない、明日も出ると言っても、頑なに首を振らない。そのまま半ば強引に事務所から連れだされて、その日の仕事が始まった。

前を歩く先輩のうしろについていく。今日は七件まわればいいらしい。もっとも、そのうち回収出来そうなのは四件ほどで後の三件は住所は池袋にあるものの、本人の所在は不明で、ほとんど不在を確認するのが仕事のようなものだ。
それと、債務者の個人情報とを頭に入れつつ一件目に向かう。歩いていると、折原がぎゅう、と手に力を込めた。

「明日、休みなの?明後日も?」
「そう言ってただろ。それがどうした」
「いや、別に。なんでもないよ」

ただやることをやろうかな、と思っただけだよ、と囁く折原に、何とも言えない気持ちになる。ただ、いいのか?とだけ聞いた。

「うん。シズちゃんとしたい。朝も、結構我慢したんだよ?シズちゃんこそいいの?」
「いい」

それ以上言葉を返すことは出来なかった。恥ずかしいのもそうだし、こんなことを話すようになるだなんて信じられなかった。顔が熱い。真っ赤だよ、とからかわれるのまで何度も夢に見た光景だ。
ただ、先輩が前で固まっているのだけが現実味を帯びていた。

*

今日の取り立てもあと三件、債務者が家に住んでいるかどうかだけの確認だけで終わる。前四件も、しっかり回収出来たし、明日は休みだ。今日はきっと人生で一番いい日かもしれない。もしも消えるなら、いまがいい。繋いだ掌の温かさが離れないうちにすっと溶けて消えてしまいたい。
「静雄、折原君」
「はい」
「お疲れ。あんまり頑張りすぎないようにな…」
「あと三件ですよね。俺も行きます!」
「いや、帰っていいぞ。折原君、連れてっていいぞ」
「じゃあ、ありがたくそうさせてもらいます。行こう、シズちゃん」
「でも、トムさん…」
「仕事はなくならないけど、休みは刻々と減ってくんだから、休めるうちに休んどけって。休むのも仕事のうちだぞ。折原君はよくわかるだろ?ところで情報屋っていつ休むんだ?」
「基本は不定休ですよ。依頼がくるのが不定期なんで。まあ経過観察みたいな仕事もあるんですけど、それは大抵長期的に見ることが多いので、逐次報告って感じですかね。趣味がベースの仕事なので年中無休も嘘じゃないですよ。ってことで帰ろう。休みは貴重!しかも俺の取得は関係しないしね!」
「俺の取得はどうなるんだよ…!」
「雀の涙でしょ?まあお金は生活できる分だけあればいいっていうのには俺も同意だよ。だからいいじゃん。ね?」「おう、帰れ帰れ。大体お前月給歩合制じゃないだろ?」
「……はい。ありがとうございます」

そう言って駅のほうへ歩きはじめる。当たりは夕日で赤く染まって、住宅街は西日を受けてコンクリートの隅が眩しく輝いていた。もうすぐ今日が終わる。折原の手が自分の手を握りしめる。冷たい手。強い力。自分のような人外の力ではなくて、真っ当に努力して手に入れた力なのだろう。
俺はそれが羨ましい。自分がいくら求めても与えられないものだ。人間としての生き方も、折原も、そのどちらも。しかし嘆いたって仕方がない。それが自分なのだから。
自分はそうして生きていくしかないのだから。

握られた手をそっと握り返す。化け物のような力ではなくて、あくまで人間らしい力で。それが偽りでも、そう偽ることを折原に望まれるなら、そう返す。折原の期待する、化け物が人間を真似る滑稽な姿で。だって、自分は折原を信じているのだから。

「シズちゃん」
「帰るんだろ。でも、一回、家に寄りたい。服ないし」
「うん。帰ろっか…」

駅方面にある自分のアパートまで、折原と手を繋いで歩く。人とすれ違う度に刺さる視線にすべて言い訳したい気分になった。違うんです。折原は違うんです。だけれど折原の歩みは速い。そんな言い訳なんてさせない。もしかしたらその速さではなくて、あの瞳がわめき立てるから言い訳なんて出来ないのかもしれない。期待に輝く赤い瞳。落ちる太陽よりも赤く喚く。自分を信じている、愛している、愛してと叫ぶ。誰にも聞こえない。自分に向けて喉が裂けるほどに繰り返す。痛そうだ。そんなに必死にならなくても自分はわかっているのに、それを信じてはくれない。わかってるのに。自分は折原がこんなに好きなのに。


アパートの前までくると、そこには数人柄の悪そうな男達が集まっていた。

「折原臨也!お前平和島静雄と組んだってマジなんだな!」
「ていうかデキてるっていうのもマジか?手なんて繋いで中学生か!」
「ひいいいい!きめえ!!」
「とにかく、お前がそんなんじゃ困るんだよ!平和島とデキてるのも、手組まれるのも、情報屋辞められるのもよ!自分の立場解れって話だろ?」

男達が懐からだしたのは折原のものと似たようなナイフだった。一瞬拳銃でも取り出すかと思ったがさすがにこんな住宅街では、しかも繁華街の近くで人通りの多い地域でそこまでするまでは馬鹿ではないらしい。どうしようかと折原を見ると、折原はなんでもないことのようにべらべらと喋りはじめた。

「あなたたちは、誰?少なくとも俺が受けた依頼者の中には絶対にいないような人達でどんな因縁買ったかと思って本当にびっくりするね。それなのに懐から出すのなんてナイフとか。がっかりだよ。もっと派手にしたらいいじゃん。あんたら顔も地味なんだしさ。その安っぽいスーツも拍車をかけてるよね。大方どっかの頭脳派ぶってるやつに言われてきたんだろ?『折原と平和島が手を組んだら折原を使えなくなる』って。ああ、寧ろ『池袋から秩序がなくなる』とか?言われちゃった?んでその意を汲んで、って?違うか。あんたらは意を汲んだんじゃなくて威を借りたんだよね。俺を殺しちゃっても組が片をつけてくれるってさ。馬鹿だね。いやあ、グズだ!そんなのうちは関与してないですって言われて、よくてリンチで悪ければモルタルの中に詰められるだけなのにさ!そうやって利口ぶってあっちこっちの勢力の美味しいところをかすめようとするからそうやって厄介払いされるんだってわからないまま死んでくんだろうねえ。いやあ、あっは、ばかみたい!あー四木さんたら本当にめんど
くさいなあ!ねえ、助かりたいなら帰ったほうがいいよ。俺一人にだってなんとかなりそうだ。シズちゃん黙っててね。この人達ならちょっと怖い思いすれば十分でしょ。見たところこの間まで高校生って感じだし。ねえ、あんたらさあ、俺がただの優男じゃないことくらいは知ってるだろ?まあ今は片手が塞いじゃってるけど、それでも十二分なんじゃない?どうせシズちゃんはどうにもならないしね。こっちだって安心して動けるよ。俺が情報屋なんて銘打って外歩いてられるのはさ、バックに何がいるとかじゃないんだよ。そんなもの、寧ろ頼ったら殺されるからね。ここまでいってもわからないなんて本当に可哀相なほど頭悪いなあ!死にたくなかったら帰れって言ってるんだよ」

折原が言っていることはよくわからなかったが、とりあえず『四木さん』と言っていたから、これは四木さんの差し金らしい。それにしても、折原が自分以外に死ねというのは珍しい。冷静そうに見えたのだが、案外苛々しているようだ。折原にあわせて男達のナイフを避けながら思う。折原もいつものコートのなかからナイフを取り出して、相手の男達を刺す。深くまで刺さっても現実の喧嘩ではそんなに音もしないものだ。ドラマなどでのあの効果音は案外嘘なのだなあとナイフの刺さらない体で思う。

*

その殆どの腹を狙って折原は収集をつけた。携帯電話を取り出すと電話をはじめた。おそらく四木さんに電話しているのだろう。四木さんの声は聞こえないが、折原の口ぶりはそれだし、何度か名前も呼んでいる。パタンと携帯を閉じる。

「この人達はちゃんと引き取ってくれるって。それにしても仕事はしないと駄目だね。仕事してくれって怒られたよ。」
「仕事しろよ」
「うん。まあ、明後日でいいじゃん。ね、着替え取りに行こう」

腹を刺されて呻く男達を避けつつアパートへ入る。窓の開けられていない部屋は埃っぽいかおりがする。この休み中に一回は掃除をしよう。今も窓を開けて掃除を始めたいのだが、折原が早く早くとせかすので、仕方なく二日分の着替えだけ探してきて、外に出ようと、アパートを出ようと自分の手を引く折原がアパートのドアノブを回したときだった。腹部を血まみれにした男が、隣で固まる折原の胸に向けてナイフを振りかざした。

「臨也!!」

咄嗟にナイフを握りしめる。握りしめたナイフは刃先が表皮を少し切っただけで、くにゃりと曲がって使い物にならなくなってしまった。ナイフを投げ捨てて逃げようとした男を追う。

「シズちゃん!!」

駆け出そうとしたところで腕を引かれて、前のめりになって止まる。

「もう、四木さんくるし、いいよ」
「でも、あいつ…!」
「ほっとけよ!」

ぐい、とさらに腕を引かれて抱きしめられる。さっきナイフを握りしめた手をそっととってしげしげと眺める。その目があまりに見詰めるから落ち着かない。

「怪我してる…」
「大したことねえ。すぐ治るし」
「嫌だ」

握られた手に指を絡めて、もう片方の手で抱き寄せられる。すり、と肩口に擦り寄られて、甘えられてるかのようだ。

「ねえ、シズちゃん、俺ね、まだシズちゃんが俺のこと信じてないと思ってるよ。シズちゃんのこと、疑ってる」
「別に、それでいい」
「よくないだろ。なんでそんなこと言うの…!」

絡められた手に力がこもる。強い力で。

「もっと俺を見てよ!俺は、シズちゃんのこと、好きなんだよ!わかってよ!傷ついたら怒っていいんだよ。不安だったら言ってよ。怒ってよ!そんなことしても、俺はシズちゃんから離れていかないし、シズちゃんのこと放さないって、わかってほしいのに…!」
「わかってるって言ってんだろ!!」

どうして折原はわかってくれないのだろうか。どうして折原はそこまで必死なふりをするのだろうか。自分は折原のことに何も傷付かないと決めたのに。全部受け入れられるのに。傷つけてくれて構わないのに。
握られた手に力を込める。自分からも、強く握る。

「俺はお前のことで絶対に傷付かない!なにされたっていいんだよ!なんだって許せるんだよ…!そんなに好きなのに、なんでわかってくれないんだよ!なんで!お前こそなんで俺のこと信じられないんだよ!」

折原に向かって怒鳴り散らす。わかってもらえないことが悲しかった。悲しく思うことだって嫌で嫌でたまらない。なのにこんなことを言わせる折原が、嫌でたまらない。
思わずぎゅう、と手を握る。

どこかでぱきん、と音が鳴った。

「…うっ、ああああああああ!!!」
「臨也?!」

折原が突然叫ぶ。突然のことでもないかもしれない。どう考えても、自分がやったのだ。いつか、こうなるとわかっていたことだった。だから、近くにいるべきじゃなかったのに。
思わず握っていた手を放る。数日ぶりに折原と体が離れる。震える。体が震えて力が入らない。だけど、逃げなければ。
震える膝で駆け出そうとドアノブに手をかけるが、その手に、折原の手が重なる。

「シズちゃん…!」

ドアノブから手が引きはがされて、握られる。弱々しい力だ。痛みで力も込められないのだろう。それでも、折原は自分の手をとる。

「放さないって、言ったじゃん」


折原は引き攣った笑みを自分に向ける。不機嫌な顔でも、愛してくれと訴える笑顔でもない。余裕のない、見ているだけで痛い笑みだった。









折原の詰めの甘さにイラッ☆


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