パライソは何処へ在るかと云ふ問い






はあ、と吐いた息は冬の空へと昇るように、同時に吐かれた煙草の煙は夜空へ吸いとられるように消えていった。もうすでに一連の作業となった動作を繰り返す。息を吸う度にあかあかと燃える火が夜景に紛れて点滅を繰り返す。新宿の煤けた夜の中に信号のように弱く弱く燃えている。はあ、吐息を吐く。
薄いワイシャツが風でバタバタとはためく。少し痩せたのかもしれない。快い音だ。風が自分にぶつかって、頭のてっぺんから凍みる寒さが心地いい。外側から透明になっていくかのような心地よさだ。同時に自分の存在まで希薄になっていくかのような、そんな冷酷なかんじもする。抗おうと体内でどくどくと鳴り響く血液が不快なような、安心するような、どちらとも言えない程に熱く流れている。


「シズちゃんマジで化け物だね。俺コート着てても寒いよ」

「中入ってろよ。ジャマだ」

「なに?きこえないなー!」

そう言って夜に泳ぐような白い手が自分の耳を塞ぐ。いつもそうだが臨也はやることがよくわからない。そういう時は相手ではなくて、自分の耳を塞ぐのではないだろうか。


「触るな」

「え?もっと触ってって?シズちゃん積極的!」

「お前頭おかしいんじゃねえの…」


諦めて無視していると向い合せになるように顔を回転させられる。それで外れた耳ももう一度塞がれる。瞳を閉じた臨也が自分にくちづける。こっそりと瞼を開けば暗い色をした赤と視線が絡む。
目が合うと、臨也は唇をはなした。少し濡れてしまった唇を冷たい風がさらっていった。


「目、閉じててよ」

「お前も開けてただろ」

「俺はいいんだよ。シズちゃんのお願いをきいてあげたんだもの」

「お前やっぱ頭おかしいわ」

「シズちゃんは耳が聞こえてないから自分で何を言ったのかわかってないだけだよ。わかってるよ、もっとでしょ」


そう言ってまたくちづける臨也の唇はつめたく、自分の体はついにどこもかも凍りついてしまった。先ほどまでごうごうと鳴っていた血液の音も聞こえない。耳に触れる臨也の手だけがただただ熱い。きんと凍えて自分などいなくなって臨也だけがここにいる。

それはそれで十分なことだと思った。
もしも自分がいなくなれば、臨也は昔のように全人類に対して愛を語るようになるだろう。彼の愛する人間を、誰に邪魔されるでもなく、まっすぐに、自分をすり減らしてでも愛すだろう。
臨也と付き合い始めて初めて分かったことがある。それは折原臨也の語っていた愛は自分でも理解できるほどに真っ当なものであったということだった。そして、自分へ向ける愛はいつでも理解不能なものだった。本人も、どう転げたのかはわからないが、転んだら地面にぶつかるように、自分が落ち着いたのはここだと言った。

わからなかった。どうしてそれが自分の腕の中だったのか。この腕は、いつか臨也を抱きつぶすだろう腕だ。今だって、そうだ。駄目だと思うのに、臨也の背に腕を這わす。柔らかな唇さえももどかしい。いっそ突き破って絡み合いたい。

ずっと透明なままでいてやれたらどんなにいいだろう。彼の目に留まらずにいられたら。彼を見るたびに触れたいと思わずにいられたら。そうしたらきっと臨也は思うままに自分の愛したいものを愛せただろうに。


「シズちゃん本当にわかってないね。ね、もう中に入ろう。こんなに冷たい。あたためてあげる」


手が外されて、湿った吐息が耳元で囁く。凍てた体がその熱に粉々に砕かれてしまいそうだった。あいしてる、とうわごとのように熱っぽく語る唇がそう言う度に自分をここへ留める。臨也がここへ転げ落ちてきたというのなら、自分は熱に浮かされてここまで来たのだ。

あいしている、と口に出せば、いっそすれ違ってしまいそうだといつも思っている。






※パライソ(Paraiso):楽園(スペイン、ポルトガル語)

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「臨也の愛のほうが大きく見えつつでも実はシズちゃんのほうが臨也大好き な臨←静」と、言うリクエストでしたので(多少改変していますが><すいません)(だって報われない臨←静とか書いたら泣いちゃう)こんな感じで頑張らせていただきました!臨(→→)→←←←静くらいにみえるように頑張ってみたのですが、「せつない成分が足りない!」とか、「ちがうの!もっと甘くてよかったの!」とか、ご注文があればご一報ください!
リクエストをくださった悠生さま、また、いつも当サイトをご覧の皆さまありがとうございます!逆臨静(2431)やろうと思ってたら過ぎていたというのは内緒です///カウンター早すぎてマジでびっくりする///




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