神様は俺を指差して笑った4





「静雄…と、えっと、」

「折原です。おはようございます田中さん」

「あ、おはようございます」

「トムさん、こんなやつに敬語なんていりません」

「そうですよ。田中さんの方が年上なんですし、気にしないで下さい」


結局、握った手は離れなかった。お互いに池袋の街中で手を離した時に起こるかもしれない惨事が怖かったのだ。無言で、お互いに競歩のスピードで事務所まで歩き続けた。それでも周りの好奇の視線は凄まじかったのだが、走ると自分が折原に追いつけなくて手が離れそうになってしまったので、歩くことを選ばざるをえなかったのだ。

先輩の不審げな視線が痛い。だってそうだろう。先輩はわかっているのだ。自分が引っ張ってしまうのは、自分を喜ばせた人間だけなのだから。しかも、その時だけなのに。

そういえば、折原はどこまで知っているのだろうか。


「実は昨日大変な情報を聞き付けまして、それで朝になって本人のところまで確認しに行ったらこの通りですよ。まさかこんなにも凄い力だとは全く思っていませんでした。田中さんは昨日どうされていたんですか?大変だったでしょう?」

「いや、俺はそんなに大変じゃなかったけど…」

「そうですか。それにしても、本当に凄い力ですよね。まるで神様か妖怪のようだと思いませんか?俺にまで働くなんて、本当に誰でもこうなってしまったでしょう?ああでも、取り立て業でしたら、この力はとても役に立つ力ですね。静雄君の姿を見て逃げ出した債務者も一網打尽ですか。そうだった?シズちゃん」

「そんなことねえよ」

「じゃあなんで俺がこんなに引っ張られてるの?自分の力くらいちゃんと把握しといてよ。ああ、そっか。シズちゃん怪力だって未だに制御出来てないもんねえ。そりゃ無理だ。ねえなんとか言ったら?」

「なんも言うことなんかねえよ。俺だってなんで引っ張る人間とそうじゃない人間がいるのかなんてわかんねえんだから」

「一日あるのにわかんないとか馬鹿じゃないの?やっぱりシズちゃん馬鹿だ。信じられない」


折原がべらべらと無駄なことばかり喋る。それによって先輩も大体の状況は把握したようだったが、俺の言葉に違和感を感じているようだ。腕を組んで自分をじっと見ている。ハラハラした。もし、自分が嬉しくなると引っ張ってしまうと昨日言っていたぞ、と言われてしまったらどうしよう。先輩は頭がいい。だからこそ、昨日たどり着いた規則が間違っていたのだと思っているだろう。だからきっと折原に昨日の事を話して確認したい筈だ。だけど、俺の言い方から、話してほしくなさそうな気配も感じているだろう。

先輩にそれを言われたら、折原はきっと気がついてしまう。規則が間違っていないことも、自分が折原をどう思っているのかも。そうしたら自分はもう生きていけないかもしれない。今度こそ立ち直れなくなってしまうかもしれない。


「…そうだな。俺もよくわからねーわ。まあ折原君には悪いから、早く離れられる方法見つけて、うまくやってけるようにしようや。な、静雄。折原君は、今日は静雄に付き合ってくれんのか?」

「ええ。俺は今日は休みをとってきたので構いませんよ。元々自由業ですし、あまり気になさらないでください」

「うん、じゃあ一件目いくべ。今日は4件回るから、結構歩くけど、ごめんな」


足腰は鍛えてるんで平気ですよ、と折原が返す。確かにそうだ。自分と池袋や新宿を駆けずり回っても、自分が折原に追いついたことはついぞない。むしろ自分のほうが先にへばってしまう。結構歩くと言ったって、今日は4件だ。大した事はないだろう。
折原が自分の手を引いた。


「じゃあ行こう、シズちゃん」


そう言われたことに、自分はなにも言い返せなかった。ああ、という了承の言葉さえ出てこなかった。折原の緩く握られていた手が、ぐっと自分の手を握る。それだけで胸が詰まって、もう何も言えなかったのだ。冷たい手。後ろ手に事務所のドアを閉めながら、そればかりが気になった。








折原がおしゃべりくそ野郎過ぎて字数制限が恐すぎる






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