2輪目

 

 あの日からリズの周りは激しく動き始めた。目を開けた時には教団に戻っており、聞けばリズはアクマに腹を刺されたのだとか。女――婦長はリズにしばらくは安静にするように言い含めると、忙しなくフロアの中を行き来する。リズの他に多くのファインダーがいるようで、彼女は同一の任務についていたリーダーを探す。
 ……が、自分に近づいてくるものの存在を見止めて視線をうつす。――コムイ・リーはリズに向けて柔和な笑みを浮かべ、


「気分はどうだい?」

「隊長は?」


 間髪入れずに問うリズにコムイは困った風に、けれどもあくまで優しく彼女のめを見つめた。リズはそれで、悟るべきを悟った。
 リズの取った行動のせいか、それとも行動に移すのが遅かったのか。どちらにせよ、班長はもう……。
 アクマなんかに普通の人間が勝てるわけがなく、あの場でどうすれば助かったのかなどリズには分からない。そこまで考えたところで、リズははっとする。


「私は、なんで……」


 小さくつぶやくと、コムイがリズの顔の前で手を振って「聞いてる? リズちゃん」と彼女の意識を戻す。リズがぼうっとしている間にもコムイは何かをしゃべり続けていたようで、彼女は聞いていなかった旨を伝えるとコムイに詫びた。そんなリズにコムイは今度はもう一度ゆっくりと告げた。


「君はファインダーだったから、イノセンスについては少しは知っているね?」


 ファインダーだったも何も、リズは今でも……考えながら是と頷く。彼女は人よりも勘が鋭いわけではない。だがリズを見る男の柔らかいが寂しさを感じる目と、どうしてわざわざこのタイミングで彼女にその問いを投げたのかをつなげてみれば、信じたくはないがリズの中で一つの仮説が浮かんでくる。

 ――そんな、馬鹿なことが。

 嫌な予感はふつふつと広がっていく。少なくとも、コムイが告げようとしていることはリズにとって喜ばしいことではないはずだ。首を一度縦に振ったきりなんのリアクションも起こさない彼女にコムイは話を進めることにして口を開く。それが彼のつとめの一つでもあるからだ。


「詳しくは知らなくても、大まかには知っているはずだ。細かいことは後で説明するから、動けるようになってからついてきてほしい場所があるんだ」

「ついてきてほしい場所、ですか」

「そう。起きたばかりで混乱しているだろうけど、生憎と人手不足なんだ。君は、君のイノセンスについて知らないといけない」

「分かりました」


 そんな会話がかわされて、リズの怪我が治ってから。彼女はエクソシストとして任務につくことになった。
 リズはまだ教団でファインダーとして働き始めてから周りに比べると日も浅いために、実際にエクソシストに同行して任務についたことはなかった。リズはまだ若い。何もファインダーでなくとも、他の部隊でもいいのではないかと諭してきたのは、隊長だった。ファインダーはアクマと対峙してしまう機会も多く、死の単語が付きまとう部隊。
 おそらくではあるが、リズが思うにあの男は彼女には比較的危険がなさそうな任務を与えていたのではないだろうか。今となってはリズに確認できる術はない。


「エクソシストっていったら、もっとムキムキでいかついおじさんばかりだと思ってた」

「まあ確かに重労働ではありますよね……」


 リズとしてはそういう意味で言ったわけではなかったが、黙っておくことにする。エクソシストとして任務を受けるようになってから知ったことは、適合者は若者が少なくないことだった。おじいさんとまではいかないまでも、少なくとも十代・二十代の者がこうも当たり前のようにエクソシストとして任を受けていることに、リズは驚くばかりだ。
 そもそもリズ然り、適合者になった時点でその者に全ての拒否権などなくなるため仕方がなくもある。今しがたリズと話している少年も同じ。リズが適合者になり、ファインダーだったのと同じくらいの時間がたった。望む望まないにかかわらず、エクソシストは己の命を今日も顔も知らないすべての人のために捧げなければなさない。

 もしリズが死んだとして、悲しんでくれるのは誰であろうか。

 彼女の死は果たしてリズが望む者たちに伝えてもらえるのか。そんな意味のない心配を、リズがやめることが出来るのはいつになるだろう。


「ねえ、アレン・ウォーカーくん」

「なんですか、リズ」


 さくさくとリズのブーツが土を踏む。今日の任務も無事に終わった。次はいつ恐怖感を感じながら外に出たらいいのか。帰ったらまた終わりの見えない任務の数をこなさねばならない。


「君はいつも一生懸命だね、そんなに頑張って疲れない?」

「貴女がそんなことを聞くなんて驚きました。リズだって手を抜いているわけではないでしょう」

「まあ……うん、死にたくないし」


 うまい具合にはぐらかされたような気が彼女にはするが、まあいいだろう。

 ――死にたくない。

 それだけが今のリズを動かしていた。正確には、まだ死ぬことが出来ない、だが。リズは自分でもアレンに何を言っているのだろうとわからないままに、もう一つだけ質問を重ねた。それはリズがいつも皆に対して疑問に思っていることであるが、ほとんどの者が答えを返してくれないことを知っている問い。
 己が聞かれたとしても何も答えを出せない問いだ。


「アレン・ウォーカーくん。君は、どうしてエクソシストなんてものをやっているの」

「……人間――そしてアクマを救うために」


 


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