林檎飴-novel- | ナノ

* 林 檎 飴 *
不器用な恋
ふわりと風が吹き抜ける。その瞬間、まるで雪の様にヒラヒラと舞い散る桜の花弁。
桜の花弁が舞う中、桜の木の下で小さく笑う少女に目を奪われる。白銀の長い髪が揺れ、小さくふっくらとした唇が優しく笑う。
その少女がまるで、柄にもなく桜の木の妖精かと思ってしまった。


四月七日―入学式―
灰色高校は桜が咲き誇り、グラウンドの木々は淡いピンク色で染まっている。その中を通り、真新しい制服を纏いウキウキした雰囲気で新一年生が校門をくぐっていた。

「ひゃー、可愛い子がいっぱいさー」
「……なんでお前がここに居る」
「いやぁ、ユウと新一年生見ようと思って?」
「ファーストネーム呼ぶんじゃねぇっ!」

二階にある二学年の教室から下を眺める少年は、ウキウキしながら望遠鏡を覗いていた。下までそこまで遠くないのだが、彼は女子生徒を観察していたのだ。そんな少年に嫌々と言わんばかりの顔をしたもう一人の少年がいる。
彼らの名はラビと神田ユウ。ラビは派手とも言えるオレンジの髪をしており、望遠鏡を覗いていた。神田ユウはこの日本生まれで少年にしてはとても綺麗な髪をしている。名前で呼ばれるのが嫌いだ。
二人は相反する性格だが友人同士だ。しかし、神田はラビが態々自分の席に来てまで望遠鏡を手にしていた為、少し呆れながら睨んでいたのだ。

「ユウの席が一番見やすいんだってー。おっ!あの子可愛いさー!」
「……お前本当そればっかりだな」

一度双眼鏡から目を離し、ラビは歯を見せながらニカッと笑う。そして、神田に双眼鏡を渡そうと差し伸べた。

「ユウも見てみろよ!本当に可愛いんだって!」
「俺はいい!」
「勿体ねー!あの子どこ出身だろうなぁ、髪色は白銀て言うんかねー!左眼にでっけー傷あるけどそれがまた視線行っちゃうさー!」

しかし彼は受け取らず、ラビは口を尖らせながら再び双眼鏡を覗き込む。そのまま彼は一人の少女に狙いを定めたのか、観察を続けていた。

「……白銀?傷?」
「え?あぁ、そうさー!すっげー綺麗な……ユウ、さん?」
「……人間だったのか」
「はい……!?」

ラビが少女の髪を言うと、神田は小さく呟いた。それを耳にした彼は、双眼鏡から目を逸らし神田を見る。しかし、ラビは驚いたのは目を見開き、恐る恐る目の前にいた彼の名を呼んだ。
何故なら、神田は慌てた様に立ち上がり窓から下を覗いていた。そのままラビの言う白銀の髪を探し、見つけると小さく呟いた。その言葉はラビに届き、どういう事!?と叫んでいる。

「ユウー、あの子知り合いなんさ?」
「……別に」
「人間ってどういう事さー」
「うるせぇ、なんでもねーよっ!」

椅子に座り直した神田は肘を突きながら数日前を思い出す。休日の学校。部活動の為に彼は学校に来ていた。因みに神田は剣道部だ。
休憩時間になり、熱の篭る体育館から抜け出すと彼はグラウンドの隅にある水飲み場へ来ていた。水を出し両手に掬い顔を洗う。暑さが抜け、風が吹くとひんやりしていた。
ふとグラウンドからヒラヒラと風に流されてきた桜の花弁が、神田の前に落ちてきた。それを見て神田はグラウンドの方へ目を向け、満開の桜をただジッと見つめていた。
その時、出会ったのだ。白銀の髪を持つ少女に。白いワンピースを着て、淡い紫色をしたカーディガンを羽織り桜を見つめる少女に、神田は目を奪われた。
初めて桜を見たのか、本当に嬉しそうに笑い舞い散る花弁を手の平で受け止め、ふっくらとした唇が笑みを浮かべていた。
その姿は、まるで桜の木の妖精かと思ってしまった。左眼には大きな傷跡があるが、その傷が更に一際美しく感じた。色恋に興味のない神田が、初めて目を奪われた少女。だからこそ、彼は「人間だったのか」と呟いたのだ。
しかし、それを目の前にいるラビに話すつもりはない。況してや、自分がまるで乙女の様に考えたなど話したくもない。

「ユウちゃん独り占めかよー!」
「うるせぇ……いい加減にしねぇとしばくぞ!」
「ちよ、竹刀出すなよ!ひぃぃっ!!」
「テメェ……放課後覚えてろよ」

いつの間にか用意されていた竹刀を構え、神田はラビに向かって一突きを入れる。竹刀の先端は、彼の鼻先でピタリと止まり、いつもより低い声で呟くと竹刀を片付ける。
それに安堵しながら、チラッと神田を見て再び目を見開いた。どこか、彼が優しく笑みを浮かべていたからだ。

(えー!!もしかしてユウ……!へぇ……ユウにも春さねー)

長い付き合いのあるラビは、こんな風に雰囲気が柔らかくなる神田を見たのは初めてだ。そして、彼は理解する。神田すらまだ気付いていない想いを。

◆ ◆ ◆

「……」
「……」

入学式から数日が過ぎた。その日から神田が白銀の少女を見かける事はなかったのだが、今彼の前に少女がいる。

「ユウー、そんな怖い顔すんなよー!」
「してねぇよ!」
「ひっ……!」
「ほらー、大丈夫さー!ユウはいつも怒ってるんさー」

剣道部の練習をしていた神田は、体育館の入り口がいやに騒がしくそちらに視線を向けた。そこには部員が集まり隙間から見慣れたオレンジ色の髪が見え、溜め息を漏らしながら練習に集中するように部員を散らせた。
しかし、彼は思わず固まってしまった。ラビの横に恥ずかしそうな仕草で、白銀の少女が立っていたからだ。まさかこんな間近で彼女を見るとは、神田も思っていなかった。

「……何の用だ」
「いやぁ、アレンが体育館行きたかったらしいんだけど迷子になってたから連れて来たんさー」
「……アレン?」

ラビを睨み付け、神田は不機嫌なオーラを纏った。それに対し一度怯んだ彼だが、気を取り直しラビはニカッと笑い彼女の肩を叩いた。
そこで彼が名前らしき事を言い、神田は少し眉間に皺を寄せる。ラビが名を呼ぶのがどこか気に入らない。

「あの……アレン・ウォーカーです、神田、先輩……」
「……あぁ」
「あの、その、これを渡したくて」
「お?ラブレターさ?」
「違いますっ!!」

少女は恥じらいながらも頭を下げて名を名乗る。それに小さく返事をした神田は視線を逸らす。
そして、アレンは数回深呼吸をして両手で何かを差し出した。このパターンに、神田は眉間に皺を強く寄せる。何度も経験した告白。それを揶揄うラビにキッパリ否定する声が体育館に響き渡った。

「うっ……いきなり、声上げてすみません。あの日……落とされて、いたので」
「ちょっとユウちゃーん、あの日って何々?」
「うるせぇバカ兎!……わざわざすまない」
「いえ、やっと渡せました!」

肩に腕を回してきたラビを睨み付ける。背後には般若を背負っており、これ以上揶揄えば何をされるかわからない。そう思ったラビは、ソーッと神田から離れた。
そして、神田は差し出された物に手を伸ばす。あの日、初めて彼女を見た日、タオルと一緒に持っていたハンカチ。しかし、部活が終わる時ハンカチがないのを気付き水飲み場を探したがなかった。思い入れがあるわけではないが、自分が落としたり無くしたりするなど初めてだったのだ。
そのハンカチを、彼女が拾っていた。それを受け取る際、少しだけ……本当に少しだけ指先がアレンの滑らかな肌に触れた。少し胸が跳ねたが、表情には出さず冷静を装いハンカチを受け取る。
ピンと端と端が伸び綺麗に畳んであるハンカチ。仄かに洗剤の匂いが鼻を掠め、わざわざ洗濯しアイロンを掛けたのだとわかる。

「ひゃー、アレンの笑顔可愛いさー!」
「わっ、や、やめてくださいラビ先輩!」
「えー、オレとアレンの仲じゃーん!」
「さ、さっき知り合ったばかりです!か、神田先輩た、助けて下さいっ!」
「……チッ、バカ兎!いい加減にしやがれ!」

神田がアレンからハンカチを受け取ると、とても綺麗な笑顔を零した。その笑顔から目を逸らせずジッと見ていた。その時、興奮したように声を上げたラビがアレンを抱き締めた。
その行動に彼女と神田は目を見開き、アレンはジタバタと暴れる。ラビは決して女誑しではないのだが、彼女の笑顔に我慢出来なかったのだろう。
そして、アレンは顔を真っ赤にさせラビを拒否した。恥ずかしいのもあるが、あまり左眼にある大きな傷をこんなに近くで見られたくないのだ。
その事から耐え切れず、黙って見ていた神田にアレンは助けを求める。彼女の声にハッとしたのか、彼はため息を漏らしラビの腕からアレンを自分の方へ引き寄せ、彼女の身体を背に庇うと竹刀をラビに向けた。
ドス黒く、怒りのオーラを纏う神田にラビや剣道部員は顔を真っ青にしていた。それに気付かないアレンは、心臓がバクバクと早くなり神田の怒りには気付いていない。
彼の大きな背中から熱が伝わる。アレンの指先はまるで溶け出すのではないか、と思うくらい熱い。恥ずかしい。こんな風に男の人が近くにいた事がない彼女は、ドキドキが止まらないのだ。

「じゃ、じゃあオレバイトあるから、さ、さいならー!」
「……はぁ……悪かったな、あのバカが」
「い、いえ、こちらこそすみません、部活中に」

逃げる様にラビが去って行く。その姿を睨み付けながら見送り、ため息を漏らしながらバカという言葉を強調する。それに慌てて両手を前に出し頭を振るアレンは、改めて神田に向かって頭を下げた。

「いや、俺も悪かった。助かった」
「いえ、じゃあ私はこれで!」

フッと一瞬、本当に一瞬だけ神田が笑った。それに見惚れた彼女は、ハッとすると頭を下げ体育館から出て行く。だが、入口で止まり振り返ると再び神田の前に戻って来る。

「あ、あの……」
「なんだ?」
「教室ってどっちですか?」
「……廊下出て右だ」
「あ、ありがとうございます!」

彼女が戻っきた事に首を傾げた神田は、アレンを不思議そうに見ていた。すると、彼女は躊躇いながら彼に問う。
先程、ラビがアレンを連れて来る時も迷っていたな、と思いながら神田は指をさし道を教える。勢い良く頭を下げた彼女は、ホッとした様に体育館を出て行った。
しかし、神田は少し心配だった。本当に解ったのか、と。そんな彼女の背を見つめ、彼は頭を押さえた。案の定、と言うべきか。アレンは神田に教えられた道、ではなく反対の方へ歩き出したのだ。

「おいっ!そっちじゃねぇ!」
「え?あ、神田先輩?」
「右ったろ!なんで逆に行くんだよ」

クソッ!と小さく呟き、彼は一つ舌を打つ。そして、竹刀を持ったまま体育館を出て彼女の後を追う。
アレンに追い付くと、神田は彼女の細い腕を掴み自分の方を向かせる。その瞬間、アレンは目を見開き振り返ると、別れたばかりの神田がいて、え?え?と言っている。

「私道間違えましたか?」
「あぁ……」
「す、すみません、極度の方向音痴で……」
(だから体育館も迷ったのか)

神田がいた事にも驚いたが、アレンは自分が道を間違えた事にも驚いた。左右を間違えたなんて恥ずかし過ぎて、彼女は正直に方向音痴を告白すると、彼は一つため息を漏らしそのままアレンの手を引いた。

「教室まで連れてってやる」
「え!?でも部活がっ!」
「迷って帰れない、なんて事になっても困るんだよ……」
(で、でも!手……手繋いでっ!?)

手を引かれた彼女は、ボンッと頭が破裂してしまうんじゃないか、と思うくらい混乱していた。
自分より一回り大きな手。ゴツゴツしているのに、アレンの手を包む手は優しい。そんな彼と道案内とは言え手を繋ぐなんて、とますます混乱した。
自覚はないが、神田ユウはモテる。この灰色高校では神田とラビは有名だ。
そんな神田にアレンは道を覚えるため、入学式前に見学に来て出会った。初めは、名前なんてわからず、ただただ綺麗でかっこいい人、という印象だ。その際拾ったハンカチを、いつか渡そうと思っていたが彼女は彼を知らない為ずっとどうするか悩んでいた。
そんなある日、クラスメイトが神田とラビの噂をしていた。かっこいい、と。そこで初めて彼の事、名前を知りハンカチを渡す為に来たのだが、こうして迷惑を掛けてしまう自分にため息を吐く。
女子生徒の視線が実に痛い。神田本人は眉間に皺を寄せ、実に不機嫌そうだ。ギャアギャアと騒ぐ声に、アレンはごめんなさい、と心で呟く。
やがて、教室までの道に分かる廊下に着くとソッと離れた手。それが少し互いに寂しい気持ちを与えた、ような気がした。

「ありがとうございました、神田先輩」
「いい……さっさと学校くらい覚えろ」
「わっ、ちょ、痛いじゃないですか!」
「ぷっ、面白え顔」

頭を下げたアレンに小さく笑い、彼は彼女の頭を撫でそのまま手を下げ小さな鼻をキュッと摘む。もちろん痛くない程度だが、痛いと言いムスッとアレンは頬を膨らませる。
そんな子供らしい姿を見ると、神田は思わず笑いを漏らした。不機嫌そうな顔から実に優しい表情に、アレンは目を見開き少し頬を赤くしながらニコッと笑って見せた。

「部活、頑張ってくださいね」
「あぁ……気を付けて帰れよ」
「はいっ!」

もう一度アレンが頭を下げると、神田の表情は引き締まった顔になり彼女に背を向ける。その姿を見送り、アレンは繋いだ手を見つめる。



これが、二人の始まり。不器用な恋物語だ―――。


初めてまともに書いた神アレ嬢

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