あまい首輪 [ 1/1 ]



人柄からか人徳からかはたまた(聞いたら怒るだろうけど)その身長からか、ノヤの周りには男女問わず人が集まる。そして集まった人は皆幸せそうに笑うのだ。
だから、ノヤが女の子に囲まれるなんてことは、きっとザラにあるのだろう――私が知らなかっただけで。
 
電子辞書を借りに来たのに扉に手を掛けることもできず、小窓からの光景に私は呑まれていた。綺麗に髪をセットしてメイクもばっちり、おまけに話も面白い。そんな子たちに囲まれて楽しそうに喋っているノヤは、自分とかけ離れた世界の人みたいで。気がつけば何故かその場から逃げ出していた。それが、今日の昼休みのこと。
 
 
「ねぇ、あんたの彼氏って嫉妬とかしないの?」
 
 
私の愚痴を聞いてくれた友人Aは開口一番そう言った。予想外の一言に思わず持っていたお茶を落としそうになる。ちなみに今は部活中。私は家庭部なので、クッキーが焼けるのを待っている最中だ。
 
 
「嫉妬しないのって…分かんないよそんなの」
「男子と話してたら機嫌悪くなるとかさぁ、何かないの?」
 
 
そう言われましても。
そもそもノヤが人に囲まれてるのが当たり前!みたいな人だから、あんまりそういうのを気にされた覚えはない。私は男子とあまり話さないし、そんなにしたことないけどデートの日程を決める時も「この日はクラスの奴と先約が!」って感じだったし。
思いつくままに述べると友人Aは溜息、からの腕組み。…え、そんなにまずいのかな、これ。
 
 
「悪かないけど…よくそれで浮気の心配とかしないね」
「浮気!?」
 
 
ガチャーン。
あ、コップ割れちゃった。
 
 
「当然でしょ。あたしの友達でも浮気されて別れた子とか結構いるよ?」
「…考えたこともなかった」
「お気楽だね、あんた」
 
 
もう一度溜息。流石にちょっとなんか、イラッとくる。
 
 
「しっ、仕方ないじゃん!付き合うとか初めてだし!」
「西谷くんは?」
「…分かんないけど、人気者だから…」
「まぁ経験あっても不思議じゃないね」
「…うん」
 
 
浮気。浮気、かあ。いつも会うと嬉しそうにしてくれるから本当に考えたこともなかった。私の前に彼女がいたかどうかも、そういえば聞いたことがない。…お気楽っていうかバカだな私。
 
あの子たちだけじゃない、私より可愛くて女の子らしい子なんてこの学校にごまんといる。今どうしてノヤが付き合ってくれているのか分からないけれど、もし、こんなつまらない私に飽きてしまったら。それを想像したら背筋が凍るようだった。
 
 
「まぁ、西谷くんなら大丈夫だと思うけどねー」
「…中途半端な慰めはいりませんー」
「いやほんとに。そういう噂聞いたことないし」
「そういうって?」
「女の子をとっかえひっかえ、とか」
「ノヤが女の子をとっかえひっかえ…!」
「あーもう、だからそういうのは聞いたことないから!ただの想像よ想像!」
 
 
友人Aの慌てた声が私の心配をさらに増長させる。だって、噂になってなくてもしてるかどうかなんて分からないじゃない。ノヤは部活で忙しいし、私だってそんな事聞けないし、そんなの!
 
――チーン。
ぐちゃぐちゃな頭の中を、オーブンの音が切り裂いた。
 
 
「お、立った」
「クッキーに罪はないから」
「…相変わらずマイペースだね、あんた」
 
 
そう、ノヤにあげたら喜ぶかなーなんて浮かれて作ったクッキーにだって、罪はない。バレーボール型のにもハート型のにも、どことなくノヤのとさかっぽい形のにだって―――
 
 
「…うう、ノヤ、別れたくないよー…!」
「あーもう泣くな泣くな想像で!」
 
 
慌てて差し出してもらったハンカチのおかげで、クッキーは塩味にならずに済んだ。
 
 
-----
 
 
「お、今日はクッキー?」
「うん、大物の気分じゃなくて」
 
 
というか気力がなくて。
 
 
「まぁそういう時もあるよなー…ん、うまい!」
「本当?良かった!」
「つーか、こうやって形弄ってくれてんの好き」
 
 
楽しそうにタッパの中を探り探り口に運ぶノヤ。
とは言いつつも、大き目に作った市松模様によく手が伸びるのがノヤらしい。次はもう少し食べでのあるものにしようかな、とノヤ中心に計画を立てるようになった私も大概だなと思う。いつもいつも本当に嬉しそうに食べてくれるので、作り甲斐があるのだ。
 
 
「ノヤー」
「はんはほ」
 
 
何だよ、と言いたいのかな。口一杯に頬張って咀嚼する姿はハムスターっぽい。
 
(…可愛いなぁ、)
 
こんなこと絶対言わないけど。
小さい、可愛いという単語はノヤには禁句だ。私とノヤの身長差はあまりない。ヒールを履けば明らかに私の方が高くなってしまう。それを気にして密かに牛乳を飲んでいるらしいと前聞いた時はビックリした。そこも含めてノヤの魅力だと思うんだけどなぁ。
 
それに、ノヤの格好よさは身長のせいで目減りしたりなんかしない。
 
 
「だから何だって」
「…呼んだだけ、だよー」
 
 
食べ終わったノヤから空き容器を受け取って鞄にしまった。
 
――もし私があんな風に男の子たちと話してたら、ノヤはどう思う?
 
そう聞けば、きっとノヤは「どうも思わねぇけど」と答えるのだろう。私はあまり男子と話さないから気にしてしまうけど。
学校に部活にとキラキラ輝くノヤにこんなドロドロした感情をぶつけてしまうのは、何だか嫌だった。それっきり口をつむってしまった私の頭に、ポン、とノヤの手が降ってきた。そのままぐりぐりと力を込めて撫でまわされると、あっという間に私の頭は鳥の巣みたいになってしまう。
 
 
「ちょっ、ノヤなに…っ!もう!!」
 
 
どうにかして上から抑え込むようなその手から逃れると、目が合った。ふかくまで見透かすような、でもいつも通りのような瞳。
 
 
「…そんなことしたって、私の背は縮まないよ?」
「うっせーな俺はこっから伸びんだよ!」
 
 
きっと私が考えてることなんて分かんないだろうに、ノヤはたまにこういう事をする。しかも多分無意識に。そういうの、本当に、ずるい。
 
 
「ノヤのばーか!!」
「あ゛ぁ!?なんだお前さっきから喧嘩売ってんのか!?」
 
 
ノヤの身長が低くてよかった。これ以上外見を重視する子たちまで加わったら、きっと私に勝ち目はないから。でも今でも私みたいにノヤに惹かれてる人はかなりいる筈だ。
知らないのは本人だけ。
 
 
(すき、だよ)
 
口にはなかなか出せないけれど。
どうか、ほかの人のところへ行かないで。
 
 
だから私は明日もお菓子を作り続けるのだろう。
 
 
 
 
 



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