日向長編 | ナノ






――ピピッ、
 
小さな電子音に体を起こし、脇の体温計を取り出す。
 
37度8分。
 
朝よりは下がったけれど、まだまだ学校に行けるレベルではない。頭の奥がズキズキ痛むし食欲もない。せめて水分だけでも、と枕元のポカリに手を伸ばした。
 
時計を見ると3時半過ぎ。今頃、ちょうど部活始まったくらいかな。急に寂しくなって、再度布団に潜り込んだ。風邪を引くと人恋しくなる、というのは本当らしい。
マネージャーも身体が資本なのに、潔子先輩に申し訳ない。皆にうつしたりしてないかな。
 
――そこまで考えたところで、フラッシュバックする、昨日の映像。
 
 
「〜〜〜!!!」
 
 
声にならない悲鳴を上げて、顔まで布団に潜る。考えるな私、考えたら負けだ。日向と物凄く顔を合わせづらくなる。でも目をいくら強く瞑っても、耳をふさいでも、あの扉を開けてからが鮮明に甦ってくる。
 
こ、こういう時ってどうすればいいの…!?今日休んでしまったから余計気まずい。明日あった時なんて言えばいいのか分からない。
「おとといはお楽しみのところをごめんね」?
…なんか嫌味っぽい。なんかもっとこう、気の利いて気まずくならない感じの…
 
真剣に考えようとしたら頭がクラッとした。うえ、熱がぶり返してきたかな。風邪っぴきの頭で考えても仕方ないし大人しく寝よう。布団をちゃんとした位置に戻して、目を閉じた。
 
 
―――…
 
 
暫くの間うとうとしていると、扉が数回ノックされた。熱を確認しに来たのかな。にしてもお母さん、いつもノックなんかしないのに。ぼんやりした思考のまま返事する。
 
 
「はーい、どうぞー」
「お、お邪魔します…!!」
 
 
――ん、?
ただならぬ違和感を感じてドアを見ると、ふわふわのオレンジ色の頭が、チラリ。
 
 
「ひっ…ひな、た!!??」
「うわああああ!?」
 
 
勢いよく起き上がった私に驚いてか、日向が大きく叫んで壁に張り付いた。いや、あの、ビックリしてるのはこっちなんですけど…!!おかげで眠気もバッチリ覚めたわコノヤロウ!
 
 
「お、オハヨウゴザイマス…?」
「お、おはよう?っていうかいやだから、えっと!?」
 
 
立ち上がろうとするとまたグラッときて、ベッドに横向きに腰掛けた状態で布団に倒れ込んだ。あーもー頭ガンガンする…これ絶対熱上がってると思う。
 
 
「ちょっ、大丈夫!?」
「んー、ごめん…」
 
 
慌てて寄ってきた日向に支えられて元通り布団をかぶる。心配そうな顔をしている、気がするけれど、熱のせいか視界がボケている。
 
 
「熱、つらい?」
「熱はそんなに…頭いたくて」
「…そっか」
「ごめんね、汚くて」
「汚い?なにが?」
「…部屋片付いてないし、寝起きだし、汗かいてるし」
「いや俺の部屋もっと汚いし!風邪人なんだから当然でしょ?」
 
 
男子の部屋と一緒にされるとちょっと複雑なのだけれど、まぁそこはスルーする。それにしても、何で日向が?そう聞くと日向がソワソワしだした。…そんな変な事聞いてないと思うんだけど。
 
 
「その、今日名字が風邪で休みって清水先輩から聞いて、そんでお見舞いしなきゃって」
「ありがたいけど、疲れてるでしょ?」
「お隣さんだし、そんな疲れてないし!…それに、」
「それに?」
「――…俺のせいかな、って思って」
 
 
そう言うと、気まずそうに視線を逸らした。私も流石に明後日の方向を向く。そういう発想ね。なるほどね。
 
 
「これは関係ないよ?私の責任」
「いや、でも、なんて言うか…!ごめん!!」
「――謝るの、私の方だよ」
「え?」
「その…ノックしないで開けた私にも、責任あるから」
「そんなの言ったら見てた俺もだし!」
「見るのは自由でしょ」
「いやでも…!」
 
 
バッとこちらを向いた日向とまともに目が合う。日向が目を見開いて、固まった。
 
 
「…ええと、日向?」
 
 
呼びかけるとハッとして「ゴメン!」と叫び、そしてまた目を逸らした。…ほんと落ち着きないな、いや知ってはいたけど。
 
 
「じゃあさ。今回の事は引き分けにしよう」
「名字は悪くない、俺が…!」
「だから、そういうの止めようって。ね?」
 
 
首を傾げるとコクリ、頷いてくれた。早めに解決できてよかった。これで明日の部活で気まずくならないで済む。安心したら急に喉が渇いた気がして、枕元に手を伸ばすと気を利かせた日向がポカリを取ってくれた。
 
 
「ありがと」
「気にすんなって。ちょっと体起こせる?」
「うん」
 
 
また背中を支えられて体を起こす。「慌てなくていいからゆっくり飲みな」という優しい声に甘えゆっくり飲み干して、体を横たえた。
 
 
「…なんかさぁ、」
「うん?」
「こうしてると、日向ってお兄ちゃんなんだなって思い出す」
「思い出すっていうか、兄ちゃんだし」
「まぁね。あー久々になっちゃんと遊びたい」
 
 
高校入ってから部活が忙しくて会ってないなぁ、なっちゃん。本当のお姉ちゃんみたいに慕ってくれるなっちゃんは本当にかわいい。日向は「妹がいたって疲れるだけだよ」とか言うけど、一人っ子の私からしたら凄く凄く羨ましい。
 
 
「ならさ、今度遊びに来ればいいじゃん」
「いいの?」
「もちろん!夏もすごい喜ぶよ!」
「ふふ、じゃあ、余計早く治さないとね」
 
 
食欲あんまりないけど夕ご飯はちゃんと食べよう。そう心の中で密かに気合を入れていると、日向の手がそっと前髪に触れた。あんまりにも恐る恐る触れてくるものだからくすぐったい。でも嫌な感じじゃなくて、不思議と安心感がある。
 
 
「…なにー日向、くすぐったいよ」
「目に入りそうだったから――って、ごめん!」
 
 
閉じかけていた目を開くと、日向の手が行き場を失ったようにふらついていた。そのまま触っていてくれてよかったのに。
 
 
「なにが?」
「ええと、勝手に触って気持ち悪かったかなって」
「気持ちいいよ」
「…え?」
「日向の手、なんか安心して、眠くなる。…もっと触ってていいのに」
 
 
そう言うと暫く「いやでも、」とか何とか言っていたけれど、結局そっと触れてきた。熱で頭は熱いはずなのに、日向の体温は何故か気持ちいい。その熱が頭痛まで溶かしていくみたいだ。くっついた目蓋が重くなって、意識まで溶けて。そのまま私は深い眠りに落ちていった。
 
 
 
 



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