!黒尾が卒業後美容師になっている設定
 
 
 
 
彼氏に振られた。女の子が女の子らしい髪型をしているのが好きな人だった。
元々執着するほど好きという訳でもなかったけれど、高校を卒業してから伸ばしていた髪をバッサリ切る理由にはそれで十分だった。
 
ドアを思いきりよく開くと、甲高いベルの音に中にいた人が驚いたようにこちらを窺ってきた。すみませんね、今虫の居所が良くないんで許してください。
カウンターのお姉さんに先程予約した名字ですが、と告げるとウェイティングスペースに通されてアンケート用紙を渡された。が、なりたいスタイルも何もない。ただ髪を切りたい、その一心で仕事後そのまま夜遅くまでやっているここに来たのだ。
髪で気になるところ、普段読んでいるファッション誌等々の欄を適当に埋め、近くに控えていた美容師さんに渡す。じっくり目を通し、「…名字名前さん、ねぇ」と呟くその人。何だこの人馴れ馴れしいっていうか失礼だな。そう思い見上げるとニヤニヤ笑う見知った顔。
 
 
「ドーモ、今日担当させて頂きます黒尾鉄朗です。…久しぶりだな、名前」
「クロ!?なんで!?」
 
 
思わず叫ぶと「そりゃここで働いてるからな」と一言。いやまぁ、そうだろうけど。美容師やってるらしいとは聞いてたけど、まさかここだなんて思わなかった。
 
 
「…クロがいるって知ってたら来なかったのに」
「何お前喧嘩売ってんの」
「や、違うけど」
「まあ悪いけど嫌でも我慢しろよ、他の人皆指名客ついてるから。ほら、こっち」
「悪いって思うならもうちょっと丁寧に接客してよ」
「…はいはい、こちらへドウゾお客様」
 
 
クロが嫌なんじゃなくて、こんな情けない姿見せたくなかっただけなんだけどなあ。そう思いながら勧められた席に座る。理想を言えば女の人に愚痴りたかったけど、クロにはそんなこと話せないし。噂を聞いたとき店の名前まで聞いておけばよかった。「何鬱々しい顔してんだよ」という言葉に苦笑いしか出ない。
 
 
「ううん何でも。って、私この雑誌あんまり読まないんだけど」
「そういう感じ嫌いか?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあアリだな。自分で買う雑誌読んでたって面白くねえだろ」
 
 
なるほど確かに。見慣れない表紙を開くとベリーショートの可愛らしいモデルさんが幸せそうに微笑んでいた。…これくらい切ったらだいぶ変わるかも。
 
 
「どれか、いいなって思う髪型あったら教えて」
「これ。こういう髪型にしたい」
「あー、これはこの頭の形だから似合ってんだよ。お前は多分合わない」
「…クロ、ちゃんと指名入ってる?その言い方結構傷つくんだけど」
「変に同調して似合わない髪型になる方がダメだろ。それに心配しなくても普通の客には優しーく接してるから、俺は。」
 
 
そうだった、クロは外面はいいんだった。
 
 
「で、他は?」
「ええと、このマッシュルームボブの子とか」
「お前会社で刈り上げとかいいの」
「うっ…じゃ、この子」
「それならちょっとアレンジ入れれば似合うと思うけど…何?ショートがいいの?」
「駄目?」
「駄目じゃねえよ。ちょっと勿体ないだけ」
 
 
――折角伸ばしてるのに、勿体ない。
あいつの言葉がクロの言葉と変に重なってイラッとした。
 
 
「切るって決めてきたんだから、早く切ってよ」
「はいはい。…何、突然バッサリいくとか、男にフラれたか?なんつっ「そうだけど」――お前、いきなり直球で来るのな」
 
 
変に誤魔化す意味もないしハッキリ答えると、饒舌だったクロが黙ってしまった。そりゃ私も単純だなって思うけど、その通りだから仕方ないじゃない。クロは頭を掻きながら掛ける言葉に迷っているようだ。でもその口元は少しニヤニヤしている。
 
 
「あーなんつーか、お疲れさん?」
「…なんか機嫌良くなってない?」
「んなことねぇよ。なら、かわいそーな名前にいいトリートメントサービスしてやろうか」
「何黒尾急に優しくなって。きもちわるい」
「じゃあいらねぇの」
「いる」
 
 
じゃあ決まりだ、とシャンプー台に座らされる。
 
 
「クロはいいよね、どうせ可愛くて気の利く料理上手な彼女いるんでしょ」
「いねぇよ」
「え?」
「前はいたけど別れた。ま、休みも帰ってくる時間もおかしいからな、この仕事」
「それはそれは…ご愁傷様デス」
「お前も機嫌よくなってねぇ?」
「だってその言い方だとクロが振られたってことでしょ?あのクロが女の子に逃げられ、ぐぇ」
「はーいお首苦しくないですかー」
「いや普通に苦しいから!ごめんって!」
 
 
分かったならよし、とタオルとケープを巻きなおすクロの顔は、完全に仕事モードだ。耳元で優しく「倒すぞ」と囁くのはずるい、と思う。自分がいい声をしているという自覚はあるのだろうか…顔に掛けられたタオルが唯一の救いだった。目を瞑っている自分の顔を見られ続けるとか辛すぎる。
 
 
「痒いとこないか?」
「ない。気持ちよすぎて寝そうな位」
 
 
はは、と低い笑い声が降ってくる。
 
 
「寝ててもいいケド?その代わりデコピンで起こす」
「うわークロのそういうとこ変わんないね」
「誉めてくれてありがとう」
「誉めてないし」
「…お前も変わんねぇな」
 
 
もう一度笑ってクロはそう言ったけれど、本当に変わっていないのだろうか。少なくとも外見はかなり変化している筈だ。特に前髪を作らず、大きめのカールをつけた茶色い髪は、たまに会った元クラスメイトにも気付かれない原因のひとつだ。
 
 
「外見は変わらない奴なんかいねぇだろ。俺が言ってんのは中身の方」
「ふうん?」
「じゃ、流すぞ」
 
 
それからタオルドライになっても、クロの手はクロには思えないくらい優しく動いた。さっき言ってた事が本当なら、高校のときのクロにもこんな優しさがあったのだろうか。ここまで至るのにどれくらい練習したのかな、とか想像してしまった。
 
 
「っしゃ、移動すんぞ…って何笑ってんだよ」
「べっつにー」
 
 
 
 






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