「あ、来る!」
「マジか!っしゃ、お前らいくぞ!!!!!」
「ちょっと田中さん声抑えて!バレちゃうから!!」
「ちゃんと行き渡ったか?…来るぞ!」
 
 
扉が開いた、その瞬間。
 
 
「「菅原先輩、ご卒業おめでとうございます!!!!」」
「うわあああ!?!?!?」
 
 
パーンと軽快な音を立てて、皆の持つクラッカーが一斉に弾けた。
バッと見開いた鳶色の目はすぐに状況を認識したのか、ふわりと笑んでいく。…私の大好きな顔だ。
 
 
「うっわビックリしたー!心臓に悪いよこれ」
 
 
責めるような口調だけれど、顔に浮かぶのはいつもの少し困ったような笑みで。それを見ながら私は、あぁ、困った顔も素敵だなぁ、やっぱり好きだなぁ、なんてぼんやり見とれてしまっていた。―――こうしてスガ先輩の顔を正面から見たのって、いつぶりだろう。移動教室のとき偶然、しかも遠くから姿を見かけるくらいだったからなぁ。
 
そう思っている間じっと見つめてしまっていたのだろうか、先輩が私を見て不思議そうに首を傾げる。…いけないいけない。
 
 
「あははっ、先輩、頭に紙吹雪積もってますよ?」
「え、嘘ホント?」
 
 
頭を振るけれど、ふわふわの髪の毛に引っかかって取れない。淡い色の髪にカラフルな紙吹雪が散りばめられているのはちょっと綺麗で、取ってしまうには勿体ない気がする。先輩の頼みを敢えて無視して携帯を構えると、日向君やノヤさんも面白がって俺も俺も!と後に続いてきた。部室にぴろりーん、と気の抜けたデジタル音が響く。
 
 
「ちゃっかり写真撮んなよお前ら!あー取れないマジで引っかかってる…」
「へっへっへー嬉し泣きしてもいいんですよスガさん!」
「しないよ!……でも、何か、上手く言えないけど、…ありがとな、皆」
 
控えめな、でも確実に喜びの滲んだスガ先輩の笑顔。もう、毎日、辛い時皆を支えてくれた笑顔を見ることは、できないんだ。私たちはそれを今更になって痛感した。思わず泣きそうになった日向君を影山君がはたいた。そう、私たちが泣いたってしょうがない。今日は先輩達を気持ちよく送り出すための会なのだから。
 
長いようで短かった部活が終わり、バレー推薦でなく一般入学を選んだスガ先輩の頑張り様は、遠くから見ていても凄かった。
 
差し入れか何か、少しでも応援したいとは思っていたのだけれど、ただのマネージャーである私に大したことなんて出来なくて。かといって、これが初恋である私には、面と向かって告白するなんてことも到底できるはずなかった。結果臆病な私にできたのは、せいぜい近所の神社の学業守を、偶然を装って渡すくらいだった。(それでも全身震えて、顔なんて到底見られなかったけれど)
 
そういえば、その時逃げ帰ってしまってからきちんと話せていない。……重荷にはなっていなかっただろうか。少しでも、先輩の力になっているだろうか。
今更不安になって顔をあげると、偶然スガ先輩もこちらを向いていた。思わずバッと目をそらす。久し振りのこれは…!心臓がつぶれる…!!
 
 
「おうスガ、遅かったな」
「…澤村に旭!お前らもういたんだ」
「いたんだじゃねーよ、さっき俺らもクラッカー鳴らしてやったのに」
「同じ卒業生が祝ってどうすんだよ!って、何これ凄いご馳走だな」
 
 
机の上にはチキンのバーレル、ピザ、ケーキ…などなど、いかにもパーティー感の漂うメニューが並んでいる。ちなみに今日は部室も卒業式仕様で、カラフルに飾り付けられていたりする。
 
 
「皆でお金出し合って、役割分担して準備したんですよ。ビックリしました?」
「したした!ピザなんて、また教頭に怒られなかった?」
「じゃんけんで負けた月島が公園まで行って受け取ってきたんスよ!…やべ、思い出したら笑えてきた」
「…田中センパイそのネタで何回笑う気ですか〜?いい加減引くんですけど」
「え?何々?」
「木のとこに立ってたら宅配の人が気付かず通り過ぎちゃってー、我らが月島クンが慌てて走って追いかけてー、」
「あの時の慌てた顔といったら…ブフォッ!!」
「あああああもう、この程度で笑うとかホント沸点低いデスヨネー先輩方!!」
 
 
皮肉られても全く気にしない龍たちを見ると、時の流れは偉大だなぁと思う。初めはあんなに険悪だったのにね。
 
そのまま流れは同じ1年の影山君や日向君を弄る方向へ変わっていき、2年が険悪な頃の2人をネタにすると「「もうやめて下さい!」」と顔を真っ赤にしてハモり、場はどんどんいつもの明るく騒がしい雰囲気を擁していく。
 
バカ話ばかりだけど、こんなに会話が楽しかったのは久しぶりだ。先輩たちが引退してからどこか足りなかったピースが嵌るように、満足感が心を満たす。先輩の一年の頃や龍・ノヤの入部初期の頃などなど話は尽きず、盛り上がる速度に比例して減っていく食べ物。名字ももっと食べろよ、と勧められたけれど丁重にお断りする。ちゃんと頂いているし、今日はなんだか食欲がない。ポテトのチビた端まで残さずなくなった頃には、外には夕日が射していた。
 
 
「…じゃあ、そろそろ帰ろうか」
 
 
大地先輩の言葉にドキリと胸が跳ねた。
後期試験までもう時間がないから、受ける人は時間を無駄に出来ない。それにこれが永遠の別れって訳じゃない――そんな事は分かっていたつもり、だったのに。いざこうしてさよならが迫ると、わたしは驚くほど無力だった。
 
えーもうっすか?という龍たちの反応もあっという間に制され、大地先輩に同調してみんなが片付けを始める。ゆっくり進めればそれだけ帰りも遅くなるとは思っているのに、もともとそれほど物がなかった部室は、どんどんいつも通りの姿を取り戻していく。
せめて、龍やノヤのように話術が得意ならよかった。そうしたら今だってこんな無言で唇を噛みしめているより、ずっとマシだろう。
 
 
「〜だからそれはさー、な、名字もそう思うよな!?」
「―――…え、と、」
 
 
あ、だめだ、と反射的に思った。
今口を開けば、きっと泣き言しか出てこない。
 
何か、何か明るい返事をしなければ。そう思えば思うほど、なにも出てこない。言葉を詰まらせ口をパクパクさせてしまう私に、当然全員から不思議そうな視線が刺さる。違う、場の雰囲気を盛り下げたい訳じゃない。先輩たちを楽しく笑顔で見送りたいだけなのに、じわり、目頭が熱くなる。…駄目だ、もう、
 
 
「――なぁ、ゴミ袋足りなくない?もう切れちゃったんだけど」
 
 
少し大きめの声が耳をついた。私の大好きな、少し高めの、落ち着いた声。
 
 
「マジっすか!あれ、大目に用意しといたのに」
「あーいいよ、俺飲み物欲しかったからついでに買ってくる。…名字さ、俺今日財布忘れたから、貸してくれないかな?」
 
 
え、と顔を上げると、優しい目が私を見つめていた。
 
 
「さぁ行くぞー」
「え、あ、の、」
 
 
良く分からないまま手を取られて外に出る。少し冷たい風が体を包むけれど、そんな事気にしていられない。私の全ての意識は手首を握る手に集中している。そうして無我夢中でついていけば、体育館の裏にたどり着いた。
 
 
 
 




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