『あ、ぁん…っ!!あぁっ!!』
 
「…………」
「…え、っと、」
 
 
目の前には真っ青な顔をした日向。
TVでは女の子が体をくねらせながら甲高い声をあげている。

…なに、この状況。
 
 
 
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考えてみれば、今日はずっと違和感だらけだった。
 
 
「お疲れ様でしたー」
「あっ、名字!!」
「ん?日向もお疲れさま!汗ちゃんと拭きなよ」
「あっありがと、じゃなくて名字さ、今日帰りどうすんの?」
「どうすんのって…潔子先輩休みだから一人で帰るよ」
「じゃあさ、一緒に帰んない!?」
 
 
正直ちょっとびっくりした。まさか日向がそんなことを言ってくるとは…まぁ、別に断る理由もないし。
 
 
「いいよー、私鍵返してくるからちょっとかかるかもだけどいい?」
「分かった!」
 
 
日向がブンブンと音が出そうな位力強く頷いたのを見て体育教官室に向かう。その途端後ろで「おい日向どういうことだよ!!」という大声と慌てたような日向の声が聞こえてきて少し笑ってしまった。
 
 
「お…っお前名字とそういう…!!??」
「いやっだから違くて!!幼なじみっていうか、その、家が隣同士なんで!!!!」
 
 
日向、田中さんとノヤさんに言ってなかったんだなぁ。
 
 
そう、私と日向はいわゆる幼なじみだ。お隣さんなので小学校からずーっと一緒。流石に高校は違うところにしようかと思っていたのだけれど、私の学力ではそれ程選択肢もなく、結局ここまで来てしまった。でも、いつも一緒にいるかと言われたら話は別だ。小学校では「翔陽くん」「名前ちゃん」呼びだったのに、一度からかわれてから「名字」と名字で呼ばれるようになり、仕方なく私もそれに合わせて、疎遠になって――今に至る。
そういえば言ってなかったし特別親しくしてた訳じゃないから、驚かれても仕方ないなぁ。にしても焦りすぎでしょ、日向。思い出し笑いを堪えつつ鍵を返し、更衣室に急いだ。
 
 
扉を押す腕が重い。流石にいつも二人でやってる仕事を一人でするのは厳しかったなぁ、と溜息をついた。潔子先輩は今日親戚の法事があるので学校自体お休みだそうだ。まぁだから日向と帰ることになったんだけどね。普段は潔子先輩とのんびり帰る。
男子は用意が早いから急がなきゃ、と慌ただしく制汗剤をはたいて制服を身に着ける。シャツが張り付いて気持ち悪いのは我慢だ。鞄をひっつかんで門に行くと、何やら数人集まって騒いでいた。その中心にいるのは日向だ。
 
 
「何話してるんですか?」
「「うわぁぁぁぁ!!??」」
「…そんな驚かなくても…」
 
 
自分がお化けになったみたいでちょっと傷つく。
 
 
「えっと、お邪魔しちゃった?みたいな?」
「いいやあ別に!?なっ日向!!」
「えっあっうん!!ちょっとふざけてただけだし!!」
「?ならいいけど」
「そそそそうだって名字が気にするような内容じゃねえから気にすんなって」
「落ち着けノヤさん!!」
 
 
肩を組んでぎこちなく笑う田中先輩とノヤ先輩と日向。とそれを見て溜息をつく菅原先輩。影山くんは心なし頬を赤くしてなぜかあさっての方向を見ている。
 
 
「あー、ほんとこいつらがバカ騒ぎしてただけだから、気にしないでいいよ?」
「本当ですか?」
「ホントホント。なぁ影山」
「オウソウダッツーノ」
「なんで片言なの」
「じゃあ俺ら帰るから!じゃあな日向ちゃんと名字送ってってやれよ!」
「ちょっ、二人とも!!おれどうしたらいいんすか!!??」
「返すの楽しんでからでいいからな日向!!」
「ノヤっさん!!」
 
 
2人はお疲れさまっしたー!!と叫んで逃げるように帰って行ってしまった。じゃあ俺らも帰るから、と菅原先輩たちも帰ってしまい、日向と二人取り残される。
 
 
「………」
「………」
 
 
まさかの無言。ちらり、顔を伺ってみると真っ赤で口をぱくぱくさせている。金魚みたい。恐る恐る呼びかけるとびくんと体が跳ねた。
 
 
「日向、帰らないの?」
「か、える!」
「じゃあ自転車の鍵外しなよ」
 
 
言うと慌ててポケットから鍵を取り出した。何なんだこの反応。着替えるまでは普通だったのに…やっと鍵を外し終えた日向と一緒に門を出て、並走し始めた。
 
 
 
暫く何か考え事をしていたのか生返事だった日向も、山を下りる頃にはようやくまともに会話ができるようになった。今日の練習はうまくいってたと思うんだけど、何かあったのだろうか。そう問いかけると「え?何で?」といつもの声。いや何でって、上の空だからでしょ。まあ何もないならいいか。
 
 
「そういえば日向さぁ、何か先輩たちに借りたの?バレー雑誌?」
「うえっ!?」
「だからそんな驚くことないじゃん、って日向前!前見て!」
 
 
危うく猛スピードで電柱にぶつかり掛けた日向を止めて、2人で安堵の息を漏らした。
 
 
「うわあああ怖かった…」
「ご、ごめん助かった!」
「ううん気にしないで。練習試合も近いんだから安全運転しなよー」
「うん、気を付ける」
 
 
とたんに神妙な顔になる日向。やっぱりバレーに関する話になると真面目になるんだよね、日向って。そういえばいつだったか突き指したとき死にそうな顔してたっけ。
 
 
「何笑ってるんだよ、今のそんなに面白かった?」
「ごめんごめんそうじゃなくて!…まあ、確かに面白かったけど」
「やっぱそうじゃんかー!うわもうまじ恥ずかしい」
「だから違うって!」
 
 
結局勘違いしたままの日向の機嫌を取りながら走っていると、家の前に着いた。もう着いちゃったのか、と思う自分にびっくりした。思えば小学校以来こんなに長く喋ったことなかったかもしれない。そもそもそれ以来一緒に帰るなんて話も出なかった。
 
 
「じゃ、おれも帰るね」
「うん、送ってくれてありがとね」
「気にすんなって!じゃ、また明日!」
 
 
ブンブンと振られる手に振り返して、私も家に帰る。
 
 
そうして夕ご飯とお風呂を済ませて、宿題しようと机に向かったとき気が付いた。
 
――数Aのワークが、ない。
 
思わず頭を抱えた。うちの数Aの先生は厳しいことで有名である。授業が始まる前に宿題の問題を黒板に書かなきゃいけないけれど、運悪く明日の一時間目だから人に借りても間に合わないし、下手に写し間違いしようものなら酷い追及が待っている。
 
仕方ない、日向に借りに行こうかな…私は溜息をついて部屋を出た。ホントに頻度は低いけれど、こうした貸し借りだけは今まで続いているのだ。経験上この時間日向は寝てるだろうけど、その時はメモを残しておけばいい。確か明日日向のクラスは数A無かったと思う、多分。
 
 
「あんたこんな時間にどこ行くのよ」
「日向に数学のワーク借りに行ってくる」
「あら、じゃあついでに煮物の残り持ってってくれる?」
「んー」
 
 
日向のお母さんはうちの煮物が好きだから喜んでもらえるだろう。
 
タッパを持って外へ出ると、ムワッとした熱気が身を包む。あー早く帰ってガリガリ君食べよう、と心に決めてチャイムを鳴らすと、程なくして扉が開いた。軽く挨拶してタッパを渡すと喜んで中に入れてくれた。涼しい…!!日向のお母さんは早速おすそ分けのお返しを詰め始めている。勝手に部屋に入っていい、ということらしい。じゃあ遠慮なく、ということで部屋に向かう。部屋の位置も昔から変わってないし、ある意味勝手知ったる、である。ノックして、返事を聞かずに扉を開けた。
 
―――今思えば、私はこの時待っていればよかったのだ。
 
 
「ちょっ母さん待ってちょっと待っ…!!」
「日向ー、数Aのワーク貸し…て…」
 
 
 
 
 
『ん…っふ……あんっ!!』
 
 
 
 
 
そして、場面は冒頭に戻る。
 
 
『あ、ぁん…っ!!あぁっ!!』
 
「…………」
「…え、っと、」
 
 
目の前には真っ青な顔をした日向。
TVでは女の子が体をくねらせながら甲高い声をあげている。
 
…ホントなに、この状況。
 
暫くお互いに顔を見合わせて固まっていると、流れっぱなしのTVから一際甲高い声が上がり、2人して跳び上がった。この部屋にこれ以上いちゃ駄目だ、と心のどこかで激しく警鐘が鳴り響く。
 
 
「ご、めん数Aのワーク借りに来たんだけど何かお取込み中?だった?感じで?いやーやっぱ親しき仲にも礼儀ありだよねごめん日向がそんなDVD見るなんて思わなかった!大人になったのねおめでとう日向!でもやっぱりそういうのはヘッドホンつけて夜遅くに見るべきだと思うの!という訳で私は帰ります明日も部活頑張ろう!じゃあ!!」
 
「えっちょっなに聞き取れない、名字!?」
 
 
言うことだけ言って部屋に駆け戻った。ぐるぐる回る頭の中で、分かった事は二つだけ。日向もああいうDVD見るんだということ。そして数Aの宿題は諦めるしかないということ。
 
翌日、私は冗談抜きで熱を出して学校を休んだ。
 
 
 
 
 



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