ちょっと前澤村に指摘されてムッとしたことだけど、本当に私は外面がいい。と思う。
少なくともこんなクソ重い段ボールを笑顔で受け取る程度には。
 
 
「…あ゛ーーーもう!重、いいい!」
 
 
ドサリ、廊下に落とすように降ろして、ついでに私もその上に覆いかぶさるように座り込む。これ絶対明日筋肉痛だわ…乳酸がたまった腕がジンジンする。普段からそこそこ重い物も持ってるからいけるはず!と了承したけど、正直調子乗ったなぁ。苦し紛れで普段部員にしてるマッサージを自分に施す。しないよりはマシだけど、効果なんておまじない程度だ。
 
携帯で時間を確認するとそこそこの時間になっていた。――どうにかして部活が始まるまでにこれを運びきらなきゃいけない。やるっきゃない、と覚悟を決め、気合を入れて荷物を持ち上げようとしたのだけれど。
 
 
「――…よっこらどっこいしょおおお「あっ名前さんオハヨーございます!!」おお…!!?」
 
 
廊下の向こうから田中くんが駆けてきて、思わず持ち上げようとした体勢のまま固まってしまった。今の、聞かれた?恐る恐る顔を伺うと、いつもの変わらない笑顔。
 
 
「いつも部活来んのすげえ早いのにどうしたんスか?てかこの段ボールは?」
「あー…進路の先生に頼まれちゃって。資料を教室まで運んでくれないかって」
「はー、なるほど」
 
 
言うなり田中くんはヒョイ、と段ボールを持ち上げた。私は相当の覚悟と気合を込めなきゃ持ち上げられなかったのに、いとも簡単に。
 
 
「で、どこの教室でしたっけ?」
「…え?あ、3年3組、だけど」
「了解っス」
 
 
人のいい笑みを浮かべてズンズン進んでいく田中くん。背が高いだけあってコンパスが長い。その後ろ姿に慌てて追いついて引き留める。私はしっかりしたマネージャーでなきゃいけない。私が勝手に拾ってきた面倒事で選手に負担を掛けるわけにはいかないのだ。
 
 
「い、いやいやいや!これは私が頼まれたことだし、田中くんは先に部活行って練習しないと」
「いやいやこんなん名前さんに持たせらんねえし」
「私だってこれ位運べるよ?」
「つーか、俺が運んだら早く済むし、名前さんは重たい思いすることねえし、その上いい筋トレになる。ほら一石三鳥メデタシメデタシ!」
 
 
でしょ?と笑う表情は私と違い裏表がなさすぎて、一瞬言葉に詰まってしまった。
 
 
「…潔子に田中くんの事プレゼンしたりしないけどいいの?」
「…!考えてなかったけどそれはちょっと惜しい…!」
 
 
いやでも俺潔子さんとどうこうなりたい訳じゃねえし…!と本気で悩み始めた田中くんに、今回は負けることにした。正直、私一人で運ぶには重すぎたしね。
 
(――…それにしても、)
 
隣を歩く姿をチラリ、窺い見る。
 
 
「うん?何かありました?」
「…何でもないよ、さすが力持ちだなーと思って」
「あー、まぁそりゃ、男ですし?」
 
 
うん、それは分かってる。女の子だったらこんなに腕に注目したり、しない。
 
私が田中くんの体のパーツの中でどこが一番好きかって聞かれたら、何を差し置いてもまず注目してほしいのは、腕だ。
 
バレーボールをやっている分、うちの部員はみんな人一倍素敵な腕筋の持ち主ではある。ヒョロヒョロしたもやし腕なんかいやしない。でも、しかし、その中で。程よい筋肉と骨のバランス。ムキムキでもカクカクでもない絶妙の曲線美!更に、そこに浮き出る、血管…!!全ての均衡がピタリと私の好みと一致するのが田中くんなのだ。旭や澤村はどうもゴツすぎるし、1年の子たちやスガは逆に華奢すぎる。
 
 
「…あのー、大丈夫スか?」
「ん?うん、大丈夫大丈夫」
 
 
頭の8割方あなたの腕のこと考えてるけどね。
それにしてもなんでこんなに腕は人を惹きつけるんだろうか?女の子の腕や足にフェチズムを感じる男の人が結構いるように、自分の腕とは似ても似つかないそれは、フェロモンの塊みたいに感じられるのかもしれない。
 
今の田中くんは暑いのかYシャツの袖を雑にたくし上げて、重い物を支えるために筋肉と血管が強調されて、正直、ほんとうに、素晴らしい。もし写真を撮っていいと言われたらきっとどんなグラビアカメラマンより生き生きとカメラを構えるだろう。構えたい。というか撮りたい。撮らせて下さいお願いしま
 
 
「名前さん?」
「うえっ!!??」
 
 
気が付いたら至近距離に田中くんの顔。どうやらぼんやりしている私を心配してくれたらしいけれど、この状態の私にそれは致命傷だ。慌てて口に手を当てると乾いた感触。どうやら意識は持っていかれてたけど涎は垂らしてないようだ。よ、よかった…!不思議がる田中くんに気にしないで、といつも通りの営業スマイルを向ける。
 
 
「あ、ここの教室!教卓の上に置いといてくれればいいって」
「うぃっス」
 
 
ああもう、そうして重い物を置く動作、ほんと素敵…!ふぅ、と息をつき手の埃を払う後ろ姿がたまらない。もちろんそんな事絶対顔には出さないけど。
 
 
「よっしゃ、じゃあ部活行きますかー!」
「うん!ごめんね、手伝わせて」
「…そんな気にしなくていっすよ?」
「でも、元はといえば私のせいだし」
「あーそういうんじゃなくて、だから――…それ、癖?」
 
 
田中くんは少し眉尻を下げて、くしゃっとした笑みを浮かべて、私の頭にその素晴らしい腕を――手を伸ばす。前髪を掻き上げられて視界が広がった。
 
 
「『ごめん』ってより『ありがとう』って方が嬉しいなー、なんつって。俺が好きでやってんだから、謝られた方が何つーか、気まずいっしょ?そんな気ぃ使わなくていんスよ。」
 
 
それに、と手を離し言葉を続ける。
 
 
「いつも名前さん俺らの為に頑張りすぎだから、ちょっと位甘えてくれたってバチ当たんねえと思う」
「――そう、かなぁ」
「そっスよ」
 
 
そうか、他人から見たらそう映ってるのか。外面がいいだけだし、その上自分の趣味嗜好なんて不純な動機で始めたことなのに。頑張りすぎという自覚はないけれど、私の働きを見ていてくれる人がいたんだなぁ。その上こんな、甘えていいんだよ、なんて言葉まで貰えて。さっき触られた前髪をそっと撫でた。
 
 
「…えと、何て言っていいか分からないけど…ありがとう」
 
 
いつもの私らしくもない、もごもごとハッキリしない言葉だったけれど、目の前の顔がほころんだ。「よくできました!」なんてからかうような声にどっちが年上だよ、と突っ込みたくなる。
 
 
「あれ、もしかして名前さん…照れてんスか?」
「…照れてなんてないし!さーさっさと部活行くよー」
「あっちょっと置いてかないで下さいよー!」
 
 
日頃の行いがこうして報われることってあるんだなって初めて実感した、そんな日。
 
 
 
 
 

みがいてみがいてよりをかけて




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