そうしてあっという間に乾かし終わりカットに入る。バサリと髪の毛が落ちるたび、少しずつ軽くなる頭にワクワクする。完成したらどうなるんだろう、これからは服装も思いきって変えてみようかな。
一方クロは髪を櫛で解かすたびゲンナリしている。最近コンディショナー切らしてたからね…正直私自身もお手上げなレベルだ。特に毛先。鋏を入れた瞬間ギチッと音を立てたのには笑ってしまった。
「お前髪痛みすぎだろ…」
「ウケる?」
「ウケねぇよ馬鹿。あーあ、何回も染め直してパーマ掛けてるからボロボロ」
身に覚えがありすぎるので口をつむった。深い溜息が心に刺さる。
「そんな派手に染めてんじゃねぇし、暫く髪を休ませてもいいだろうに」
「だって、」
「ん?」
「仕方ないじゃん、茶色いふわふわのロングが好みって言うんだもん」
結局、フラれてしまったけれど。主語を伏せたけれど理解したらしいクロは一瞬手を止めて、でもまた何事もなかったかのように作業を再開した。
「…ふーん、俺は好きだったけどな、何にもしてないお前の髪」
「悪かったね今は色々してて」
「…ガチで気づいてないのか、それ」
「何が?」
「何でもねーよ。――ほら、出来た」
完成図はオーダー通りで、でもちょっとだけ長さや鋤き具合が違うから無理なく馴染んでいる。サラリと気持ちよく通る指に思わずクロを見上げると、ニヤリ、猫みたいに得意げな笑みを浮かべている。
「気に入ったか?」
「クロ、凄い。プロみたい」
「まぁプロだからな」
全然私じゃないみたい。でも私らしい。よくヘアアレンジやメイクを魔法に例える人がいるけれど、本当に魔法みたいだ。何故か生まれ変わったような清々しい気持ち。クロって本当にプロなんだなぁと今更ながら実感した。
「さっき言ったこと撤回する。クロに切って貰えてよかった」
「…ホント変わんねぇな、お前」
「え?」
「そうやってバカ正直で分かりやすいところ」
「私今誉められてるの?貶されてるの?」
「そんだけ喜んで貰えたら冥利に尽きるってハナシだよ」
「じゃあ代金まけてよ」
茶化して言うとバーカ、と髪をくしゃりとかき混ぜられた。でも実際そんなに高くないし、今の美容院から乗り替えるのも手かもしれない。
「今次の予約してくと安くなるけど、するか?」
「じゃあ、してこうかな」
クロなら話も弾むし、何より気楽だ。それに次はクロ以外の人に切って貰うのもいいかもしれないし。そう思い快諾すると、小さいカレンダーのようなものが出てきた。仕事どうだったっけ、と慌てて携帯のスケジュール機能を開く。
「これが来月、これが再来月、で、俺ここ休みだからごめんな」
「聞いてないし」
「で、予約ここでいいか?」
また聞いてない…仕方なくクロの手元を覗き込む。示されていたのは、11月17日。
「この日って…」
「丁度スタイル崩れてきてる頃だろうし、俺の指名予約まだ入ってねぇし。どう?」
「この日、クロ仕事なの?」
「まぁな」
「夜まで?」
「基本的にそうだけど」
でも、この日は――クロの誕生日じゃないか。アドレス交換した時誕生日も入っていて、自動的にスケジュールに表示されているから間違いない。休めばいいのに、とは思うけれど、平日だから誰かと遊ぶのも難しいんだろうなぁ。もしかして、だからこの日を選んだのかな。せめて知り合いと話せるように。そう思うと心が弾むようだった。
「いいよ、その日で。今日くらいの時間でもいい?」
「ああ」
「でさ、良かったらなんだけど、終わったら飲みに行こうよ。…ケーキの予約しといてあげるから」
クロが驚いたように顔を上げたので、にんまりと笑って見せる。だって、一人で誕生日ケーキ食べるのも空しいでしょう?そう告げると、「余計なお世話だ馬鹿」とまた頭をグチャグチャにされた。せっかく綺麗になったのに!と訴えると手早く直してくれるのが何だか面白かった。
「ほら、直ったぞ」
「ありがとう。じゃあこれ、お金ピッタリだから。また11月17日にね」
じゃね、と手を振って外へ出て、通路に足を踏み出す。背後で扉を乱暴に開ける音がした。お客さんがビックリするじゃないか。
「クロ?どうかした?」
「ちょっと待て」
「ん?」
「顔に髪ついてる」
クロの手が私の頬をそっと撫でる。さっきまでこれでもかという位触られていたというのに、何故か気恥ずかしい。
「…それだけ?」
「いんや。…最後のお見送りまでが仕事だからな」
するり、手が離れて、髪を一房とった。そのままゆっくりとそこに口づける。いいシャンプーの香りがした。
「またのご来店、心よりお待ちしておりマス。…でも待ちきれねぇから、またメールする。いいか?」
「…それって、私に選択肢、ある?」
ニヤリ、少し目尻を赤くしたクロが、笑った。
それは内緒ということで
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title by HENCE
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