!及川の性格がすこぶる悪い
 
 
 
 
私の幼馴染は酷い男だ。
でもその事を知る人は殆どいない。
歪んだ徹をすべて知っているのは、
私だけ。
 
 
「――…い、たい!」
 
 
グイ、と髪を引っ張られた。容赦ない力の込め方に生理的な涙が滲む。非難するように見上げると、いつもの冷酷な笑みが浮かんでいた。
 
 
「ねえ、なんで髪切ったの」
「なんで、って、伸びてたから」
 
 
ふうん。そう徹は呟いて私の髪をクルクルと指に絡める。
 
 
「にしても切りすぎじゃないの。一瞬誰かと思った」
「…似合ってない?」
「うん。全然。」
 
 
この言葉が何の意味も持たないことを、私は知っている。以前の髪型にした時も、というか髪型を変えるたび、毎回同じことを言われてきているからだ。小学校から12年の付き合いだから、もういい加減慣れた。慣れたはずなのに――ジクリと心の奥が痛むのは何故だろう。
 
少し俯くとそれを許さない、というように顎を掴んで上を向かされる。親指が私の唇をなぞった。
 
 
「あ…」
「その上こんなモノ付けちゃってさ。何急に色気づいてんの」
 
 
徹の親指にはグロスがべったり付いていた。この間友達に貰ったものだ。「名前もちょっとはオシャレしないと」と私に塗ってくれた彼女の笑顔がフラッシュバックする。割とこの色、気に入ってたんだけどなぁ。顔が明るく見える気がしていた。少しは私自身も明るくなれるような気が、していた。
 
 
「ねえ分かってる?どれだけお洒落した所で、しあわせになんかなれないよ」
 
 
ぼやけた視界の中心で、悪魔が笑った。
 
 
「名前はしあわせになんか、なれない」
「――…なん、で」
「それ、聞かなくても分かってるデショ」
 
 
徹は心底おかしそうに笑う。徹が純粋に笑えば笑うほど、私から笑みが消えていくような。そんな気さえするくらい。
夕暮れを映した白いカーテンがぶわり、風を含んで舞い上がった。
 
 
「みんな本当は何とも思ってないんだよ、名前のこと。」
「………」
「同じクラスだから。出席番号が近いから。席が近いから。話しかけてくるから。だから仲良くしてる”フリ”してるだけ」
 
 
言葉とは裏腹に優しい手が私の首の後ろを捉えて、そっと引き寄せた。
徹の言葉と行動はいつも一致しない。どちらが正しいのか、それともどちらも正しいのか見極めるのを止めて、私は目を閉じた。
ゆっくりと顔を離した徹は口端を歪めて呟く。
 
 
「…心から名前のことを想ってるのは、俺だけだから」
 
 
それはプラスの意味で?マイナスの意味で?
聞きたいけれど聞いてしまったら終わりな気がして、私は口をつぐんだ。
整理できない感情はそれでも振りきれて、暖かな滴が頬をゆっくりと伝い落ちていく。
 
―――ピリリリリ、
 
電子音が放課後の教室に鳴り響く。徹は緩慢な動作でそれを取り出した。
 
 
「ハイもしもし。…ああ、終わった?…ううん、全然待ってないよ。…あはは何それ!…あー、これ以上は帰りながら話そうよ。…うん、じゃあ昇降口で待ってるから。」
 
 
チラリ、こちらを一瞬見て、またどこか遠くを見るような視線。
徹の目が愛おしそうに細められる。
 
 
「愛してるよ。じゃあ、また後で」
 
 
電源を切った徹は、纏めてあった荷物を持って立ち上がった。
 
 
「じゃ俺帰るから。暗くなると危ないから、名前も早く帰りなよ」
 
 
そう言い残し、ひらひらと手を振って出て行った。
窓の外を見るともうとっくに日は落ちていて、西の空の端が仄かに夕焼けの名残を残しているだけだった。
 
 
 
 
 
「やーお待たせお待たせ!岩ちゃん待った?」
「待ってねーけど、お前どこにいたの?」
「んー?…教室だけど」
 
 
ニヤリと笑った俺に、岩ちゃんは何か察したらしい。
 
 
「…お前さ、…あー、まぁ、いいわ。俺が出る幕じゃねーし」
「物分かりが良くてスキだよ岩ちゃん」
「そういうのヤメロっつってんだろ気持ち悪ィ。電話の時も言ってきやがって」
「あの時は、名前が居たからね」
 
 
肩を組んだ俺の腕を叩き落として、溜息をつく岩ちゃん。
 
 
「お前、案外酷いのな」
「まぁね」
 
 
 
 
 
私の幼馴染は酷い男だ。
 
でもその事を知る人は殆どいない。きっと、徹の彼女でさえも。
 
歪んだ徹をすべて知っているのは、私だけ。
 
――でも、そのことを、嬉しく思う私もいて。
 
ああ、私も大概歪んでる。頬を伝う涙をそのままに、拭われたグロスを塗り直して、電気を消した。
 
 
 
 
 

 

(囚われているのはどっち?)

 
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title by 舌唇



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