私の恋人は努力家だ。人に厳しく自分にも厳しい姿は、なるほど横暴で王様然として見えるけれど、話してみれば何てことない普通の男子高校生だった。彼の能力は、持ち前の才能以上の努力によって出来ている。そんな人間に一番近くにいることを許されているのは、少しくすぐったいけど、心から嬉しい。
 
けれど、その努力をこんな面で見せつけられるのは、複雑な気分だったりする訳で。
 
 
 
「…ん…ふ、ぁ」
 
 
甘ったるい声が部屋に響いて赤面した。駄目だ、最近本当に声が押さえられない。いよいよ呼吸がままならなくなってきたので幾度目かのタップをするとやっと唇が離され、一息。長い。長すぎる。
 
 
「は、…」
「ごめん、長すぎた」
「…それは、分かって、る」
 
 
平然とする飛雄が少しムカついたので、足を軽くつねると不満そうな声が上がった。当然の報いだ。
 
 
「加減してって言ってるのに」
「だから悪かったって。つか、誰もいねーし声押さえんなよ」
「そ、そういう問題じゃないの!」
 
 
いくら飛雄のご両親が旅行で帰ってこないにしても、何というか、人の家でそういう声を出してしまう事自体が恥ずかしい。
 
 
「…もっとエロいこともしてんのに、何を今さ「うわああああ!!!」
 
 
言葉にされると余計恥ずかしくなって、飛雄の口を手でふさいだ。付き合った当初はこんなんじゃなかったのに、何でこんなことに。睨まれているのを自覚しつつ溜息をついた。
 
 
バレーで忙しい飛雄はあまり"そういう"経験がなかったらしく、初めの頃は手を繋いだだけで耳を真っ赤にしていた。
正直私も似たようなものだけど、『女の子の方が知識はあるっていうし、私がリードしてあげなきゃ!』と思っていた、のに。
 
 
「ひゃ、あ!?」
 
 
掌に生暖かい何かが触って、ゾクゾクと背筋が震えた。反射的に手を離すと、舌で唇を舐める飛雄。この人、舐めたよ、私の手。なに満足げな顔してるの。何か言ってやりたいのに声が出ない。
 
 
「鼻まで塞がれたら息出来ねぇだろ」
「あ、ごめん。じゃなくて!!」
「何だよ」
「――…もういいです…」
 
 
言いながら床にへたり込んだ。初めは同じくらい下手くそだったのに、いつの間にこんな差がついたんだろう。歯をぶつけてた頃の飛雄はどこに行ってしまったの。
 
 
「飛雄さぁ、何でそんな上手くなったの」
「上手い?なにが?」
「その、…キス、とか」
 
 
告げると納得するとともに眉間に皺が寄った。一見怒っている様に見えるけれど、違う。これは照れている時の顔だ。
 
 
「下手なままよりいいだろ」
「だって、なんか飛雄ばっかり余裕だし。」
 
 
私だって応えようとしてるのに全然上達しない。と言うか、たまに不意打ちで私からしても100%飛雄のペースに乗せられてしまう。そうなれば、後は声を我慢しながらの呼吸で精一杯だ。

何か一気に上手くなるコツとかないのかな、と呟くと、飛雄が吹き出した。
 
 
「お前が急に上手くなったら怖ェよ」
「飛雄は急に上手くなったじゃんか」
 
 
いつも一方的なんて、何だかずるい。すると、何か思い付いたらしい。少し見上げる位置にある口角がいやらしく上がった。
 
 
「じゃあ、練習するか?」
「え、」
 
 
ぐん、と引き上げられ、気が付いたら飛雄の膝の上で向かい合う様に座っていた。
 
(う、わぁ)
 
いつも見上げる顔が、少し見下げるくらいの位置にある。こうして見ると飛雄のまつげ長いなぁ。思わずしみじみと見つめていると「ほら」と急かすような声が掛けられた。
 
 
「しねぇの?練習」
「へ?」
「こんなもんスポーツと一緒で、回数こなした方が上手くなると思うけど」
「そ…そういうものなの?」
「…多分」
 
 
返事は曖昧だったけど、確かにこれはいい機会だ。普段は私が目一杯背伸びしても届かないけれど、この体勢なら余裕がある。――ゴクリと飲み込んだ唾の音は飛雄に聞こえてしまっただろうか。
 
 
「…私がしていいの?」
「嫌ならいいけど」
「飛雄、大人しくしてる?」
「俺からは動かないから好きにしろ」
「…じゃあ、目、閉じて」
「ああ」
 
 
スッとまぶたの降りた飛雄の顔にドキドキした。こんな顔、あんまり見たことない。深呼吸して、いつも飛雄がしてくれる時を思い出して、口づけた。
 
 
「…ふ、」
 
 
キスって、する方もこんなに緊張するものだったっけ。思わず軽く触るだけで離れると、器用に薄く片目を開いた飛雄と目が合った。
 
 
「もう終わりか?」
「…まだ、だから、目」
「ハイハイ」
 
 
閉じられたのを確認して再チャレンジ。いつもの柔らかな暖かさを感じながら、次はどうだったっけ、と考える。正直これだけでも満足だし心臓が爆発しそうなのだけれど、頭をフル回転させる。
 
(確か髪とか耳を触って、角度を変えて…)
 
自分がされて気持ちよかった事を思い出しながら首の後ろに手を伸ばすと、合わせた唇が少し震えた。少しは気持ちいいといいんだけど。というか、じゃなきゃ頑張ってる意味がない。
 
唇を食んでみたり、髪を逆立てるように撫でたりしていると、は、と飛雄から熱い吐息が漏れる。上手くいっているのか?と恐る恐る舌で唇をなぞると、薄く開かれた。これが入ってもいいという合図だという事は、知っている。
 
 
「……ん、ぅ」
 
 
そっと舌を入れて、飛雄の舌を探る。あった。でもそこからが分からなくて、チロリと舐めて引っ込めようとした時。向こうから絡み付いてきて、思いっきり吸われた。
 
 
「〜〜!!!」
 
 
思わず目を開けば目が合った。まさか、ずっと見てたなんて事、ないよね。そう思った瞬間飛雄の手が首筋をなぞり、ぎゅっと目を閉じた。
 
熱い舌が私の口内を好き勝手に暴れ回り、確実に快感が引き出されていく。手を舐められた時以上に背筋がゾクゾクして、たまらない。どうにか首に回していた手で飛雄の背中につかまった。ジャージのつるりとした表面が憎らしい。歯列をなぞられ、頬の裏をつつかれ、唾液がどちらのものとも分からなくなったところでようやく離された。お互いの唇の間を繋ぐ銀糸が、酷く劣情を掻き立てる。
 
 
「ぷ、は…っ」
 
 
酸素不足にあえいでいると背中をさすられる。やっとの事で顔を上げると、飛雄は手の甲で唾を拭っていた。斜めに見上げてくる目線が艶っぽくて、直視出来ない。
 
 
「動かないって、言ったのに」
「『俺からは』って言ったろ」
「…ずるい」
「手本見せてやっただけだし、それに、」
 
――気持ちよかったろ?と囁く飛雄は、やっぱり王様かもしれない。私が逆らえないって知ってる癖に。
 
 
「飛雄のばーか!屁理屈!エロ!!!」
「馬鹿って言った方が馬鹿ダロ」
 
 
真っ赤になった顔では威力なんてないって分かっているけれど、目の前の飛雄を睨み付けると、ゴクリと唾を飲む音。…唾を飲む?
 
 
「…それ、わざと?」
「何が?」
「なぁ、もう一回手本見せてやろうか」
「えっ、ちょっ、…んー!!」
 
 
ああもう、この愛すべき王様に勝てる日なんて一生来ないんだろうなぁ、なんて。さらわれていく意識の隅で、ぼんやり考えていた。
 
 
 
 
 
キスして


((いつも負けっぱなしなのは))
(私の方)(俺の方)




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