久々に長い休みが貰えた。目の前にあるこの書類の束さえ片付ければ、素敵な素晴らしい私のバケーションが始まる。以前の長い休みはニューイヤーの前後一週間、今は十月の半ばであるから単純に計算して十ヶ月ぶりの休みだ。これが楽しみじゃないわけがない。 鼻唄を歌い出したくなる陽気な気分で、私は次々と仕事を捌いていく。 現在午前四時、飲みに誘ってくる有り難いが、正直面倒な上司も今日は居ないし、早めに終わらせて家に帰ったらとにかく寝よう。 だって十ヶ月ぶりの穏やかな休息だから、少しでも長く味わいたいものなのだ。
とんとん、束になった分厚い書類を綺麗に揃え、大きなクリップで纏め、それをデスクに放り投げる。 重みのある音を立てて木製のデスクに落ちたそれに周りは目を白黒させて、そうして妙に上機嫌な私を見て成る程と言ったように笑い各々の仕事へ戻っていった。 左腕に巻かれた腕時計は午後五時四分前、我ながら自分の仕事っぷりに惚れ惚れする。 固まった肩や首をくるくると回して凝りをほぐすとパキパキと小気味の良い音が聞こえた。
何発か撃ってから帰ろうかな。
早めに終わらせて帰ろうとしていたものの、いざ終わらせてしまうと何だかもう少しここに居たくなってしまった。 随分な仕事大好き人間になったものだと、息を吐きながら「じゃあ、私帰るけど何発か撃ってからにするわ」と周りに声を掛けいそいそとロッカールームへ向かった。 久しぶりの休日の前に、久しぶりの射撃訓練。休み中に何か新しいことを初めてリフレッシュしてみようかなと思ったものの、どうせ三日坊主だと諦める。
でも、まあ、なんかこんな日に新しい出会いとかあったら素敵なんでしょうね。
コツコツヒールを鳴らし、廊下を歩く。 一人で一週間近い休日ってのも寂しいよなあ、せめて友達が不規則な休みに付き合えるような仕事をしていればまだ良かったのかもしれないのに。 そんな不毛なことを考え、止めた止めたと頭を降る。とりあえず今日は訓練をして帰って、明日は朝遅くまで寝よう。
そんな些細なお願いが何一つ叶えられることも露知らず、私はロッカーの鍵を開けたのだった。
「げ、クリス隊長」
私の相棒を肩に担ぎ、のそのそ訓練場に入ると、そこには居ないと思っていた上司、クリス隊長ともう一人、知らない男性が並んで談笑していた。
(誰だろう、この人)
パッと見、ここの隊員であることは分かる、けど彼は一体……。
前髪をワックスか何かで盛っているのだろうか、上にぴょんぴょんと跳ねていて何だか可愛い。左顎辺りに二つ並ぶ黒子に、人の良さそうな表情、そしてなにより力強そうな、意志のはっきりしていそうな目。 同い年、か年上。年齢は私と同じくらいだろう、身長は隊長と同じくらいだから180と少し程、か。
「げ、とは酷い挨拶だな、シェーナ」
「……やだなあ、隊長。そんなこと言ってませんよお、耳が遠くなったんじゃあないんですか? だから飲みに行くの控えましょうよう。隊長、もう良い年でしょ?」
私がじっと隊長の横に居る男性を見ていたせいで少し反応が遅れてしまった。 そこを目敏く悟った隊長はスッと彼を指し「コイツはピアーズ・ニヴァンス、俺たちの家族だ」と私に、ピアーズと呼ばれた彼には「彼女はシェーナ・リンクス、一年ほど前に俺がスカウトして入隊したんだ」と紹介した。
ピアーズ、ニヴァンス。……ニヴァンス?
「ああ、無人デスクの引きこもりの人」
「お前同僚をなんて覚え方してるんだ」
私のデスクの右隣は、何時も人が居なくて、まあ、引きこもりというのは冗談として、聞けば私の実戦任務と隣のデスクのニヴァンスさんの実戦任務はスレ違いばかりだから会う機会がないのだと言われていた。 成る程、それが彼。 隊長が家族と言うことはつまりあれだ、私たちの部隊のメンバー、ということなのだから警戒する必要はゼロ。 私は肩に担いでいたライフルを下ろすとへらへらと彼には近付いた。
「はじめまして、サー。シェーナ・リンクスです」
「サー、だなんて畏まらないでくれよ、ピアーズで良い。よろしくな、シェーナ」
「それもそうだね、よろしく、ピアーズ」
中々、好感の持てる人である。 いや、中々なんてレベルじゃないな、かなり好感を持てる人だ。
右手を差し出してきてにこにことしているピアーズのそれを両手で掴み、いい人に出会ったと、高揚した気持ちを抑えずブンブンと上下に激しく振る。
「きっと私、ピアーズと良い関係を作れる気がする。本当に、よろしくね」
私の挨拶に驚いたのか、笑顔を崩し、ぽかんと可愛らしくこちらを見つめる彼に、くすりと笑みを溢し更に力を込めて手を握った。
「お、そうだ。シェーナ、明日から休みだろ?ピアーズもそうなんだよ」
暫くピアーズとお喋りしたり(途中、妙に隊長の茶々が入ってきた。きっとあの人は何か勘違いしている)、本来の目的である射撃訓練をして(ピアーズの腕前が私なんかじゃ及ばないレベルでびっくりした)、さあ帰ろうと踵を返した時だ。 隊長が私を呼び止めるように声を掛け、正直なんと答えたら良いのか分からないネタを伝えてきた。
「あら、奇遇。隊から二人も休みで抜けて大丈夫なんですかあ?」
「ああ、ピアーズは任務帰りでな、最近俺たちの部隊が働きすぎだって各支部から長期任務後は少なくとも二日は休めって言われたんだ」
「そうなんですねえ…確かにまあ、私たち休みっていう休みが無いですから」
それが当たり前だと思っていたが他の地方ではそうじゃないみたいで、なんだか複雑な気分である。
「そして俺も任務帰りだ」
人が複雑な気持ちでうんうん考えているのに、隊長はそのまま満面の笑みでそう言った。
私も、隊長も、そしてピアーズも明日は休みなのか。 あれ、これはもしかして飲みのお誘いじゃあ……。
「あの、隊長、今日私早く帰りたい、」
「三人で飯でも食いに行こう!」
人の言葉を遮って、隊長は満面の笑みのまま、案の定飲みに誘ってきた。 うーん、良い笑顔。私はなんやかんやで隊長にねだられると弱いため、こうなったら断るに断れない。 どうしようと、ちらりと隊長の隣に立っているピアーズに視線を向けると、彼も彼でまた良い笑顔で隊長に目をやっていた。
まったく、二人とも乗り気なら、私も乗るしか無いじゃない。
「誘ったからには奢ってくださいよお」
「勿論だ」
早く自室のベッドに身を寄ることは出来ないけれど、まあ、ご飯を奢ってもらえるならそれで良いか。
今は七時。十一時までには解散するだろうし、日付が変わる前に家に帰り、シャワーを浴びてそのまま眠ろう。 そして帰り際にでもピアーズの連絡先でも聞こう。なんたって私たちは家族なのだから、連絡先の一つや二つ、知っておくべきだ。
よし、これで今夜の予定はこれで完璧。
「じゃあ私、着替えてきますねえ」
次第に私も乗り気になってきてお気に入りの歌を口ずさみながら、私は相棒を担ぎ、訓練場を飛び出した。
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