story | ナノ







木下先生ごめんなさい。



 きっかけは担任の安藤先生のお願いだった。
……いや、終業式が終わりホームルームが終わり、今日から夏休みだ!!と隣の席の勘右衛門とはしゃいでいたせいかもしれない。
とにかく、夏休みマジックに半分ほどかかっていた私たちに安藤先生は爆弾を落としていったのだった。


 「これを届けて欲しいのだがねえ……」


名前も聞いたことのない学校の名前が美しいご達筆で書かれたA4サイズの茶封筒。
まさかインターネットやら郵便制度が発達しているこのご時世、この中にある書類を届けて欲しいとか言うわけねえよな、とちょっぴり思いつつ先生の顔を伺うと案の定嫌な勘が当たってしまう。


 「これ、地図だから!まっ、よろしく頼んだよ!!」


そうして顔を引き攣らせる私たちを他所に先生はお願いごとを押し付けると、いやだー!!あついー!!と喚く私たちを無視して大層身軽に生徒の人ごみにまぎれて逃げていったのだった。

忍者かよアイツ。いやいや絶対前世忍者だよあの人。
なんて勘右衛門と愚痴りながらも、仕方無いこうなったら腹を括るか、と先生の美しいご達筆で書かれた地図を見れば、私たちがこれから行くべき学校は、ここの最寄り駅からローカル線に乗り換え、電車で一時間ほど揺られた場所にある小さな中学校ということが分かり……。


 「やだ俺帰る!!!」


 「私は貴様を許さない……。か・ん・え・もぉーん!」


あまりの遠さに嘘でしょと叫ぶ私たち。それでも結局行かねばならないのには変わりなく。帰ってきたら絶対安藤先生の愚痴を彼と仲の悪い土井先生に言ってやろうと小さく決意したのであった。
因みに逃げ帰ろうとした尾浜氏は引き摺って無理矢理連れていくことにした。








 なんやかんやで頼まれ事を済ませ、帰るために先ほども通ったあぜ道をノロノロと練り歩く。
頭の上でぎらぎらに照りつけてくる太陽が少しずつ私の元気を削ぎとっていき、正直言わなくても普通にしんどい。
因みに隣でエナメル製のバッグを肩にかけた勘右衛門は煩わしく、忌々しい太陽を呪い殺さんとせんばかりに眉間にしわを寄せ、空を睨みつけていた。


 「あつい。アイス。愛してる」


 「そんな勘右衛門君にびっくりニュース!最寄りのコンビニまでここから徒歩20分でございますぅ!!」


 「きゃあ!なんてことでしょう!アイスゥゥゥゥゥゥゥ」


 誰も居ないあぜ道を歩いていてよかった。
すっかり頭を沸かせてしまった高校生の気が狂った姿なんか誰も見たくないし、見られたくないから。
私と勘右衛門は阿呆みたいに叫び、ダウンしては叫び……を繰り返しながらのろのろ進む。
気づけばお互いアイスアイスとしか呟けなくなったそのとき、やっとこさ姿が見えた水色の看板。


 「勘ちゃん…!あれ!」


 「ああ、なまえ!あれは!」


ローソンだあ!と声を合わせると、いつのまにか何の違和感も無しにお互い手を取り、そうして猛ダッシュ。
私はすっかり疲れきってしまっていたのに、勘右衛門はまだまだ体力があり余っていたようで快活な笑みを浮かべながら素晴らしい走りを見せた。


 「はっ、速いよ!勘ちゃん!」


 「ごめんごめん、でもあとちょっと!」


こいつこそ前世が忍なんじゃねーのかよ、と思ってしまう身軽な走りについていくのがやっとで。
でも五分程度でコンビニに着いたのはとっても有り難かった。(ことにしておく)


 「お疲れ、なまえ!」


そして、勘右衛門が無駄に輝いて見えるのは多分これ、夏マジックのせいだ。ていうかまだ手繋ぎっぱなしだしこいつ離す気無いでしょうまったく……。


運動以外の原因で顔を真っ赤にさせたのを隠すように勘右衛門を引っ張って自動ドアをくぐる。
ガンガン効いた冷房に感動している奴を尻目に、やっぱり駄目だ、夏マジック強すぎる、とこの気持ちを割り切ることにした。








 赤い空を見上げていたら小さな黒い何かが飛んでいるのが見えた。それはジジジと音をたてながら木に張り付き、静かにカナカナと鳴き出した。


 「ひぐらしだ」


さっき買ったアイスの残骸(キャンディの棒)をくわえた勘右衛門が生気のない声でつぶやく。


 「夏だね」


 「だねぇ」


 「もう夕方なんだけど」


 「あーあ、学校に着いたら土井先生とお話しようと思ったのにぃ」


 「俺じゃだめだった?」


 「……べっつにぃ」


少しの沈黙。繋がれた手はまだ離されずにいた。
もうすっかり照れなんか無くなってて、ぎゅっぎゅっと勘右衛門の手をリズミカルに握りしめて離してを繰り返して遊んでいると、勘右衛門は糸を紡ぐようにしっかりと話はじめた。


 「夏休み、たまに会おうよ」


 「……別に、良いけど」


 「海とプールどっちが良い?」


 「水着ない、山が良い」


 「山って、いや、山も良いけど……。

でもそうだな、あんまなまえの水着姿他の人に見られたくないしなあ」


 うわあ、尾浜さんったら随分な殺し文句。

 また真っ赤になった顔を空いてる方の手で押さえ、カナカナと鳴くひぐらしの声に出来る限りの意識を飛ばす。


「照れちゃって、かーわいい」


勘右衛門ばっかり余裕でむかつく。何か言い返してやろうと火照った頭でぼんやり考える。
でも、俺、期待して良いんだよね?と言われた言葉には、悔しいけど頷くことしか出来なかった。







尾浜と夏シリーズその1