story | ナノ







(現パロ。年上イドルフリート)


 眼鏡が壊れてしまった。まだ買って一年もたっていない眼鏡が、だ。果たしてこれは誰に怒れば良いのだろうか。冬の寒さと相まってわたしは今、非常に遣る瀬無い思いで胸がいっぱいである。
泣きたい、とにかく泣きたい。悲しすぎて屋上ダイブをしてしまいたい。そしてそのまま眼鏡を壊してしまう前の時間に戻れたら良いのに。
そんなことを思いながら涙の代わりにため息を吐き出し、つるが折れた眼鏡を握りしめ、背中を丸めたまま校門を出た。
このあと予備校に行かなくてはならないのに、眼鏡が無いとなると不便だ。
予備の眼鏡、家にあったかなあ。

「何かあったのか?なまえ」

とぼとぼとぼとぼ、そしてのっそりと帰っていたら、ふいに後ろから声をかけられた。久しぶりに聞いたような気がする、それでも耳慣れた声だった。

「あぁ、イド、こんにちは。ちょっと今日はブルーなんだよ」

振り返れば案の定想像した通りの人がいて、自然と口から言葉が湧き出てくる。
ふらりと散歩していたらわたしを見つけ声を掛けたのだろう。久しぶりに会ったイドは相変わらず大きくて、彼は遥かに小さなわたしに気を使ってか覗き込むようにして目線を合わせた。無駄に紳士な行動である。(彼の小さな優しさに乾杯)
すると彼は普段一文字に結ばれている口をポカンと開き、そして「コンタクトに換えたのか?」とアホ面のままそう言った。

「ちがう、馬鹿。眼鏡さっき壊れたの。というか久しぶりイド」

どうせ笑うんでしょうが!と可愛くないと万も承知でぶすくれながら返事を返す。すると、案の定彼は「残念だったな」と朗笑した。わたしが大袈裟ながらも不幸だと嘆いているのに幸せそうに笑う彼が少し苛立ってしまう。

「なんでそんなに朗らかなの」

「そんなの決まっているだろう。低能な君が落ち込んでいるのを見るのが楽しいからだよ」

「つらい、イドが辛辣過ぎてわたしもう受験落ちる」

「馬鹿言うなよ、唯でさえ干物な君が浪人でもしたら人として終わってしまうぞ」

「馬鹿!少しくらいネガティブにさせてよおっぱい星人!」

「うるさい黙れ低能が。お前におっぱいを語る資格はない」

「今の着眼点そこ!?なんかずれてない?」

「ふん、君のことだから大方自分で踏みつけて壊したんだろう?だから君は貧乳なんだ」

「柔らかさなら負けない自信があるから良いんだよ」

「揉むぞ」

「イド一応ここ学校の近くなんだけどセクハラ止めよう」

「何を宣う。君は私の物だと言うのを忘れたのか?」

「何を宣いますか。このロリコン。社会的に消してやろうか」

「────ふん、」

あ、勝った。
一分弱の短い応酬。これは顔を合わせる度に行う、ある意味わたし達の恒例で。
滅多に勝てないけれど今日はロリコンの一言で勝ったみたいだ。やった、アイムウィナー。
鼻をすんと鳴らし、そっぽを向いたイドに少し優越感。鼻を明かすと言うのは気持ちの良いものだ。

「少し口が回ったくらいで調子に乗るなよ低能め。帰るぞ、良いか?今日の授業は休み給え」

「えっなんで?」

「話がある。それと、眼鏡。これを機にコンタクトにしたらどうだ」

「わかった。けどコンタクトは無理、駄目、入れられない」

「少しくらい耐えてみれば良いものの……」

そう言ってイドから然り気無く差し出してきた手を握り、家路につく。
成る程、今イドがここに居るのは意図して来たことなのか。

──わたしに会いに来たのかな。

改めてイドという男を想うと、なんだか全身がむず痒くなり逃げるようにマフラーに顔を埋めた。