story | ナノ







 わたしには、竹中半兵衛くんという素敵な友人が居る。
彼はまるで人形のように綺麗な男の人で、頭も良く、温厚でそれでいて冷静な性格をしている、完璧の代名詞みたいな人である。
そんな彼を、わたしはとても寂しい人だと思う。それは只単に彼に気兼ねなく付き合える友人が居ないせいか、それとも彼が誰に対してでも壁を隔てて接しているせいなのか、高校に進学してから二年と半年ほど彼と付き合ってきたが、とにかく様々な事柄、あるいは直感で、わたしは彼を寂しい人だと思ったのだ。
 きっと彼のことを知る人は皆一様に彼は良い人だと、素敵な人だと、又、これに近しいことを言うだろう。
文武両道、男性にして容姿端麗という言葉が似合うほど美しい姿。温厚誠実の定評の通りに穏やかで、それでいて人情に厚い。
先も言った通り完璧の代名詞みたいな人なのだから。
そんな彼に憧れを抱く人は少なくない。現にわたしの周りには彼に惹かれている人が大勢居る。
彼自身も世間からの評価に満足をしているらしいし、特に生活に苦しんではいないようだ。
それなのに。なぜだろうか。一見、彼は普通より出来た、世俗的に言うと勝ち組に属す幸せな学生であろうに、わたしは彼を寂しい人だとしか思えない。
 なぜだろう。彼には何が足りないのだろう。気兼ねなく接することが出来る友人が居ないからだろうか。だが彼には気兼ねなく接することこそは出来ないが、価値を共有することができる友人が居る筈だ。誰に対しても壁を隔ててから接しているせいだろうか。だがそんなことは誰しもしていることで、別に彼に限ったことではない。むしろ社会に出る上である程度は必要にもなる筈だ。
なぜ、彼は。どうして。
このようにしてわたしは、最近は専ら意中の異性を思うように、竹中くんのことを考え、竹中くんのことで頭がいっぱいになっていた。
そんなとき、偶然にも彼と話をする機会を得たのは少し臭いが、運命かと思うほどわたしにとって好機だった。
だからわたしはそのことを、つまり君は寂しくはないのか、と話の途中で彼に尋ねてみたのだが、すると彼はいつも浮かべている艶かしい笑み崩し、冷然とした目でわたしを見つめ、はっきりとこう言ったのだ。

「それを知って、君はなにができる?」



 竹中くんと最後に話をしてから既に一ヶ月は経つ。彼と付き合って二年と半年の間、それなりの間隔で彼と顔を合わせていたのにも関わらず、この一ヶ月、一度も見掛ける事はなかった。それはきっと彼に意図的に避けられてるせいだと思う。
噂によると彼は一ヶ月、学校にも顔を出していないらしい。
もしそれが本当だとしたら、もしかしなくともわたしのせいだよなあ。とも思ってしまうのだ。
でもわたしはわたしで、彼が言った言葉と、あの冷たい目はあの日以来ずっと心に圧し掛かっているというのに、わたしが聞いた寂しくはないのかという答えはまだ返してもらってないというのに、彼は一度もわたしと会おうとしないことには抗議をしたい。
だって彼は地雷を踏まれたからって、わたしから逃げているようじゃあないか。
それって、少しずるい。



 更に一ヶ月が過ぎた。竹中くんと最後に会ったのはもう二ヶ月も前なのかと思うと、二ヶ月とはこんなにも長いものだったか、と考えてしまう。
この二ヶ月間、わたしは彼のことを考えない日はなかった。
こうして彼のことばかりを考えていると、授業と授業の間の休み時間や、寝る前の布団を被り微睡んでいる瞬間。そんなとき、短い映画のように竹中くんあの言葉と冷たい目がわたしの脳裏を過るのだ。

「それを知って、君はなにができる?」

何度も何度も思い出す度に、最近では我ながらあの質問は傲慢な物だと思うようになった。
やっぱり彼に、謝りたいと。そして、わたしの「寂しいの?」という質問を聞き直す前に、彼の質問に答えよう、と。
けれど相変わらず彼は学校にも、誰にも顔を見せずに居るらしい。
竹中くんに、会いたいなあ。
彼と会って、謝って、仲直りをしたい。この件はおそらく、喧嘩みたいなものだから、仲直りをすればまた以前のように付き合うことが出来るだろうと信じて。



竹中くんと最後に会ってから三ヶ月が過ぎた。もうすぐセンター試験があるというのに、彼が学校に来たという話は一度も聞いていない。
しかし、私は先日、大変なことを聞いてしまったのだ。

それは竹中くんのことは少しだけ、ほんの少しだけ忘れて勉強に励もうとしたその日のことである。
わたしは赤本を抱え、職員室まで分からない問題を今さらながら、聞きに行っていたのだが、そのとき竹中くんに関するたいへんなことを聞いてしまったのだ。
結果から言うと、彼は今、病院で寝たきりになっているらしい。
肺を三ヶ月程前から患っていたそうで、空気感染をしてしまうからという理由で強制入院、今に至る。とかなんとか。
偶然、先生たちのしていた世間話を耳にしたわたしはそのニュースに大きな衝撃を受けてしまった。

────そんな、竹中くんが。

衝撃を受けたのはそれだけではない。彼らは竹中くんの生い立ちまで話していたのだから、それに関しても十分に衝撃を受けた。

彼ら曰く、竹中くんは両親に捨てられたらしい、所謂捨て子。らしい、のだ。
そんな竹中くんは幼い頃より、母方の祖母に世話になり二人暮らしをしてきたという。
わたしたちの学年の数学を受け持つ教師がその話をしていて、最後に可哀想だよなあ、と他人事のように言った。
確かにそうですよねえ。今年から教員として働きだした若い女性教師の声が廊下にまで響く。
それで?彼の両親は何故捨てたんですかね?
ああ、それはだな……。


───そこでわたしが無意識に持っていた本を落としてしまい、そのせいで先生たちがわたしに気が付き、話を止めてしまった。
チクショウ、もう少しで核心を聞けたかもしれないのに。
内心でそう思いながらも、実際小心者なわたしは「失礼しました!!」と適当に謝り職員室前から逃げ出すことしか出来なかった。




 竹中くんが、捨て子。
あまり良い言い方ではないだろうが、先生たちの話を聞いた限り、捨て子と呼ぶのが一番しっくり来る。
その事実はこの三ヶ月間、竹中くんが誰にも顔を見せなかった、肺を患って入院しているという理由よりも衝撃的だった。
失礼だと、少なからず竹中くんを哀れんでしまっていると思いつつも、ドラマみたいだと思ってしまう。
ああ、彼は、わたしが今まで焦がれていた彼に、そんなことが、あっただなんて。
わたしが投げ掛けたあの質問は、やはり彼にとって大きな地雷だったのだろう。
今、どれほど自分が恵まれていても、過去は、どうしようにもできないことがある。
彼は常に、幼い頃より両親に捨てられたという寂しさが付きまとっていたに違いない。けれどもそれはどうしようにもないことで。
そのことを、例え経過を知らなかったにしても、ぱっと出の適当な女に突かれたのだ。
ああ、彼からしてみればわたしはただの、偽善者で滑稽な、馬鹿な女。
こうして考えていると、竹中くんのことを知ることができた。と浮かれていたのが、萎えてしまい、もう彼に会いたいと、会って謝りたいという気持ちはすっかり無くなってしまった。 
いつかのこと。竹中くんと顔を合わせなくなってから、わたしは彼が逃げ出したと思っていたが、結局最後に逃げたのはわたしじゃないか。



つづく