story | ナノ







 日曜日の午後、昨晩の情事に疲れ果てていたなまえは言葉にならない声で唸りながら怠惰に寝返りをうった。

「ん……?」

そこでなまえはあるはずの温もりが無いことに気付き半ば反射的に目を覚ます。
レオンはどこ、と彼女は寝起きの舌ったらずな声を部屋に響かせた。夜、自分が意識を途切れさせるまで確かに彼は居たのに、一体どこへ行ったのだろう。今日は休日だと言っていたはずだが。

寝惚けた頭で慢性的に考えてゆくと、そうか、彼は仕事にでも出たのだろうと結論を出した。
彼女の愛しい、幾分か年の離れたナイトは自分だけの物ではなく、言ってしまえば国の物と言っても可笑しくない立場にあるのだ。それは勿論、こんなハイスクールに通う一端のお子様との時間よりも優先すべきことがあると言う事実に繋がる。
彼に言わせてみれば、彼が仕事を優先しなければ必然的に彼女も危険に晒すことになってしまうので、これは君のためでもあるんだ、と言うことなのだが今のなまえのアイロニーを帯びた情緒ではそう考えることは出来なかった。

「残念だわ、今日はレオンとランチを作るつもりだったのに」

嫌になるほど生活感の無い、白を基調とした黒と茶色の世界。
 一週間ほど前寂しいからとテレビの横に置いた、なまえの育てた薔薇の花はすっかりと萎れ、その世界の仲間入りをしてしまっていた。
それを目にしたなまえは残念に思うと同時に少しだけ気分が良くなった。
ベッドの側のサイドテーブルに置いてあった自分の携帯端末を手に取り時間を確認すると彼女はくたびれたシーツを身体に寄せ、背中を海老のように丸めて目を閉じた。




 愛しい人の声で聞いたことのある化物たちのような呻き声がどこからか聞こえてきて彼女はパッチリと目を見開いた。
しかし周りには変わらずあの白と黒と茶色の世界しかなく、なんだ、夢かと小さく息を吐いた。
数年前、まだローティーンだったなまえを襲った化物の声に似ていたものだから彼女は酷く焦ってしまっていたのである。
愛しの彼がえげつない化物たちに凌辱されるなんて実に気分の悪い夢だった、まったく、こんな夢を見るのも仕事に夢中なレオンのせいに違いない。

独りでに憤りを感じ、やるせない気持ちで首回して眠っていたときの凝りを解しているとふとブラインド越しの外が見えた。
どうやら一日中眠っていたらしく外の世界はもう夜を迎えようとしていた。

なんてこった、こんな時間まで眠りこけていたのか、明日も学校なのに、ああ、なんて無意味な休みなんだ、なまえはと舌を打つ。

どれもこれもレオンのせいだ彼が帰ってきたらこのことについて意義を申し立てよう。自業自得だと言うのになまえは彼に文句を言うことを決意するのであった。





 彼女がふて寝をして一日を潰したその日から実に二日後のことだった。
満身創痍と言う言葉が似合う雰囲気を醸し出しながらレオンはふらふらと自宅の扉を開いた。
数日前、一応メモを残したが置いてきてしまった年下の恋人になんて言い訳をしよう、なんて気遣いが出来ない程生気のなかったレオンはそのまま扉を潜ると鍵と荷物を放り投げ、パリッと整えられたベッドに身を沈めた。

そこにごしごしと乱雑にタオルで頭を拭いているなまえがバスルームから出てくる。
いつの間にか帰っていた愛しの彼を見て一瞬固まるものの、綺麗なベッドに外から帰って来たばかりの格好で眠られるのは些か解せぬものがあるため、ゆっくりと彼に近づきそうして力強く叩き起した。
 外から帰ってきたばかりのときは、ベッドで眠るべからず。
任務帰りのつらい体に鞭を打たせるのは少しばかりなまえの良心が痛むが、そう決め事をしている辺りきちんと守らせなければいけないのだ。
仕方のないことなのよ、レオン。
本当は良心の欠片も傷んでいないなまえは恨めし気に自分を見つめる愛しの彼にそう説明する。
すると彼は渋々といったように体を起こし、しくしくと涙を流しながら先程までなまえが使っていたバスルームに消えていった。


 なまえはまだ幼く、知識もそれ相応のものしか身に付けていないが、人の機敏に関しては大人よりも鋭いものがあった。
だからこそ彼女は複雑な仕事をこなさざるを得ない彼の傍に居ることが出来たし、彼もそんな彼女を傍に置くことを許している。

さて、その彼女は先程の愛しの彼との短いやり取りで、今回の仕事は中々酷なものだったのだろうと確かに悟ることが出来ていた。
体の傷は勿論、意外とナイーブな彼の心の傷もボロボロになっているに違いないと頭の片隅で思う。
シャワーを浴びてさっぱりさえすれば少しは落ち着くと良いのだがそう簡単には行くまい。
ふぅ、と小さく肩をすくめると、なまえは彼の為に夜食と少しばかりのアルコールを準備するためにキッチンへと向かった。



 次になまえは弱々しい姿でバスルームから出てきたレオンの頭にバスタオルを被せ、自分の時とは違い丁寧に優しく拭いていく。時折聞こえる彼の力の抜けた意味の無い声に、思わず「私は少しでもレオンの役に立てていると良いのだけれど」と意図せず言葉を漏らしていた。
あっ、と気付いたときにはもうそれは彼の耳に入っていて、彼は小さく笑みを零すと「もちろんさ」と甘い声で囁いた。
嬉しいやら、彼に気を遣わせてしまったやら、なまえは複雑な気持ちになりながら、「私がもっと大人なら良かったのに」と苦笑する。「気にすることはない、それとも君は俺が可愛い恋人の可愛い言葉を喜ばないとでも?」「可愛い恋人をメモひとつだけを残してボロボロになって帰ってくる人じゃあなかったら、そう思ったかも」「まいったな……」「キスしてくれたら、冗談にしてあげる」レオンは堪らず自分の頭を被っていたバスタオルを取り上げ、頭上に居る年下の恋人の唇を奪った。
突然の彼の行動に目を白黒させたなまえはふふっと声を上げると今度は自分から彼に口付ける。

「これ以上はだーめ」

やられてたまるかと言わんばかりに再び顔を寄せるレオンを押しのけ、なまえはそう言うとふらりと身を翻した。

「ちょっと食べ物を用意したの。今回のお仕事の話、聞かせてよね」

自分から誘ったくせにあっさり身を引く彼女を恨めしくも可愛らしく思ってしまう辺り、俺も大概だな、とレオンはもはや口癖になっている言葉を吐き出しながら年下の恋人の背中を追いかけた。

「女ってやつは……」