story | ナノ







※全部なんちゃってです、少し血生臭いかもしれません。注意してください。





「もう俺、死んでも良いよ、死んでしまいたい」


 灰にまみれた町で、彼はマフラーに顔を埋めたまま、投げやりにそう吐き捨てた。
天気は晴れ、この一月近く雨が降っても灰が降ることはなく、町の人々は平和に暮らしている、そんな一日の始まりのときだった。





 十年前からわたしたちの住む国は他国の軍用国家として支配を受けていた。つまり、国ひとつが、大きな軍として他国のものになっているのである。
わたしたちの国をA国、支配している国のことをB国と仮に置くとしよう。
国民は、老若男女関係無しに兵役の義務が課され、いざとなれば国全体でB国と、他の国との戦争の、戦禍の中に飛び込んでいくことになる。
第二次産業が大きく発展していたわたしたちの国は、その技術をすべて、兵器に注ぎ込み、恐ろしいものをたくさん作り上げていった。そして、たくさんの人をころしていった。

 勿論、国民にだって拒否をする権利はあった。支配され、はじめの一年二年は、みんな反対するために署名をしたり、デモをしたり、時にはデモ以上の攻撃的な反抗をしていた。
そのときはまだ正常に動いていた国家も、仕方無しにそれを許容していた。(デモを許容している時点で正常ではないのだけれど)
けれどもそれが面白くないと立ち上がるものがいた。それはわたしたちの国を支配した、いや、支配しかけていたB国の人々だった。


 八年前の某月某日、皮肉にも後の世に平和の日と名付けられた日のことだった。その日は帝都に多くの国民が集まり、大きなデモを行う予定だったと聞く。わたしの両親も、当時高校生だったお兄ちゃんも、そのデモに参加していた。

うまく行けばこのデモを起爆剤に、わたしたちの国は変われるのかもしれないと人は言っていた。

 しかし、悲劇は起きたのだ。

首謀者の暗殺から始まった虐殺。その日帝都に集まった国民たちは、二人を残して、皆命を落とした。
B国の、わたしたちの国に対する見せしめだった。




 帝都で生き残った悲運な二人のうちの一人は、わたしのことだ。もう一人は今、わたしの隣に居る、同い年の男の子。
何も知らなかった幼かったわたし達。お互い、両親があのデモに参加していて、お互い、幼かったせいで留守番を強いられていて、お互い、同じホテルで他にも居た同じ立場の子供たちとかくれんぼをしていて、お互い、最後まで誰にも見つからず、生き残ってしまった。
わたしと同じ、家族をすべて失った男の子。




「やだなあ、勘ちゃん。あなたが居ないとわたしも死んじゃうよ」

 わたしと生き残ってしまったもう一人の男の子、勘ちゃんは、あの虐殺のあと、本当に運が良いことにB国の軍人だと言う一人のご老人に助けられた。
そこでわたしたちは彼が亡くなるまでの五年間、彼にB国でお世話になり(勿論、素性を隠して)、そしてその後、わたしたちの生まれた国に帰ってきた。
三年前、わたしたちが十八の秋のことだった。

 わたしと勘ちゃんは、灰の町と呼ばれる、国に見捨てられ、国を見捨てた人々が暮らす町に落ち着いた。
元々帝都に暮らしていた勘ちゃんの実家に戻る予定だったのだが、帝都に立ち入ることは出来ず、そこから程近いこの地に来たのである。
それにここは、仕事さえ選ばなければ、働き手があるし、例え素性が知れなくても生きていける、要はわたしたちにとって都合の良い町だったのだ。

ぱたぱたと、わたしのマフラーの先が揺れる、未だに返事をしない勘ちゃんは黙々とただ前を見据えて歩いている。

やがて勘ちゃんが一度だけ口を開いた。
その一言のあと、その日わたしたちの間に言葉は無かった。



「いつまで逃げてるんだろう、俺」



 次の日、勘ちゃんはわたしと行動を共にしなかった。
八年前のあの日から、わたしは勘ちゃんと片時も離れていなかったから、心の中は寂しい気持ちで溢れていた。
年季の入った勘ちゃんと二人で暮らしている部屋には、冷めたコーヒーの入ったマグカップを文鎮にして置かれていた『しばらく帰り遅くなる、気にしないで』と勘ちゃんが書いたであろう走り書きがあるだけだった。
朝、わたしが何時もの時間に起きたとき、勘ちゃんは既に何処にも居なかったのだ。それどころか、勘ちゃんの荷物も、何処にもない。


「お仕事、行かなきゃ」


これがどういうことを意味するのかは、勘ちゃんに直接話を聞かない限り分からない。
だからわたしは寂しさを捨てるように、声を出して、一人初めて灰の町へと踏み出した。





 「あ、みょうじ、今日はオハマと一緒じゃないんだ」

職場に着いたわたしを迎えたのはその言葉だった。

職場は違えど、勘ちゃんは必要以上にわたしを一人にさせたがらなかったから、わたしの送り迎えはどんなときでも欠かさなかったのだ。
だから、そんな彼が姿を見せないことに、同僚の兵助くんは驚いてわたしに声をかけた。

「うん、昨日から彼、調子、おかしくて」

「何々?みょうじ、ついにオハマにフられたのかよ」

わたしと兵助くんの会話に茶々を入れたのは三郎くん。書類を片手に近寄ってくることからして、彼の手にあるものが今日のわたしの仕事なのだろう。

「そういうのじゃないよ、ただ、本当に少し、調子がおかしいだけ。」

「本当か〜?」

「こら、鉢屋。あんまりみょうじさんをからかっちゃ駄目だよ」

三郎くんになんて返せば良いのか、戸惑っていたら三郎くんの後ろからひょっこり雷蔵くんが顔を出し、彼をたしなめてくれる。

「うぅ……不破がそう言うなら……」

雷蔵くんに滅法弱い三郎くんは、そう言ってわたしを一睨みすると手に持っていた書類を押し付け、踵を返してしまった。

その様子に満足したのか、雷蔵くんはにっこり笑い「まったく、これだから鉢屋は……。それにしても、オハマがみょうじさんを一人にさせるだなんて、珍しいね。雪でも降るのかなあ……」と心配そうに去って行ってしまった。

 本当、勘ちゃんはどこへ行ってしまったのだろうか。みんなには調子が悪い、とぼかしたけれども、いつまでこの言い訳が通じるのか。

三郎くんから貰った書類にざっくりと目を通しながら、わたしは今日もいつもと変わらない、……いや、いつもより幾分かやる気が出ない状態で仕事に取りかかった。



 そんな状況だったからだろうか、わたしは、みんなの目が何時もより冷たかったことに、気付くことができなかったのだ。



つづく。