※近親愛 我ながらこれは不毛な愛だと、自負していた。だけど仕方がなかった。あたしが感じる愛はどうしようもない程不毛で、理不尽で、それでいて美しいものなのだから。 ぽつりぽつり、雨が降りだした。傘を持っていないあたしは、静かにあたしのお気に入りのダリアパープルのスカートが濡れるのを見ていた。 そうして好きでもない煙草に火を付けて大人ぶってみた。一つ二つ息を吐いて馬鹿らしくなりそれを捨てる。 「もとちか、」 あたしの弱々しい声がビルの間に木霊した。産まれる前から一緒だったあたしの片割れの名前を呼ぶ。呼んだ。呼んでも返事が来ないくらい知っているのに。呼んだ。 「元親。」 今度は強く響いた。あたしの声。もとちか、あたしのあたしの、愛して止まないひと。 「返ってくる訳ないのになあ。」 びゅうと強い風が吹いた。 もし以前までの兄が今のあたしを見たら「そんなさみぃとこ居ねえでこっちに来いよ、」と言うだろう。そうして優しく笑み、あたしがこれ以上濡れないように傘を差し出すんだ。 でもそれはもう叶わない。 幼い頃から最近まで兄の一番はあたしだった。でもそれは最近まで。本当につい先日、兄に一番の異性が出来た。あたし以上の女が。スカートに雨以外の水が落ちる。あたしの頬をつたいぼとりぼとり。視界が滲んで、灰色と紫が混ざる。 あたしは兄をあいしていた。否、今でもあいしている。その愛は家族に対する愛ではなく異性に対する情欲も含まれている愛。極めて野性的な本能を含んだあたしの愛はどうしようもない程大きくていつ兄を食ってしまおうかと思う位で。 兄は聡い。学力はそこまで高くは無いが、人間としてはかなり聡い。 だから兄はあたしの愛に気付いていた。それでも兄はあたしを家族として見ていた。決してあたしを否定する事無く、寧ろ肯定して、その上で敢えてあたしを一番に見ていた。 あのひとは、もとちかは、残酷な程優しいから。 兄と昔馴染みの男はヘドが出るくらいと在り来たりだが分かりやすい形容をしたな。なんて今となっては正直どうでも良いことを思い出す。 目を閉じれば今、元親が笑っているのがなんとなく分かる。 もし、あたしがここから落ちたら元親は泣くだろうか。きっと、恐らく、絶対泣くだろう。そうして片割れを亡くしたことを一生憂うだろう。 ビュウウウ。風がダリアパープルのスカートをはためかせる。 ああ、落ちてしまおう。(元親の一番になれないあたしは生きてる意味がない。) 「好きよ、」 そう呟いてあたしは右足を前に踏み出した。 足を踏み出した瞬間、「なまえ!!」とあたしを呼ぶ愛しい声が。 「もとちか、」 ああ、何やかんやで元親の一番はあたしだったのね。嬉しい、と口角があがる。まさか死ぬ直前に笑えるなんて。 でもごめんね、一足遅かったみたい。 雨に濡れたあたしの身体に激しい痛みを感じて、 (かのじょはしにましたとさ) ---------------- レチタティーヴォを歌って 20110212 |