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半兵衛さんの死因は詳しく聞いていない。いや、正しくは聞かされたけど聞いていなかった。わたしが聞くことを拒んだからだ。
とにかく彼はさいごにわたしと会った後、彼の通っていたらしい病院で静かに息を引き取ったと言う。
――今度、お祭りがあるからそれに行こう。二人とも和服を着て、着飾ってから行こう。そう約束した矢先の事だった。
彼の仕事の上司であり私事では絶対的理解者でもある秀吉さんから、彼が死んだと連絡が来たとき程錯乱し、暴れた事は無かった。
とにかく泣いた、吐いた、自分を傷付けた。そうして荒れ果てたわたしは何をする事もなく、仕事も辞め、外界からの繋がりを全部断ち切った。どうしてもわたしだけの時間が必要だと、判断したからだ。
結果わたしはこうして独り暮らしをしながら働けているので、きっとあの時の判断は間違えていなかったのだろう。幸せか、と聞かれれば否、としか答えようが無いけれど。
「なまえせんぱーい、」妙に間延びした声で、気の入っていない後輩に呼ばれたので今しがたやっていた仕事を中断しデスクから離れる。ああ、半兵衛さんの事は今だけ考えないように、





「なまえ。」

自宅からの最寄り駅。二番乗り場。誰かに名前を呼ばれた。そんな駅のホームではたと立ち止まり辺りを見渡す。
気のせいかな、確かに聞こえたはずなんだけど……。
とんとん、今度は肩を誰かにつつかれた。
何事かと後ろを振り向いたが、少し先に中学生らしき女の子が一人、歩いてるだけ。暗がりの中突然振り向いたわたしに怪訝そうな顔を向けた(気がする)。
その子に対しなんでも無い。と一つ頭を下げまた歩き出す。

――今の、なんだ……?

ぞわりと背中に悪寒が走った。ゆ……ゆうれい……?え、やめてよこの寒い時期に幽霊とか。わたし怖くなんかないけどー。怖くない怖くないよ……。

「――なまえ……。」

「――――っ!!!??」
もう一つぞわり。と、一緒に半透明の人がわたしの前に姿を表した。
「はんべ…さん…。」
薄い、本当に薄いけど見えなくもない。半兵衛さんだ。幽霊だろうとなんだろうと半兵衛さんだ。ちょっと意地悪だけど、わたしの大好きな大切な、「半兵衛さんっ!!!」――あの、半兵衛さんだ。

「なまえ、ひさしぶり。」

ふわりと寂しげに笑った半兵衛さん。彼が少しずつ、少しずつ色濃く見えてくる。
「半兵衛さん!半兵衛さん!」わたしは彼の名を呼び、歓喜にあまって彼に抱き着いた。
幽霊だと思っていたのに、さわれた。抱き着けた。そして微かに温もりも感じられる。
「半兵衛さん、生きてる……?」
「まさか。ぴくりとも動かない僕をなまえも見ただろう?」
ふふ、何時もの笑声で半兵衛さんは綺麗に笑いながらわたしの髪の毛を掬った。
「ならどうして!わたしに触れているの、こんなにも暖かいの……。」

そんなわたしの陳腐な質問にも彼は何時もの笑声を響かせながらさあね、と答える。まだ日付が変わる前にも関わらず、ホームには誰も居なくてただわたしのそう、と言う声が響いただけだった。
「まあ、強いて言うなれば僕のなまえに対しての愛の力かな。」
半兵衛さんもわたしと同じ位声を出しているのに全く声が響かない。なんとなくだけど、こんなにも暖かいけど、―半兵衛さんやっぱり死んでるんだなあ―と実感した。
じわり、視界が滲む。そんなわたしにくしゃりとその綺麗な顔を歪め「ごめん。」と痛そうに、むず痒そうに半兵衛さんはゆっくりと口を開く。
「なまえ、本当なら僕にこんな事を言う資格が無いんだろうけど、どうしても言いたくてここまで来た。」
謝らないで、そんなわたしの声に上書きして半兵衛さんは言葉を発した。
「先に逝って、黙って逝ってごめん、なまえ。僕は君が傷付くのを直接見るのが嫌で最期まで逃げていた。自己保身に必死な最低な男だよ。」
「そんなことない。」
「ふふ、ありがとう。なまえ。やっぱり僕は君を愛してるよ。」
さらりと言った愛してるは彼が生前、一度とてわたしに言ってくれなかった言葉で。
「はんべっ、さ…」
感極まって、遂にぼろぼろと涙を溢すわたしに半兵衛さんはわたしの額に唇を落とし頭を数回、ポンポンと叩いてくれた。
「僕は来世でも、いつでも君を愛そう。ここに誓う、だから、泣くことは無いよ。」
「だって……」
「今度こそはお祭りに、」
またふわり、彼はわたしが大好きなあの優しい笑みを浮かべながらするりと消えた。
「――ぁっ半兵衛さん!!」

待って、

わたしの声が静かにこだまして、闇に消えた。



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曖昧なシンフォニー
20110125



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