「うげえ、半兵衛さんだけ大吉とかむかつく!」 私の厭に高い声が境内に響いた。 まだ年が明けたばかりのお昼時。私と彼は私の実家近くの神社に居た。勿論、初詣の為に。 県内でも三本指に入る程有名なそこは当たり前だと言わんばかりに人がたくさん居た。そりゃあもうわんさか。 人がいっぱい居ますねー。人混みに巻き込まれた時の常套句を言いながら私たちはお詣りをしていたのだが、唐突に彼はおみくじを引こう。なんて言い出した。 珍しい、と私は只単純に思った。長い間彼と一緒に新年を向かえ、初詣にも来ていたが一度とておみくじに興味を示さなかったと言うのに。 まあ、ただの気まぐれだろうと判断した私はおみくじを引くことに同意して財布から小銭を取り出した。 そして彼は見事大吉を引き当て私は末吉だなんて、中途半端な運勢を引き当てたのだった。 「可哀想に、末吉だなんて中途半端な運勢を引き当てちゃって。」 ふ、と鼻で笑った彼は正直殴り飛ばしたいかったけど、悔しい事にそれはできない。 だって美人過ぎる。殴るなんてやっぱり恐れ多い。 「半兵衛さんったらまーたそんな事言うんだから。 半兵衛さんみたいな美人さんって顔の良さに比例して性格の悪さが増すから質悪いんですよ!あーこんな男に引っ掛かった私っていったい!」 「それは只単に質の悪い男に引っ掛かった君の見る目が無かっただけなんじゃないかな? まあ僕の方こそ不憫だけど、顔も性格も頭も悪い極悪物件に引っ掛かったんだから。」 「竹中てめえダンプに轢かれろ。」 「冗談だよ。」 「喧嘩売ってるようにしか聞こえませんけどー。」 はぁ……と軽く溜め息を吐き、私は中途半端な末吉を示す紙を自分の持っていたバッグに入れた。 「、結ばないのかい?」 「良いですし、ちっさい吉が私に付くんでしょう?多分。」 結ばない、というのはよく見かけるあの名前が分からない紐に結ぶのかを尋ねての事だと思う。 大吉は持ち歩くと良いと言うのだから(多分大きい幸が身近にあるぞーみたいな意味だと思う。)、末吉を持ち歩くとそれはそれで小さな幸せが付いて来そうだから、小さなお守り代わりにそれを持ち歩こうとしたのだ。 彼に同じ事を言うと馬鹿じゃないか、と溜め息混じりに言われあの紐の名前を教えてくれた。みくじ掛けと言うらしい。博識ですねー、と返すと、常識だと言われた。すみませんねー知りませんでしたー。 「そうだ、みくじ掛けにおみくじを結ぶ理由って恋が結ばれるーってのおみくじを結ぶってのにかけただけらしいんですよ。 ほら、私も豆知識一つ言えた。」 してやったりな顔をしてきりっと正面を向いた後、彼と視線を合わせる。 あ、それがなんだって顔してやがる。失礼な人だな。 「それで、君は何が言いたいんだい?」 「ふふっ、私は半兵衛さんが居ますから。結ばなくて良いですよね?ってお話です。」 にこりと笑って彼と目を合わせる。 ふん、と照れたのかほんのりと赤く染まった頬を綺麗な手のひらで隠しそっぽを向かれた。これは彼なりの照れ隠し、あ、今きゅんって来た。 可愛いなあ、今年もこの人と一緒に……あわよくば結婚まで……。 なんて一人で妄想して顔が赤くなる。ぶるんぶるんと煩悩を頭から消し去り、はっと気付いた。今の私たち、端から見たら顔を赤くして並んで歩く良い年したバカップルじゃないか。うわあ、恥ずかしや。 「なまえ、」 ふと、私の名前が彼の口から紡がれた。 何時もの冷静さを取り戻したと思わしき彼が、凛とした瞳で私を見ていた。それに比べ私は未だに顔が赤い。なんだかこんな事で私と彼の優劣が点けられている気がするのは気のせいだろうか。いや、気にしないことにしよう。 「どうしたの、半兵衛さん。」 「さっきのおみくじくれないかな?」 僕の物と交換だ、そう呟いた彼と視線を合わせた。(私の方が頭何個か分小さいのだ。) 「良いの!!?」 「勿論。君が喜ぶなら僕はなんだって、」 そう消えるように呟いた彼の言葉は直ぐに喧騒に掻き消されてしまった。 ああ、どうして。そんな寂しそうな顔をしないで、なんて言葉を飲み込んで私達はまた歩き出した。勿論、お互いのそれを取り替えて。 「――それなら、今年も、一緒に。」 口が勝手に紡ぎ出したその言葉に彼は何も答えてはくれなかった。 そうして二人、沈黙を守ったまま歩いた。 「あ、」 それは私が今はもう使うことのないバッグの整頓をしている時だった。 バッグの小さなポケットの底。自然的にくしゃりとまるまった、どこか柔らかさを感じさせる紙。 薄く透けて見える文字を見て私は「おみくじ、だ」と呟いた。よく見たら大吉だし縁起良くない?というか、これ。 ――何時のおみくじだろ? 私の微かな記憶を辿る限り、これは私が引いたおみくじじゃなくて。 「はんべえさん。」 そうだ、私の大切な人が引いた、さいごの。 半兵衛さんを思い出したら最後、私の目頭は熱くなりぶわあ、と涙が溢れてきた。(ああもう、まただ。) 嗚咽を漏らすこと無くただ、双方の目から涙が流れる。 胸がつきりと痛んだ。その痛みは私の胸をじわじわと蝕んでいって、そう時間の立たない内に体全体に痛みがまわりだす。あの人の死に顔を見たときに、初めて感じた、人が死ぬということ。あの人自信が柔らかに息を引き取った時の、私の胸に残るあの痛み、が。 大吉なんて、いらなかったのに。 嬉しかったけど、幸せだったけど、大吉なんかより私はあの人と生きたかった。逝きたかった。なのにあの人は、 「はんべーさんの馬鹿野郎。」 重い病気なんて一言も聞いてなかったんだから。 感情が爆発しそうで吐き出しそうになる中、私はやっぱり嗚咽を漏らさずただ彼を求める涙を流し続けた。 ------ ちょっとだけ続く予定 20110117 |