はらはらと今年も綺麗に咲いた桜が散り落ちているのを見ていたわたしはいそいそと冬物の布団を片付ける作業を続けた。 冬が終わって、春が来る。そんな事は年の内に四季があるこの国では、毎年毎年繰り返されること。 勿論今年も例外無く冬が終わり、春が来た。 春と言えば出会いの〜別れの〜始まりの〜だなんて言われるが生憎今年のわたしはおそらく出会いも別れも始まりもない春になるだろう。 そんなわたしからしてみれば、今年の春なんてただの長期昼寝期間の様なもの。 春期限定ストロベリーパフェとか、タルトとか。そんなスイーツの類いを美味しく惰眠と共に貪る予定だったのだが、いかせん昼寝の際に必要な掛け布団を準備するのを忘れてしまっていた。 つまり、わたしには冬用のあっつい羽毛布団しか手元に無いのだ。 それではダメだと、思い立ったが吉日。 早速薄い肌触り抜群な掛け布団を購入して来て、さあ昼寝の時間だ!と意気込んでみたものの、わたしのキャッスルは寂しい事に四畳半しかなく机やらなんやらを置いて更にはあの場所を取る羽毛布団。 そりゃあもう掛け布団を被って昼寝する場所なんてない。 そうして事は最初に戻る。 ふわわわとカバみたいに大口開けてアクビをしていると、こんこんとマイキャッスルの古ぼけたドアをノックする音が耳に入った。 「はーい、鍵開いてるんでどうぞ勝手にお入り下さいなー。」 そう言って数秒、戸惑いがちに、ぎしぎし軋みながらドアが開いた。 「あ、ケンジさん。こんにちゃーっす。」 入ってきたのはこの狭い上にボロいアパートに住んでいるお隣さんのケンジさん。年がそんなに離れていないことや趣味が似通っている。ということもあってか、人見知りなわたしの割にはすぐに仲良くなった大学生のお兄さん。このボロアパートに住む同士でもある。 そんなケンジさんはにへらと猫のような目を三日月にして笑いながら「お邪魔するよ。」と言ってずかずかと部屋に入ってきた。 「……まだこんな厚い布団を出してたんだ、」 お前はまたずぼらな事しよって……。そう目で語るケンジさんを余所にわたしはいそいそと布団を部屋に唯一ある押し入れにぶちこんだ。 「だからこうして片付けてるんですー。 ほら、適当に座って座って。さっき桜餅買ってきたんで一緒に食べましょ。」 片付けも終わったことだし、お昼寝時間ををまたもや延長して、一応オキャクサマなケンジさんをもてなすことにする。 ケンジさんの手にはおそらく近くの図書館で借りたであろう一冊の本があった。 借りた後すぐに、自室には帰らずマイキャッスルに来たのだろう。おおよそ、こうしてお菓子と茶をありつきに来るために。 「なら、遠慮無く。」 そう言ってケンジさんは最早定位置となっている一番窓際に近い場所に座った。 ちゃっかりしてるなあ…とケンジさんを尻目にわたしはティータイムの準備の為に小さい小さい台所に立つ。 春の陽気とはまた違う暖かさ。ほわりと温かいココアを飲んだ時みたいにじんわりと胸の内から沸き上がる暖かさのように、今のこの状態は暖かかった。 ケンジさんは本を読みだし(タイトルをちらりと見た限り外国の人の詩集みたい。)、わたしはお湯を沸かす。 たまに少しだけ会話するだけの、静かで、居心地の良い空間。 ――…ああ、これって、すっごく、 「幸せだなあー……。」 誰かが幸せとは平凡のことだと言っていた。その人とは違う、また誰かも幸せは平凡と言っていた。他の人も、そのまた他の人も言うように、当たり前のように、幸せとは平凡のことなのである。 現に本に読み耽るケンジさんを尻目にわたしはお茶を煎れるためお湯を沸かす。 そんなよくある平凡な光景。 大好きな昼寝は出来てないけど、こうしてだらだらと昼を過ごす、幸せって良いなあ。とふと思った。 「ぼくもだよ。」 ふふ、と聞こえたケンジさんの笑声にわたしはまた強く、しあわせだなあ。と思ったのだった。 ---------------- わたしはあなたと幸せであることを願うよ。 20110305 PM企画さまに提出させていただきます! 参加させていただいてありがとうございました! ぬみ |