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盗みに入った城で、生まれてから一度も聞いたことが無い位に綺麗な歌声を聞いた。

それは盗みに入る直前、気を張っている時以外の自分だったら聞こえないであろう程の本当に小さな小さな声で、耳障りにならない程の綺麗な高音を響かせていた。



「…お前が、歌ってんのか。」

かたりと少しだけ音を立て声がきこえた部屋の襖をあける。この城の娘であろう自分とそう歳が変わらない女は、自分が入ってきた事に声を止め一瞬だけ驚きそしてすぐにふわりと微笑んで「ええ、わたしです。」と頷いた。
「きれいだな。」「ありがとう、嬉しい。」
女はまたふわりと微笑むと、「ところであなたさまは何者なんですか?」と自分に問うた。
「俺は――」今しがた手前の家に盗みに入った義賊だ。という言葉を飲み込んで、嘘をついた。「通りすがりの鴉だ。」そう、鴉。自分は闇に紛れる鴉だ。ひとじゃなくて、鴉。
女は嘘に気付いたのだろうくすりくすと笑うと自分にうそっぱち、どう見てもおひとでしょうにと静かに言った。まるで今自分が何を思い何を感じ何を望んでいるのかを知っている素振りで。
失礼な奴だなと心の中で思う反面、この女に少し惹かれた。欲しい、むくりと湧く欲が全身を駆け巡る。欲しい、この城にあると言われる綺麗な宝より、この女が、欲しい。

「ダメです。」

いっそこのまま欲に溺れてこいつを掻っ拐おうかと思った時、女は静かに自分を拒んだ。なんで、自分が考えていることが分かったんだ。と思うより先に目頭が熱くなった。何故だか異様に泣きたくて、胸が酷く痛んで。欲しいのに、欲しいのに。なんで駄目なんだ。なんでなんで。

「あなたさまは、まだわたしの名さえ知りません。」無論、わたしも。

そんな人に捕らわれたくはないです。

先と変わらない静かな声で女はまた自分を拒んだ。

なんだ、名か。名くらいならいくらでも。
そう思い名乗るために口を開く。自分の名の最初の字を発そうとしたら女は「まだダメです。」とまた自分を拒んだ。
――こいつは駄目が口癖なのか。
余りにも駄目、駄目と言っている気がするので思わず溜め息が出た。でも無性に欲しい、掻き抱きたいくらいに。
「溜め息なんて吐かないで。また来てくれたらわたしの名前、教えますから。
ですから、だから、……その時は、わたしを――遠くに連れ出して。」

自分の体にどくりと雷が走った気がした。こいつも自分と同じくらい闇を持っているのかも、しれない。と思えた。
儚く美しいあいの女。

「ああ、歌を聞かせてくれたらな。」

「なら、甘味も一緒によろしく、なーんて。」

先の儚さはどこへ行ったか、今までと違い茶目っ気溢れる笑みを浮かべた女はやっぱり最初の印象とかわらず、綺麗だ。



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藍=愛


20110205



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