栄純と若菜

 ※若菜ちゃん視点のお話です。NL要素を含みますので苦手な方はご注意ください。


 昔から、野球だってかけっこだって木登りだって、男子に負けない自信があった。女のくせにってバカにする奴がいても、そんなの全然気にしなかった。
 だけど最近。静かに訪れ始めた変化に、自分でもちょっとだけ戸惑ってるんだ。

 五年生になって、もうすぐプール開きを控えたとある日曜日。私は栄純たち男子数名と、近所の川原で遊んでいた。
 五月になり、気温もぐんぐんと上がって、ずっと蒸し暑い日が続いていた。でもまだプールには早い時期。そこで、そのストレスを解消するため、今日ここで遊ぼうと提案したのは栄純だ。みんなはその意見に、二つ返事でオッケーした。もちろん私も。
 川の水深は浅く、私の膝下程度で危険は少ないため、昔からよく子供たちだけでここへ来て遊んでいた。栄純はどこでも全力で遊ぶから、いつも最後にはびしょ濡れになるんだ。
 さっき運動場で野球したあとだったから、火照った身体に冷たい川の水が気持ちいい。

「じゃん! 親父のマネ!」
「ぎゃはは! 栄ちゃんのおじさんそっくり〜」

 栄純が髪を濡らしそれを後ろに流して、おじさんの髪型に似せていた。前髪をちょっとだけふっくらさせて、見事なリーゼントを作っている。

「じゃん! これはじーちゃん!」
「似てる〜!! 栄ちゃんサイコー!」

 今度は前髪を少し持ち上げて、ぴょんと流すとおじいちゃんの完成。みんな、お腹がよじれるくらい爆笑してる。
 お調子者の栄純は、こうやっていつもみんなの笑いを取っていた。

「......はぁ」

 でも私は、その楽しそうな輪を遠目で見ていた。ほんとだったらあの中に入りたいのに。
 水面を睨みつけて、冷たい水をぴしゃんと蹴り上げる。
 最近の私は、いろんなことで男子に負けてばっかだ。
 昔は栄純より私の方が背が高かった。
 昔はアキオより私の方が足が早かった。
 なのに最近は負けてばっかで、正直つまんない。
 そんなことをぼんやり考えていたその時、わき腹のあたりにむずがゆさを感じて、そっとTシャツの中のそれを引っ張った。
 五年生になったある日、お母さんが突然、つけなさいと、こっそり私のタンス入れたそれ。体育の授業で友達がつけているのを見かけたけど、自分がつけるなんて実感が湧かなかった。だって、違和感ありまくりで全然好きじゃない。

「若菜ー! そんなとこいねぇでこっち来いよ。栄ちゃんの頭おもしれぇぞ!」
「あ、うん今行く!」

 呼ぶ声に応え、みんなの元へ足を進める。
けどその時。急いだせいか深みに足が取られ、ばしゃんと前のめりにこけてしまった。

「大丈夫か?!」

 アキオが慌てて私の元へ駆け寄る。

「うん、平気」

 私はゆっくり立ち上がった。
 着ているTシャツは濡れてしまったけど、どこもケガはないみたい。
 でも、どこもケガしてないのに、目の前のアキオはぽかんと私を見つめていた。一体どうしちゃったんだろ。
 すると、アキオが呆けた顔で呟いた。

「......それ、もしかしてブラジャー?」
「え?」

 私は反射的に手で胸元を隠した。見ると、Tシャツが濡れてスポーツブラがうっすら透けている。

「若菜がブラ?」
「え〜? マジ?」

 その声を聞きつけた他の男子たちがこっちへ集まってきた。
 ......ヤダ。なんかヤダ。こんなのバレたくなかったのに。
 私が唇をぎゅっと噛んで下を向いた時だった。

「おい! これ見ろ!」

 栄純の声がした。無意識にそっちを見ると、栄純がいつの間にか川から上がっていた。見ろと言ったくせに、当の本人はこっちに背中を向け、何やらごそごそやっている。

「どうだ! でけーだろ!!」

 じゃーん!、とばかりに得意げに振り返った栄純の胸のあたりが、なぜか不自然に膨らんでいた。そしてそれを無理やり手で寄せるしぐさをする。

「栄ちゃん、何それ?」
「おっぱいに決まってんだろ!」

 憤然と叫ぶ。
 確かに巨乳に見えなくもないけど、一体何入ってんの?
 よくよく見ると、その足元にはバットやグローブなどの野球道具が散らばっていた。
 じゃああれって、もしかしてグローブ?

「C? いや、Dだ! ちなみにもっとデカくなるぞー!」

 栄純は叫びながら、足元のグローブをさらにTシャツの中につっこむ。

「ちょっ、栄ちゃん! Tシャツ破れるって」
「じーちゃんにまたビンタされるよー」
「なんのなんの!」

 みんなの制止も聞かず、ぎゅうぎゅうにグローブを詰め込もうとする栄純。みんなはそれに気を取られ、もう私の方を見なかった。
 ほんと、栄純は昔から何やってもめちゃくちゃ。いつまでも子供っぽくて、全然進歩がない。
 ――でも。
 私はきゅっと握ったこぶしを、胸に当てた。

「もう、ほんとバカなんだから......」


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