貴子とおにぎり

 ※男主です。苦手な方はご注意ください。


 高嶺の花だ。
 隣の席の彼女を初めて見た時、そう思った。美人で勉強もスポーツもできる。他の女子とは一線を画する、落ち着いた物腰。彼女の選んだ野球部のマネージャーという仕事は、どこか献身的な性格を思わせる。
 これが、僕の藤原さんに対する印象だった。

 だけどそんな彼女は最近、何やら思い悩んでいるらしい。雑誌を見ながらほぅっとため息をつく姿は、不謹慎だけど憂いを帯びたような美しさがあった。でも、じっと凝視すると怪しまれるから、僕は藤原さんを見つつ、顔はできるだけそちらには向けず遠くの方へ。だが。

「何見てんだよ。気持ち悪りぃな......」

 出た。野球部一の強面男、伊佐敷純。
 何を勘違いしたのか、僕の隣の隣――つまり、奴も藤原さんの隣! ――の伊佐敷がこちらに訝しげな視線を送っていた。でも残念ながら、僕にそんなシュミはない。

「誰がヤローなんて見るかよ。勘違いすんな」
「んだとテメェ!」

 顔も怖くて言葉も乱暴だけど、伊佐敷が腕力に訴えない奴だということはもう知っている。悲しいことに奴も藤原さんと同じ野球部なのだ。文化部の僕は、脳みそ筋肉連中の野球部とは程遠いポジションにいる。
 すると、この言い合いに気づいた藤原さんが顔を上げた。僕は途端に決まりが悪くなり、ぱっと視線を逸らした。

「つーか藤原、さっきから何見てんだよ」
「え? ああ」

 僕がずっと気になっていたことを伊佐敷はいとも自然に! ああでも、確かに知りたい。
 すると藤原さんは、読んでいた雑誌のページを指した。そこには「おいしいおにぎりの作り方」という記事が載っている。

「ほら、マネージャーっておにぎり作るじゃない? 私、握るのがちょっと苦手なの......」
「ふーん。でも握りゃあいいだけのモンじゃねーの?」
「それは違うぞ伊佐敷!!」

 僕が急に大声を出したものだから、二人の視線が一気にこちらに集まった。それが少し恥ずかしくて、僕はこほんと一つ咳ばらいをしてから口を開いた。

「おにぎりは崩れない程度の固さで、かつ中はふんわりだ!」

 普段おとなしい僕がいきなり大声をあげたものだから、二人はしばし驚きの表情でこちらを見ている。あああ、恥ずかしい。
 けれどすぐに、藤原さんの顔がぱぁっと明るいものに変わった。

「ね、確かお料理同好会に入ってるのよね? それ、よかったら私に詳しく教えてくれない? ちなみに、これが私の作ったおにぎりなんだけど......」

 そう言いながら藤原さんは、サブバッグの中から何やら取り出している。
 僕は彼女がそのことを知っているだけで、ふわぁと天にも昇る心地だった。

「あの、これなんだけど」
「「デカッ!!」」

 机に置かれたそれは、一瞬積み木かと思うほどの巨大なおにぎりだった。不覚にも伊佐敷とハモってしまったのが気にくわない。

「藤原さんってさ、意外に不器用......?」

 思わずもれた言葉に、彼女は恥ずかしそうに目を伏せた。しまった、完全なる失言だった。

「......そうなの。こういうの実は苦手で。だからうまく握れるようになりたくて」

 僕は、頬を染めて口ごもるその美しい横顔に、しばし見惚れていた。
 一見、完璧な彼女が、おにぎりひとつうまく作れない。しかも、それを克服するために努力している。「献身的」なんかじゃなくて、彼女自身がきっとそれを楽しんでやってるんだ。僕の心は今、完全に彼女に撃ち抜かれてしまった。
 ありがとう、と微笑みを浮かべる彼女はまさに花としか例えようがない。

「ま、食えりゃなんでもいーけど」

 こんなことをほざく伊佐敷なんて今や完全なる背景の一部だ。
 それからとんとん拍子に事は運び、おにぎり指導は今日の放課後に決まった。僕はもう、いっそ自分で放課後を迎えに行きたいくらいに、それがたまらなく待ち遠しかった。


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