倉持と成人式

「倉持くん?」
「あ?」

 なつかしいそのツンツン頭に、半ば無意識に声をかけていた。
 振り向いた倉持くんは少し驚きつつも、すぐに私の名字を呼んだ。
 よかった。五年経った今でも覚えていてくれたんだ。

「久しぶり。中学卒業して以来?」
「だな」

 少し背が伸びて、青年らしい面立ちになったけれど、その笑い方だけはあの頃の面影を残していた。びしっと着せつけられた袴姿は、不思議と違和感がない。

「倉持くん、今どうしてるの?」
「俺、東京の専門」
「うそっ、私も東京だよ?!」
「マジか!」

 予想外の共通点に、どちらともなく笑みがこぼれる。

「あ、でも専門なら、もう野球やってないんだね」

 私の言葉に倉持くんは、いや、と首を振った。

「クラスのヤツらで草野球チームやってんだ。野球やりてぇヤツ九人揃えば、案外どうにかなるぜ?」
「そっか......」
「ま、ありえねぇくれー弱ぇけど!」

 形は変わっても、彼が野球を続けていることが、自分でも驚くほどうれしかった。
 そう、やめてないんだ。

「でも、倉持くんが袴なんて意外だなぁ。あんまりそういうの気にしなさそうなのに」
「あー、これな......。母ちゃんが着ろってうるさくてよォ」
「なるほど、お母さんか」
「レンタル代貯めてたみてぇなんだけどな。一生に一度だからとか言って。んで、俺がこんなんに使うくれぇなら貯金しろって言ったら、怒鳴られた」
「ははは。いいお母さんだね」
「あいかわらずうるせぇけどな」

 悪態をつきながらも、倉持くんはお母さんのことが好きなんだろうなと思う。

「でも、すごく似合ってるよ」

 ごく自然に、言葉が口をついて出る。
 すると倉持くんは、少し困ったように頭をかいた。

「あのよぉ」
「ん?」
「お前もそれ、似合ってんぜ」

『馬子にも衣装』なんて言われるかと思っていたから、つかの間びっくりして何も言えなかった。頬もこころなしか熱いのは、気のせいじゃない。
 あの頃、結局気持ちを告げることはできなかったけれど、私は確かに、倉持くんに特別な想いを抱いていた。

「倉持く......」

 そう口を開きかけた時だった。

「洋ちゃん!」

 思わず振り返ると、スーツ姿の青年が駆けてくる。あれは確か、野球部のなんとかくん。名前は思い出せない。

「おっ、久しぶりじゃねーか」
「洋ちゃんこそ!」

 それから二人は、そのまま楽しそうに談笑しながら行ってしまった。倉持くんは部活の友達に不良の友達にと、けっこう交友関係が広いのだ。みんなが放っておくはずない。
 あーあ、もっと話したかったな。
 残念な気持ちになりながら、けれどふと、このあとのクラスの集まりのことを思い出した。あの駅前の居酒屋。
 最初から隣に座るのはムリだけれど、場が和んでみんながバラバラに席を動きはじめた時がチャンスだ。狙うは倉持くんの隣のみ。
 だけどその時、はたと気がついた、
 あれ? 私、昔に比べて大胆になった?
 あの頃に比べてずる賢くなった自分にちょっとだけ自嘲する。中学の時は、少し話せただけで一日中幸せだったのに。

 屈託なく笑う今の倉持くんに、あの頃、ほんのたまに見え隠れした、淋しさみたいなものはもうなかった。きっと高校でかけがえのない仲間と巡り会えたんだろう。テレビで観た甲子園の舞台での倉持くんは、本当に楽しそうにプレーしていたから。

「もう大丈夫みたいだよ」

 昔と変わらないツンツン頭を見送りながら、あの頃の彼へ呼びかけた。


memoより転載
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