若林とギャル

「つっかもうぜ!」

 休み時間、席で携帯をいじっていたら突然、歌とともに俺の頭が掴まれた。ぐわし、と。驚いて顔を上げると、ニヤと笑うムカつく奴の顔とぶち当たった。

「……『ドラゴンボール!』なんて、歌わねぇし」
「なんで? あんたのヒッティングマーチじゃん」

 俺はわざとらしく大きなため息をついてみせ、再び携帯の画面に目をやる。ドラゴンボールみたいな髪型だとでも言いたいのか。メンドクセェ奴の相手なんざ、ただの時間の浪費だ。
 だが奴の方は俺を見下ろしながら、

「若林さぁ、その摩訶不思議な坊ちゃんカットはこだわりなワケ?」
「……は?」

 奴は俺の前の席に勝手に座った。女子に髪型を指摘された俺は内心ひるみながらも、それを悟られないよう強気で言い返す。

「ああ、こだわりだね。遡れば幼稚園の頃からの」
「マジか! しかもその頭、絶対床屋でしょ。店先で青と赤がくるくる回ってる昔ながらの」
「サインポール」
「は?」
「あれはサインポールって名前なの」

 すると奴は目を輝かせながら、へぇ、と感嘆の声を上げた。
 そんな驚くようなことか? コレ。

「いつも髪つやつやだけどシャンプー何使ってんの?」

 出た。女子って好きだよな。「何使ってんの?」って。人それぞれ体質や特徴があるだろうに、すぐに自分も自分もって考えるのは理解に苦しむわ。
 奴は再び俺の髪に触れようとしたが、身をよじってそれをかわす。

「ねー、何使ってんの?」
「……母親が生協で買うやつ」
「商品名教えてよ。それって他でも買えんの?」
「知らねぇよ。勝手にググれ」
「ケチー」

 そう言って口を尖らせながら、自身の長い髪をくるくると指に巻きつけた。毎朝何時に起きてるのか知らないが、ずいぶん丁寧に巻かれている。しかし茶色がかったそれは、いかにも指通りが悪そうに傷んでいた。
 奴は、はぁ、と大きなため息をついて、

「生徒指導の山田から明日までに黒染めしてこいって言われてんだよね。これ以上染めたら傷むっつの」
「自業自得だろ」
「そうだけどさー」

 ウチの高校は特に風紀にうるさいというわけではない。進学校だがそのあたりは生徒の裁量に任せられている。だが、あまりにも校則を逸脱した生徒には、他の高校と同様にそれ相応の措置が取られるのだ。

「せっかく黒染めしたのにもう落ちてきちゃった。またエキ買いに行かなきゃなー。やっぱ安いのはダメかぁ」

 “エキ”ってなんだと一瞬考えたけど、毛染めの“液”のことかと思い至る。訊かなくてよかった。
 先月、始業式のあと夏休み明けの風紀検査が行われた。俺はもちろん引っかかったりしてない。確か奴もだ。けど奴はいかにも、夏休み中ハメを外して髪の毛を染めたが、31日に慌てて戻したような不自然な黒髪で現れた。こういうのは見たらすぐにわかる。海苔みたいにぺったりとした黒色をしている。「ハイハイ戻しましたよ戻せばいいんでしょ」とでも言いたげなふてぶてしさがあるのだ。
 染めたり戻したり、非生産的な行動だと思わねぇのか、コイツは。
 そもそも、ウチみたいな進学校には奴のような生徒はまれだ。みんな裏ではそれなりに悪いこともしてるかもしれないけど、そこそこ上手く立ち回っている。
 奴は携帯でヘアカラー剤を調べているようだったが、ふいに「あ」と顔を上げた。

「野球部、ベスト8なんだってね。おめでとう」
「……別に。つか、優勝しねーと甲子園じゃねぇし」
「でもすごいじゃん。がんばってんだもんね。また試合観に行くよ」
「……え……」
「あっ! 荒木先生!」

 奴は廊下にいた監督をめざとく見つけ、走って行った。
 女子ってほんとイケメン好きだな。まぁ、監督の魅力はそれだけじゃねぇけど。
 つかさっきの「また試合観に行くよ」って何よ? 「いつかまた試合観に行く」って社交辞令か? それとも、「前回試合を観ていてまた今度も行く」ってアピールか? 文法的にどっちとも取れる。いや……まぁどっちでもいいんだけど。
 再び廊下を見ると、奴は監督と嬉しそうに話しながら歩いて行ってしまった。

「うーわ。クッソむかつく……」


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