落合コーチとマネージャー 4

 過酷な冬合宿の合間に選手たちをねぎらうため、部ではささやかながらクリスマスパーティーを開催することになった。
 現在、部員たちは和気あいあいとごちそうを楽しんでいる。厳しい合宿はまだまだ続くが、それを吹き飛ばすようにみんなはしゃいでいた。私は空になった食器を下げ、新たに追加のチキンを運んでいる最中だった、のだが。
 今、視界の端で何やら衝撃的なものを捉えた気がした。疲れすぎて目の錯覚でも起こしたのか。チキンの乗った大皿をテーブルの上に置き、改めて問題の方向を振り返った。

「何かぶってんですか、コーチ」
「ん?」

 そこには、シャンパングラスを気だるそうに揺らす落合コーチの姿があった。だが、問題はグラスではなくその頭の――

「パーティー帽子……?」
「ああ」

 私の言葉を受けて、コーチは例の帽子に手をやる。赤と白のストライプの本体に、先端にはキラキラした素材の房がついている、パーティーの席ではごく一般的なアレ。しかし、あのコーチがこんなものを素直にかぶるなんて驚きだ。

「……なんでここぞとばかりに茶目っ気発揮してんですか。パーティーだからですか?」
「俺じゃない。沢村がくれたものだ」
「ふーん」

 私はコーチには不釣合いのその格好を怪訝に思いながら、隣に並んだ。

「どうせ『軍曹もお一つどうぞ!!』ってくれたんでしょ」
「よくわかったな」
「そりゃね。かぶる方もかぶる方ですけど」
「……まぁ、たまにはな」
「そして誰もツッコまないっていう」

 「私以外は」と胸の内でつぶやきながら、互いに顔を見合わせる。

「この楽しい席の風景の一部とでも思ってるんだろう」
「そんな自然な感じに溶けこめてませんでしたけど」

 コーチは眉をハの字に下げ、若干不機嫌な顔をする。いや、眉を下げたのではなく元々こういう眉なのだ、この人は。一時期、女性の間で困り眉が流行ったらしいが、これはまぎれもなく天然物。眉が下がっているにも関わらずこの人からは、気弱そうだとか、いい人そうだとか、そんな印象を受けないから不思議なものだ。

「……ま、楽しいならそれでいいですけど」
「…………」

 と、その時、どこからともなく演歌らしき音楽が流れてきた。前方では部長がマイクを持ち、こぶしをきかせて大熱唱している。カラオケセットなんてどこから、という疑問はさておき、部長は意外にも歌がうまく部員たちも大盛り上がりだ。鳴り止まない「部長」コールに更に調子を上げる部長。

「部長歌うまいですね」
「意外な特技だな」
「……コーチも歌いますか?」
「俺が歌ったらみんな反応に困るだけだろう」
「確かに」

 そういえばコーチは最初、気取って私たちにも一人称を「私」で通していた。しかし最近はどうでも良くなったのか「俺」と言うようになった。まぁ考えようによっては、それだけ私たちと打ち解けてきたとも言えるだろう。
 私はコーチの方をちらりと見て、

「『コーチ! コーチ!』ってコールしてほしいですか?」
「いらんな」

 即答か。

「それとも『軍曹! 軍曹!』のがいいですか?」
「もっといらんな」

 コーチはフンと鼻を鳴らして、グラスのジュースを一気にあおった。頭上のパーティー帽子の房がしゃらりと揺れる。

「そういえば」

 と、私はパーティー帽子の次に気になった点を訊いてみた。

「そのラクダ色のカーディガン、娘さんのセンスですか?」

 コーチは今日、シャツの上にラクダ色のショールカラーカーディガンを羽織っていた。このなんとも言えない色味が妙に似合っている。
 コーチはカーディガンに視線を落として、

「これは妻のセンスだ。……というよりこれはキャメル色だ。君のその年寄りくさい例えはどうかと思うがね」
「ラクダもキャメルも一緒じゃないですか」
「受ける印象が全く違うと言ってるんだ」
「はぁ……」

 年寄りに年寄りくさいと言われてしまい、私は気の抜けたような声を出すしかなかった。コーチなんかラクダで十分なのに、変なこだわりがあるらしい。
 一方、先ほどまで熱唱していた部長は歌いきって満足したのか、そばにいた監督にマイクを手渡した。

「監督、歌うんですかね」
「見ものだな、これは」

 「結構です」と遠慮する監督に、「いいからいいから」とマイクを押し付ける部長。それは、普段なかなか見ることのできない光景だった。

「そういえば監督、年明けに関西の大学回られるんでしたっけ?」
「ああ」
「じゃあ、その間はコーチが監督代わりですか?」

 するとコーチは、得意げに顎のヒゲをちょびっと引っ張ってうなずいた。

「試したいことは山ほどある。片岡さんが帰る頃には、チームはすっかり私色に染まっているだろう」
「……ラクダ色に、ですか?」

 コーチはキラリと目を輝かせた。

「キャメル色だ」

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